メディア掲載  エネルギー・環境  2023.01.05

地球温暖化と脱炭素のファクトフルネス

一般財団法人交詢社『交詢雑誌』第685号(令和4年10月20日発行)

エネルギー・環境

安西理事長(開会挨拶)

皆さまこんにちは。暑くなりまして、北海道のほうでは大雨ということも聞こえてまいりますが、特に東京圏はとても暑くて、暑いときには地球温暖化のテーマだということかも知れませんが、この暑さは本当に地球温暖化が原因なのか、という話を伺えるのではないかと思っております。

きょうは、杉山大志先生に大変お忙しい中いらしていただいております。脱炭素あるいは地球温暖化、気候変動の問題。今ウクライナ情勢のもとでサハリン2がロシアに行ってしまうという話もあって、エネルギー供給の問題についても、国の戦略的な部分もかなりあって政治的なことが絡んできている。そう思います。

そのような中できょうの演題です。交詢社の午餐会は、文化委員の方々がいつもきわめてタイムリーにいいテーマを取りあげていただいています。特に、杉山先生は地球温暖化あるいは脱炭素といったことについて、大変ストレートに発言しておられ、しかもしっかりとエビデンスを基にして発言を続けておられる方でいらっしゃいます。きょうのお話をぜひ期待させていただければと存じます。

まずは、いらしていただきましたことに感謝を申し上げて、キックオフとさせていただきます。よろしくお願い申し上げます。(拍手)

はじめに

〔映像を使っての講演・画面交換時は◇印〕

きょうのタイトルは、「地球温暖化と脱炭素のファクトフルネス」です。ファクトフルネスというのは、データをとにかくきちんと押さえましょう、事実関係を押さえましょうという意味であります。

きょうのお話は2部構成になっております。前半では、皆さまとひたすらデータを共有することをしたいと思います。グラフをたくさん持ってきました。ごちゃごちゃして見にくいところもありますので、できるだけ口で話して、お聞きいただければだいたいわかるようにするつもりです。後半は、ウクライナの戦争を受けて、これから温暖化やら脱炭素はどうなっていくのだろうという話をしたいと思います。

私の所属は、キヤノングローバル戦略研究所というところです。ここは大変ユニークな研究所でして、キヤノンがスポンサーですが、「キヤノンのために働いてはいけない。天下国家のために働きなさい。世のため人のために働きなさい」と言われています。そう言われて、私は真に受けてそのとおりにやっております。

◇表紙に写っている人は物理学者のリチャード・フィリップス・ファインマンです。先ほどご紹介いただきましたが、私は大学のとき物理の教育を受けております。物理というのは結構反骨精神豊かな学問でして、昔はガリレオのような人もいたのですが、「とにかく自分がこっちが真実だと思ったら、絶対に曲げてはいかん。科学者として話すときには嘘をついてはいかん」とこの人が言っていたんですね。私もこういった精神で研究をやっております。そうは言っても、事業をやるときとか、政策をやるときなどは、そんな青臭いことばかり言っていてはなかなかうまくいかない。それはそれで当然大人の判断としてありますが、あまりそればかりが過ぎてもいけない。私は科学者精神を貫いていきたいと思っております。

ちなみに、この人は科学者として話すときは嘘をついてはいけないと言うのですが、家で奥さんに話すときは別だとか、余計なことをぽろっと言って、今だったらかなり大変で教職を追われるぐらいだと思いますが、そこらへんは1960年代のアメリカはだいぶおおらかだったようです。

観測データの統計

◇では、中身に入ってまいります。まず、観測データの統計についてお話ししたいと思います。いきなり結論めいたことを書いていますが、実は災害は激甚化していません。よく災害が激甚化しているという話がありますが、激甚化していないということを話したいと思います。

◇これは昨年初めのNHKスペシャルですが、よくこんな映像が出ますよね。今年も似たようなことをやっていました。よくあるのは、災害で家が流れている絵を見せて、人類生存の危機だ、気候変動対策をしなければいけない、と言うわけです。こういうとき、大抵映像が流れて、予測とか予言が流れて、そこで物語が語られるわけですね。しかし、これはあまり科学的なやり方ではない。どちらかというと宗教の布教に近いやり方です。科学というならデータがなければいけないので、データを見るわけです。順番に見ていきましょう。

