1月13日、ホワイトハウスで日米首脳会談が行われ、台湾有事を念頭に日米防衛協力を強化する方向が確認された。
直後の日米共同声明の中では「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」と明記されている。
近年の中国の軍事力増強に対応するために日米同盟をベースとする日本の防衛力を強化することは不可欠である。しかし、その目的は戦争抑止である。
今回の防衛力強化の目的も主に中国に対する抑止力の強化にある。
ただし、中国経済の規模はGDP(国民総生産)で比較すれば日本の4倍以上に達しており、数年以内に5倍になる見通しである。
軍事力は経済力に比例するうえ、日本は長年にわたり防衛予算を抑えてきたことから、中国と日本の軍事力はすでに圧倒的な差がついている。
この状況で日本単独で反撃しようとしても効果は乏しい。
しかも、かつて太平洋戦争で戦った米国は太平洋の向こう側だったが、中国は一衣帯水の隣国である。
狭い国土の日本全体が容易に中国の射程圏内に入ることを考慮すれば、日本単独での反撃能力を考えることが空しく感じられるのは筆者だけではないだろう。
2022年12月に防衛3文書が決定された後、政府が台湾有事対応を考える時、具体的にどのような事態を想定しているのかを一般の日本国民も徐々にイメージするようになってきている。
各地にある米軍基地や自衛隊の基地が中国からのミサイル攻撃の標的になることが理解され始め、攻撃を受けた後の反撃を考えるより、まずは戦争をしないようにする方法を考えるべきだという素朴な意見がメディアでもしばしば報じられるようになっている。
そうした報道にしばしば接するようになった結果、一般庶民が防衛問題について意見してはいけないようなタブー意識が少しずつ薄れてきている。
1月11日には「横浜ノース・ドック」に、今春にも米陸軍の小型揚陸艇部隊が新たに配備されることが日米安全保障協議委員会(2プラス2)で合意された。
これに対して横浜市長は遺憾の意を表明した。横浜市民も、これによって横浜市が中国の標的になるリスクが高まることを恐れ始めていると報じられた。
従来であれば、主に沖縄でしか見られなかったような地域住民の反応が各地に広がりつつある。
本来であれば、防衛3文書を決定する前に、広く国民の間で台湾有事になればどのような被害が日本各地に及ぶのかという戦争リスクの中身が明確に理解されているべきだった。
そのうえで、どのような外交・防衛努力が抑止のために有効なのかについても議論されるべきだった。
しかし、これまではそうした議論も、メディアによる指摘もほとんどなかった。
それは一般庶民が安全保障問題の具体的な内容に踏み込んで議論することがタブー視されていたことに原因があるように思われる。
そうした従来の問題点を考慮すれば、今回の一連の安保関連報道を機に、一般の日本国民がタブー意識から解放され、安全保障問題について当事者意識を持って自由に議論できるようになる意義は大きい。
防衛問題が一般国民レベルで具体的に議論される環境がようやく整い、日本人が戦争リスクと真剣に向き合うスタートラインに立ったと言える。
筆者も防衛問題は専門外であるが、基本的な防衛政策が論じられていないことに疑問を感じる点がある。
それは日米防衛協力を前提に、限られた防衛予算の中で日本の防衛力を高めるにはどのような方法が最も有効かという論点である。
日中間の軍事力格差は明らかであり、巨大な中国の経済力に支えられた軍事力に日本単独で対抗できるはずがない。そうであれば頼るべきは米軍の攻撃能力である。
米国は日本が防衛予算を倍増させたくらいでは及びもつかない圧倒的な軍事力をもつ。これを日米が一緒に活用できるような防衛協力体制を強化するのが効果的である。
そのためには自衛隊と米軍の一体化を図る必要がある。
具体的には自衛隊の使用言語を英語に統一すること、組織体制を米軍との協力を前提として編成し直すこと、サイバー・宇宙防衛のシステムの一体化を進めることなどである。
それらの前提の下で反撃能力強化に必要な配備を考えるというのが合理的な発想であるように思われる。
しかし、そうした議論は日本の一般的なメディア報道では見たことがない。
防衛問題に関する具体策についての議論がタブーから解放されれば、そうした素朴な疑問も自由に提起され、多くの日本国民が納得する形で防衛力の強化が図られていくようになると期待できる。