気温上昇は100年当たり0.7

図①

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図②

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◇まず、CO2が増えている。これは本当です。これ(図①)は横が過去40年ぐらい、縦がCO2の濃度です。今、410PPMです。PPMというのは100万分の1ですので、CO2が今大気中に0.041パーセントあるということです。これは今毎年増えています。実際のところ、150年ぐらい前、江戸時代の終わりには280PPMぐらいだったので、CO2の濃度は江戸時代の終わりに比べると、1.5倍ぐらいになっている。5割増しになっている。ですから、CO2が増えているのは確かです。ただ、CO2が増えても、それ自体は別にそんなに問題はないわけです。では、何か悪いことが起きたか。

◇気温は確かに上がっています。これ(図②)は過去140年ぐらいの日本の気温を31カ所で測って平均をとったものです。細かい点が毎年の平均気温で、折れ線がその前後5年の平均、一直線になっているのが全体のトレンドです。これを見ると、気温は確かに上がり続けています。ただ、100年当たり0.7度です。ですから、地球の気温は上がっている。日本の気温も上がっている。けれども、100年当たり0.7度なので人が感じるほどのことではないわけです。0.7度というのは人が違いを感じられるぎりぎりですから、それが100年かけて上がったということなので、地球温暖化でそんなに気温が上がったということはないわけです。

◇そうは言っても、きょうもそうですけれども、東京は暑いよねという話があります。東京は暑いよねの理由はむしろ都市熱で気温が上がっています。これは過去100年ぐらいの大都市、東京・名古屋・大阪等の気温を原点を左に揃えて書いています。東京の気温はこの100年で3度ぐらい上がっています。先ほど地球温暖化で1度ぐらい上がっていると言いましたので、残りの2度は都市化で暑くなっている。アスファルトとかコンクリートで町が埋め尽くされて、そこに太陽光が当たると熱を持って暑くなる。それから風がさえぎられて暑くなる。都市化の影響のほうが、地球温暖化に比べると大きいわけです。

あと、きょう暑いのは、はっきり言えば梅雨が明けたというのが一番大きいわけです。毎年梅雨がいつ明けるかはひと月ぐらい前後します。こういう自然の変動もやはりすごく大きいということです。地球温暖化はしているにしても、せいぜい100年で1度ぐらいです。それは、感じられるか感じられないかぎりぎりぐらいのことです、というのがここまでの話です。

自然災害の「頻発化」「激甚化」は起きていない

100年で1度気温が上がるぐらいだったら、そんなに人間が困ることではないわけです。よくメディアなどが言っているように、災害が激甚化しているというのであれば、横軸に江戸時代の終わりから今ぐらいまでの時間をとり、縦軸に災害の物理的な強さの指標、例えば台風の強さをとって、それが右肩上がりになっていれば、これは確かに災害が激甚化していると言える。それに対して、横一直線だとか、少し増えただけ、あるいは上がったり下がったりということだと、別に災害が激甚化とはいわないわけです。

そう思って、いろいろな災害のデータを見てみました。実は、本当に災害の激甚化を示す図は皆無でした。これは驚くべきことですが、過去の統計を見る限り本当にそうなんです。それを少し見ていきたいと思います。

図③

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図④

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◇まず、このグラフ(図③)は縦軸に台風の発生数をとって、横軸に過去70年ぐらいをとっています。点で結んでいる折れ線は毎年の台風の発生数です。少し太い線が前後5年間の平均です。これを見ると、台風の発生数は毎年だいたい20から25個の間でずっと変わっていない。要は、台風の頻発化などということは起きていないわけです。台風50号とか60号ということにはなっていない。台風はだいたい20号か25号ぐらいまでです。

◇では、台風の強さはどうなのかということです。このグラフ(図④)の青い線からいきますと、縦軸に「『強い』以上の発生数」と書いてあります。これの意味は、気象庁は台風を幾つかのランクに分けていて、風速33メートル以上に発達すると「強い以上」に分けます。その数を左側の軸で見るわけです。これは過去40年ぐらいで、折れ線が毎年の数で、少し太い線が前後5年間の平均です。これを見ても、やはり風速33メートル以上の「『強い』以上の台風の発生数」は、毎年10から15個の間ぐらいでずっと横ばいです。もし、台風が激甚化しているというのであれば、このグラフはぐっと右肩上がりになっているはずです。ところが全然なっていない。真横です。だから台風の激甚化なんかしていないんです。

赤い線のほうは、全台風のうちで、風速33メートル以上になった台風の発生割合です。これは右側の軸で見ていますが、これも50パーセントぐらいでずっと変わらない。要は、台風が発生すると、その半分ぐらいが風速33メートル以上に発達する。風速33メートル以上の台風の発生割合が増えるなどということにもなっていないわけです。

このグラフは、気象庁のホームページに行けば誰でも見ることができます。いささか不親切なホームページなのでちょっと苦労しますが、まあ誰でも見ることができます。さっきの台風の数のグラフも誰でも見ることができます。にもかかわらず、こういうことを全然確認しないで、台風が激甚化どうのこうのとメディアは書き立てたりするし、政府資料にもそんなことが書いてあったりするのが現状です。

◇台風について、もう1つ、歴代の強い台風ランキングが気象庁のホームページにあります。何で強さを測るかというと、上陸したときの中心気圧の低さです。観測史上一番強かった台風を1位から4位、同点5位が6つで計10個を挙げました。一番強かったのが925ヘクトパスカルで第2室戸台風。第2位が929ヘクトパスカルで伊勢湾台風。以下、940ヘクトパスカルが同点で6つありますが、歴代10個のスーパー台風が1950年代、1960年代には頻々と来ていたわけです。このランキングに入っている一番新しいのは1993年で、それ以来このランキングに入るスーパー台風は30年ぐらい来なくなった。

来なくなった理由は何ですかと言われて、「自然変動です」以外のことを言える人は誰もいない。世界中誰もわからない。しかし、はっきりしているのは、どちらかというとスーパー台風は来なくなったのです。温暖化でスーパー台風がいっぱい来るようになったなどということは全然ありません。

上の絵は、印象的なものを作ろうと思ってかえってよくわからなくなった絵ですが、一番上が1951年、一番下が2019年で、いつ10位以内のランキングに入っているスーパー台風が来たかをプロットしたものです。これを見ると、上のほう(1950年代、60年代)にぐちゃっと固まっています。伊勢湾台風が来た翌々年に第2室戸台風が来るとか、ものすごい台風が来ていたわけです。それが1991年と93年にはポツンポツンとまた来ましたが、そのあと30年間こういう台風はない。スーパー台風が来なくなったくらいですから、まして温暖化のせいでスーパー台風が来るようになったなどということも全然ないわけです。

ただ、ある意味、油断大敵ということがあるわけでして、過去30年ぐらい我々はスーパー台風を経験していないわけです。そうすると、これは自然変動ですから、いつこうなるかわからない。それがドンドンドンと来たら、たぶん我々は結構な被害を受けることになってしまうのではないかと思います。

◇台風が激甚化していないのはわかった。じゃあ、大雨はどうなんだと。大雨のデータはいろいろなデータがあります。何日間の雨量を測るのか、期間は何年間なのか、などです。ここでは、洪水に備えるための計画雨量というものを見ます。利根川だったら利根川の流域に3日間でどのぐらいの大雨が降るか、それで計算して堤防とかダムとか造るわけです。利根川なら3日間、もっと小さい川なら1日の間とか流域によってそれぞれ違いますが、ではその流域に降る大雨の年最大値が、果たして過去100年ぐらいで増えているか。雨量が増えているかいないかは統計的に検定ができるわけで、国土交通省の資料でそれを検定しているわけです。

そうすると、日本の流域のほとんどで実は大雨は増えていません。緑の色が定常、要は大雨は増えていない。赤いのが大雨の量が増えたところです。増えたといっても、その原因が地球温暖化かどうかはまた別の話です。ですから、ここで言えることは、利根川とか多摩川を含めて洪水を起こすような大雨の雨量は有意に増えていないというのが統計的な検定の結果だということです。