とくに日本は戦争放棄を明記した平和憲法を1946年に公布して以来、76年以上堅持してきたという世界でも例を見ない歴史を持っており、その姿勢が評価されている。
多くの日本国民もこれを日本の誇りであると考えている。
その日本国民の意志を世界に対してどう示すべきかという議論をスタートさせるのもこれからである。
反撃能力や日米防衛協力の議論は、基本的に台湾有事を巡る最悪の事態を想定したものである。
しかし、そうした議論と並行して、最悪の事態に至ることを防ぐ方法を考えることの方がより重要である。
日米同盟の最重要目標は共に戦うことではなく戦争を抑止することである。
米軍の核の傘の下に入り、多くの米軍基地を日本全国に配備している防衛協力が戦争抑止に一定の効果を持つことは明らかである。
しかし、本来防衛協力の前に戦争を未然に防ぐ外交協力の方がより重要である。
台湾有事を引き起こす導火線は米中摩擦である。この米中摩擦を鎮静化させることが当面の戦争抑止のための最優先課題である。
それが日米共同声明にある「台湾海峡の平和と安定を維持すること」につながる。
2024年の大統領選挙で共和党の大統領候補が勝利し、その新しい大統領が台湾独立を支持すれば台湾有事のリスクは一気に高まる。そうさせないようにするのが日本にとっての最重要課題である。
それには日米間で防衛協力強化を約束するだけでは不十分だ。
台湾有事のリスクを高める一切の行為を控えるといった外交協力がより優先度の高い日米共同目標として設定されるべきである。
具体的には、下院議長など強い影響力を有する米国議会・政府の代表者が台湾を訪問しないことや台湾への軍事協力を抑制することなどが日米協力の対象となる。
こうした米国の中国に対する挑発行為が台湾有事を引き起こすリスクが高いことは欧米の多くの専門家が指摘している。
今回の日米首脳会談後の共同声明にそうした外交協力への言及はない。それに先立って実施された日米安全保障協議委員会(2プラス2)の概要(外務省HP)を見ても言及されていない。
これでは台湾有事ありきを前提とした議論ばかりが先行してしまうことが懸念される。
日米両国で台湾有事を防ぐ外交協力を進めていくのと並行して、経済交流面でも対中融和政策を実施する意義は大きい。
中国も台湾有事=米中戦争を回避したいと考えており、対中融和政策は中国からも歓迎される。
具体策としては以下のような政策が考えられる。
現在、世界各国の共通課題は、新型コロナ感染拡大によって停滞した経済状況からの回復のための政策協力である。
経済活動は常にウィンウィン関係の上に成り立つため、経済政策協力で中国だけが得するということはなく、日米中が協力すれば3国とも恩恵にあずかる。
日中間での人的な往来が回復すれば、日本がインバウンドで潤い、中国人は外国との自由な往来を可能とした政策を評価する。
中国人の間でとくに人気が高い日本旅行の解禁はその効果が大きい。
米中間でも技術・貿易摩擦を緩和し、両国間の経済交流を活発化させれば両国の経済を下支えする効果が高まる。中国からの輸入品に対する関税を引き下げれば米国におけるインフレ対策としても効果的だ。
2022年11月30日にはジーナ・レモンド商務長官が、中国人留学生や移民を引き続き歓迎する意向を表明した。
優秀な中国人学生や研究者は今後も米国の主要大学や有力企業の研究開発分野などにおいて強力な支えとなる。
中国はTPP(環太平洋経済連携)に加入申請している。加入条件をクリアするために必要な国内投資環境の改善を推進し、外国企業と国内企業の差別的待遇の解消、知的財産権保護などに注力すれば、外資企業の対中投資拡大につながる。
2022年からスタートしたRCEP(地域包括的経済連携協定)をベースに日中ASEAN(東南アジア諸国連合)間の経済交流の利便性が高まっており、これを活用したアジアにおける水平分業の拡大も経済活性化のエンジンの一つだ。
この間、欧州諸国も独仏を中心に中国との経済連携の強化を図っており、日本としては独仏をはじめとするEU諸国も巻き込む形で、日米欧中アジア諸国間の貿易投資関係の緊密化・活発化を促進することも重要である。
以上のような前提に基づいて、日本が幅広い分野で中国と日米欧アジア諸国との間の融和を促進し、台湾有事を防ぐのみならず、経済のウィンウィン関係享受を促す土台を構築し、コロナ後の経済回復の促進をリードするべきである。
5月に予定されているG7首脳会合においても、そうした方向に向けて日本がリーダーシップを発揮することを期待したい。