データによっては大雨が増えているところがあります。これは地球温暖化すると、大気中に含まれる飽和水蒸気の量が気温1度当たり6パーセントぐらい増えて、それで雨量が増えるというクラウジウス・クラペイロンの理論というものがありますが、それに従って増えているのかもしれないということです。

地球温暖化が生態系へもたらした影響

◇そういうわけで、自然災害に関する限り、地球温暖化による災害の激甚化はどうも見当たらない。

では、人間はよくても生態系が困るのではないかという話があるのですが、生態系というと、地球温暖化で一番アイコンになっているのはホッキョクグマであります。ところが、そのホッキョクグマの頭数は実は増えている。1960年頃には1万頭ぐらいしかいなかったのですが、今は3万頭を超えていると推定されています。これはなんで増えてきたかというと、そもそも1960年頃に1万頭ぐらいまで減っていた理由は、人間が撃ったり罠に掛けたりして殺していたからです。それをやめて動物を保護するようになったので、ホッキョクグマは増えてきたわけです。

よくいわれているのが、北極の氷が温暖化で溶けて、ホッキョクグマはそれで飢え死にしてしまうというようなことですが、実はこの間、北極の氷が少なかった時期はあったわけです。ところが、北極の氷がなくなるのは夏のわずかな間ですし、その間ホッキョクグマは陸地で普通に生きていくわけで、それで絶滅などということにはならなかったというわけです。

◇それから、日本はよくても南の島が沈んで大変なんじゃないのかという話があります。では、その南の島はどうなっていますか。サンゴ礁の島は太平洋にもどこの海でも熱帯に行くとあるのですが、すごく平べったくて海抜が23メートルしかない島があります。そういう島が、地球温暖化で海面が上昇すると水没するという話があります。確かに、地球の全体の海面はこの100年で20センチぐらい上昇していると推定されています。

ところが、それで島の面積がどうなっているかというと、実は増えているところもあり、減っているところもあり、全体としてはほとんど変わらないということになっています。これは北太平洋にあるマーシャル諸島の航空写真ですが、この白い線がサンゴ礁の白い砂浜の海岸線です。緑が草や木が茂っているところです。この赤い線が1943年当時の海岸線です。この島に関しては、島の面積は明らかに増えています。海面が上昇したのになぜ島が沈まないかというと、これは簡単でして、この白い砂はサンゴの殻。貝の貝殻と同じようなもので、サンゴは動物ですから海面が上がればそれだけサンゴも成長するというだけのことで、面積が減るということはないわけです。

ちなみに、なんでこんな1943年のデータがあるかというと、皆さんもう感づいておられると思いますが、このころ日本とアメリカは戦争をしておりまして、どこの島に基地を造ろう、どこに大砲を置こう、どこに滑走路を造ろうということで、日本もアメリカも一生懸命データを集めた。それでどういう海岸線だったかということがすごくよくわかるわけです。それのおかげで、今撮った写真と比べると、島は沈んでいませんということがはっきりわかるわけです。

ブルズアイ・エフェクト

◇ここまで私がお見せしたようなデータは日本の環境白書には全く出ておりません。環境白書にはそもそも統計データがほとんど出ていません。唯一出ているのがこのグラフ(図⑤)(「19702018年の大災害による保険損害額の推移」資料:スイス・リー・インスティテュート)です。このグラフを見ると、右肩上がりで大変なんじゃないかという印象を与えるわけです。実際、そういうふうにこのデータは使われています。

図⑤

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ただ、これは何のデータかというと、過去50年ぐらいの世界全体のハリケーンや台風等による災害の金額の推移です。これは確かに右肩上がりになっています。しかし、さっき台風自体は別に増えてもいないし、強くなっていないと言いましたが、実はハリケーンについても同じようなデータがあります。これが右肩上がりになっている理由は、経済成長して都市があちこちに広がったりして災害に遭う場所に資産がどんどん増えてきたので、その被害の金額がどんどん増えているというわけです。ですから、これは全然温暖化のせいではないわけです。

ちなみに、これは令和2年版の『環境白書』からとっていますが、ついこの間出た令和4年版でもほとんど同じようなグラフが出ていました。

◇それから、東京都の資料や、世界気象機関(WMO)のリポート等で最近話題になっているのが、災害が50年で5倍になったというニュースであります。実際、こんなグラフがあって、災害が50年で5倍だ、大変だというメディア報告がいっぱいあります。確かに災害の件数が1970年頃に比べて2000年頃は5倍ぐらいになっていますということなのですが、実はこれもこの間、人間活動が活発になっていったので、災害に遭いやすいところに建物ができたり、道路ができたりということが起きたというわけです。

実は、よく見るとこれは「reported disasters」、報告件数なんですね。報告件数が増えたというのは気象の激甚化とは関係がない。人間活動が拡大したことの影響です。

◇こういう話を「牛の目効果(ブルズアイ・エフェクト)」といいます。さっき言ったことを説明し直すのですが、川が氾濫を起こしてこれだけのところが水没するとしましょう。そのときのまちがまだ小さければ水没する場所の被害件数も少ないし、金額も少なくて済むわけですが、だんだんと都市が大きくなっていくと、同じだけの水害が起きた場合でも被害の金額は莫大になっていくし、災害の報告件数も増えていくということであります。

世界の社会統計

◇このようにずっと過去の統計を見てきましたが、さらに過去の統計を見たいと思います。

次が世界の社会統計です。

よく「気候危機だ、気候危機だ」と言う人がいるわけです。もし本当に気候危機なのだったら、何かその兆しがマクロな統計に出ていなければおかしいでしょう。そんなことはあるかというと、そんなことはないですよという話です。

◇最初は穀物の収穫量です。よく温暖化で穀物が穫れなくなる、米が実らなくなると言っている人がいますが、このグラフは横軸は50年ぐらいで、折れ線は主な穀物(トウモロコシ・米・小麦・大豆)の世界全体の収穫総量です。これはみんな右肩上がりでどんどんどんどん伸びています。気候危機でこれが減りだしていれば大ごとですが、そんなことにはなっていない。技術が進歩しているわけですね。品種改良、肥料、農薬といったもののおかげで収穫量は増え続けています。

◇それから、極端な気象による死亡数です。要は、台風やハリケーンによる死亡数で、世界全体で死亡数と死亡率の両方で見ると、死亡数も死亡率も過去100年ぐらいで激減しているわけです。これは防災の進歩です。堤防ができた、ダムができた、天気予報もされるようになった、警報も出すようになったということで激減している。大事なのは、この過去100年の間、1度ぐらいは地球温暖化が起きたのですけれども、ひょっとしたらそれによって雨も少しは強くなったかもしれませんが、そんなものはものともしない、防災の進歩のほうが圧倒的に上回ってきたということであります。

◇今度は気候に関連する死亡率です。要は、暑さ寒さによる死亡率ということですが、過去30年ぐらい世界全体で見ると、やはりこれも激減しているわけです。激減している中で1番大きいのは、腸管感染症です。要は5歳以下の子どもが夏にお腹を壊して亡くなるということがまだ世界ではたくさんあります。ただ、過去30年でこれは半減していて、衛生とか医療の進歩によるものであります。これまた過去30年ぐらいにわたって、地球温暖化は緩やかには進んでいるのですが、そんなものはものともしない、衛生状態の改善とかそちらのほうがはるかに上回ってきたということです。

ちなみに、日本も江戸時代ぐらいまでの死因のトップは、やはり夏に子どもがお腹を壊して死ぬというものでした。今はそんなことはまず起きないようになっていると思います。

グリーン成長戦略のもたらすもの

◇以上、災害の話をしていましたが、政府は今、グリーン成長をすると言っています。これ(図⑥)は今政府が描いている絵姿で、2050年までにCO2をゼロにするのだ、と。どうやるかというと、電気はみんな原子力、再生可能エネルギー、それから火力発電に関してはCO2を回収して地中に埋めると言っています。電力ではないものについては、できるだけ電気に置き換えたうえで、水素とか合成燃料を水素からつくって使うということを書いています。ただ、この2050年に書いてある技術のリストを見ると、まだ存在しないようなものや未熟な技術、非常に高価な技術ばかり並んでいて、これを大量導入するのは大変なお金がかかるのが心配になるわけです。水素は随分流行りですが、今の日本の政府が考えているように、水素を船で輸入して使うなんていうことをやると、非常に採算の悪いものにしかなりません。

図⑥

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◇これは一昔前にNEDOという政府系の機関で計算した「エネルギー収支の比較」と「WENETシステム発電コスト比較」の表ですが、カナダで2円で水力発電で電気ができたとして、それで水素をつくって日本に持ってきて発電すると32円の電気ができあがるというものすごい計算です。なんでこんなことになるかというと、やはり水素というのは物理的、化学的に、船での輸送に向かないのです。エネルギーを莫大に投入して非常に低温にしないと液化できず、液化しなければ船で運べません。そのための設備も大きいものが必要になってしまうということです。

今の日本政府は、水素に戻して発電するのではなくて、1回アンモニアをつくって、そのアンモニアで発電するということで動いていますが、それでも発電コストは万事うまくいっても17円といわれていて、これでは電気をつくっても、そんな高い電気を使う産業はないのではないかと、私は心配しています。

◇日本の産業部門の電気料金が高いことはだいぶ前からいわれていることですけれども、それでもイギリスやドイツ等で同じぐらいではないのかと政府の資料ではいわれていました。ただ、よく調べてみると、ドイツ等は電気料金は一見高いように見えても、実はエネルギー多消費産業は税金をかなり減免されているので、日本の半分ぐらいしか電気料金を払っていないのです。このデータは少し古くて2年ぐらい前のデータですけれども、それにしてもこれ以上日本の産業部門の電気料金が上がるようなことになると、ますます日本の産業はやっていけないという話になると思います。

◇電気料金が上がっている理由の1つは、再生可能エネルギー賦課金です。これは世帯当たり年間1万円に達したというふうによく報道されています。政府資料では、今、家庭で毎月774円ぐらいですとなっていて、これに12カ月掛けるとだいたい年間1万円という意味ですが、本当は世帯当たり年間1万円ではなくて、もっとかかっているわけです。

というのは、この再生可能エネルギー賦課金というのは、総額で2.4兆円。ということは1人当たりにすると年間2万円、今3人世帯が標準的ですから、世帯当たり6万円を、実はこの再生可能エネルギー賦課金として日本人は払っているわけです。先ほどの家庭の世帯当たり1万円とこの6万円との差額の5万円は企業が負担していますが、それは所得が減るとか物価が上がる等のかたちで、最終的には家庭が負担しているわけです。

◇この2.4兆円を毎年賦課金として払って、それでどれぐらいCO2が減っているかというのを計算すると、これがちょうど2.4パーセントぐらいになります。ですから、1兆円使って1パーセントCO2が減るというのが現状であります。1パーセント・イコール・1兆円というのは覚えやすいので、ぜひ覚えていただきたいと思います。

一方で、菅義偉首相のときに、日本はCO2の削減目標を2030年において、26パーセントから46パーセントまでいっぺんに20パーセント深掘りするということをやりました。20パーセント深掘りするというのがどういう意味かというと、1パーセントが1兆円であれば、20パーセントというのは20兆円ということになります。

菅首相が20パーセント深掘りしたとき、当時の小泉大臣は46という数字がシルエットのように浮かんできたと不思議なことをおっしゃっていましたが、20パーセントということの経済的な意味は、よく理解されていなかったのではないかと思います。20パーセントというのは20兆円という意味でして、20兆円というと日本の消費税の総額とほぼ同じ。別の言い方をすれば1人当たり16万円、3人世帯であれば48万円です。普通の電気代は1世帯毎月1万円ぐらい、年間12万円ぐらいですので、仮に48万円が上乗せされると、電気代は5倍の年間60万円になる。20パーセント深掘りというのは、このぐらいの規模感のことを意味しているわけです。

以上がお話の前半でありました。

きょうは、最初のデータを共有するというところで、地球温暖化に関しては観測の話ばかり、過去の統計の話ばかりしてきました。よく将来のシミュレーションについて話す方がいらっしゃいます。シミュレーションに基づけばこんな悪いことが起きる、あんな悪いことが起きるという話はたくさんあります。きょうは時間もあまりないのでそちらの話はできないのですが、地球環境という非常に複雑なもののシミュレーションは、研究としてやる分には結構ですが、それにどのぐらい予言能力があって、どれぐらい政策決定を支配すべきものか、私はかなり注意しなければいけないと思っています。

それよりは、やはりこれだけ複雑な地球環境というものを見るためには、観測が何より大事、統計が何より大事です。既にCO21.5倍になって、気温が1度上がっているわけです。気温上昇が1.5度になったら地球が破滅すると言っている人はたくさんいますが、もしそうならば、既に一度上がっているのだから、破滅の兆しが過去の観測統計に出ていなければおかしいわけです。ところが、それは出ていないというのが私の言いたいことであります。

3つの世界シナリオ

◇スライドに「グレート・リセットか、脱線か、反攻か:3つの世界シナリオ」と書きましたが、ここから先は将来の温暖化対策、脱炭素、エネルギー政策について考えたいと思います。この『グレート・リセット』という本は結構流行りました。グレート・リセットという概念は、ダボスに毎年集まって会議をやる人たちが、「これから世界はみんな変わるんだ。環境に関しては脱炭素、再生可能エネルギーという世界になるんだ。化石燃料なんてもうなくなるんだ」といったことを言っていたわけです。それが今、国連や日本の公式見解になっていますが、果たしてそうなるかという話をしたいと思います。

◇これからお話しすることは、枠組みとしてはシナリオプランニングというものです。シナリオプランニングというのは石油会社のシェルが始めた手法です。現在から始まって、公式の未来像というものがあります。これは日本であればCO22030年に半分にして、2050年にゼロにするんだといったことを言っています。政府の計画はそれに沿って立っていますし、経団連や主な企業もそれをやることになっています。国連でも同じような話で、2050年にCO2ゼロという話を、少なくとも先進国はみんなしています。というわけで、ここに公式の未来像があるのですが、事業計画とか投資計画を立てるときに、この公式の未来像だけを信じてやると痛い目に遭います。なぜなら、この公式の未来像は実現しない可能性があるからです。ということで、異なる将来像を公式の未来以外にも考えておこう。そのうえでどういうアクションをとるか考えようというのが、シナリオプランニングです。

そうは言っても、将来像というのはもちろん無数にあるのですが、考えやすくするために3つぐらい考えるのが普通です。ここでは、公式な未来像に加えて、あと2つの将来像を考えてみたいと思います。

◇詳しく話す前に、3つのシナリオ(図⑦)の概略を紹介しておきます。1つはこのグレート・リセット、再起動ということです。グリーンな再起動なので、こういうシンボルマークをつくりました。これはどういうシナリオかというと、グリーン金融とかグリーン製造業。そういったものが発達していって、脱炭素が進んで、先進国はこの過程でグリーン成長して復権していくのだと。よく語られる、日経新聞等でもこういうことがいろいろ書いてありますが、そういう将来像であります。

図⑦

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ところが、こうはならないかもしれない。グレート・デレイル、脱線というのは、グリーンなことを目指して、そういう政策をやればやるほど、実は日本にとってよからぬことがたくさん起きるということで、脱線注意ということでこういうマークになっています。これはどういうものかというと、グリーン金融とかグリーン製造業とか、そういうものをつくろうという政策をやればやるほど日本の産業が空洞化してしまう。中国依存が深まる。OPECやロシアや中国、「OPECプラス」というのはOPECにロシア等の重要産油国を加えた集まりですが、こういったところに覇権が移っていく。そうすると、民主主義国家が弱くなって独裁主義が世界を支配するようになっていくというシナリオです。

グレート・リアクションは反攻なので、シンボルマークは下から上の赤い矢印ですが、これは脱線しかかるのを察知して、それに対して反攻の運動が起きるというものです。これはエネルギー危機が起きて、世界インフレが起きて、その結果グリーンバブルが崩壊していって炭素が復権する。そういうシナリオです。これを順番に話していきます。

グレート・リセット(再起動のシナリオ)

◇まず、グレート・リセット、再起動シナリオです。これは公式の未来像です。これについて、このシナリオをかたちづくる要素、どんな考え方とか、どんなプレーヤーがいるかというのを見ていきたいと思います。◇そもそも、まずなぜヨーロッパはこんなに気候危機とか脱炭素に熱心なのかということですが、これはキリスト教にすごく根ざしています。キリスト教というのは、人間が悪いことをして天に罰せられるのだ、人間には原罪があるのだ。罰するときには、ノアの箱船みたいに天災の格好で罰するのだという考え方があるわけです。今、キリスト教を信じる人はどんどん減ってはいるのですが、そうは言っても、人間は罪深き存在で悔い改めていかないといけないとか、そういうことを説教して回る文化とか、そういうものを一生懸命聞いて熱くなるメンタリティーといったものは、今でも残っています。イギリスやドイツでは、過去30年ぐらい、国営放送が災害の映像を見せては、これは人間のせいだ、人間はこういう行動を変えなければいけないと、ずっと放送していましたので、みんな結構本気で気候危機を怖がっています。

イギリスなどは子どもの5人に1人が、気候変動でひどい災害に遭うという悪夢を見るそうです。そこまでずっと刷り込みが効いている。気候危機というのは本当に大変だと思い詰めている人がたくさんいるということが、今なぜこんなに脱炭素ということが世界中で言われるようになったかということの原動力になっています。

◇彼女はグレタ・トゥーンベリという活動家ですが、この人がそういった活動のアイドルになっています。この裏にはもちろんたくさん環境運動の団体があるわけです。彼女の言っていることは、その背景にある団体の言っていることと同じですが、言っていることは反経済成長です。経済成長でものは解決しない、技術でものは解決しない。原始共産主義的な、反資本主義的なところがあるわけです。そういう反資本主義的なNGOの運動というのは、ヨーロッパでは結構市民権を得ています。

◇そういった中で登場してきたのがこの緑の党です。今、この2人がドイツの連立政権に入閣して、外務大臣と経済気候大臣という要職に就いています。今ドイツがG7の議長国になって、今年1年間日本を含めていろいろな国に、よりグリーンな行動をとるようにという圧力を掛けるという構図ができています。こちらの観念的な、気候危機を何とかしなければというNGO的な動きに加えて、もう1つ、グリーンなグレート・リセットを推進している勢力が金融界であります。

◇金融界が本件にすごく熱心になりだしたのはここ数年のことです。昨年末の国連気候会議でも、これから世界の主要な金融機関は2050CO2ゼロに向かって、投融資のポートフォリオを変えていくのだということを言っています。

◇このグリーンなシナリオは今後どうなるか。これが継続するためには、今起きているロシアとの戦争が早々にG7側、ウクライナ側の勝利になって終わらないと、なかなか難しいだろうと思います。今、G7も日本政府も言っていることは、まず脱ロシアだけれども脱炭素は継続する、看板は下ろさないのだということです。

◇ということで、1つの目のシナリオ、グレート・リセット、再起動のシナリオとは、まずグリーンな勢力が政権をとっている。G7でもそれが力を発揮する。それから、政府はこれまでいろいろなコロナ等の名目でも大型財政支出をしてきましたが、これからもグリーンな支出が続く。金融もグリーンにシフトするということで、この結果、公式の未来が想定しているのは、再生可能エネルギーや電気自動車が成功して、化石燃料はみんな使わなくなっていく。この過程で先進国にグリーンな製造業というかたちで製造業が復活してくる。結果として、地政学的にもG7が相変わらずヘゲモニーを握り続ける。こういったシナリオが今公式にいわれていることです。

ただ、これは本当にうまくいくのかという疑念はやはり起きるわけです。

グレート・デレイル(脱線のシナリオ)

◇そうすると次のシナリオです。これはまた別の世界像で、グレート・デレイル、脱線のシナリオです。これは、グリーンなことを意図してG7が自滅してしまって、OPEC、ロシア、中国等に負けていくというものです。

◇この脱線のシナリオをかたちづくる要素とか、プレーヤーは誰かということを考えたいと思います。まず、新聞等を見るとよく「脱炭素は世界の潮流だ」と書いてありますが、本当かということです。確かに、先進国はCO22030年に半分にする、2050年にゼロにするということを言っている。けれども、中国はどうなのかというと、一応2060年にCO2ゼロとは言っていますが、足元を見ると、現在の5カ年計画で、中国は2025年までにCO21割増やす。中国はもともと日本の10倍のCO2を出していますから、1割増やすというのは日本の丸々1個分のCO2の排出量を増やすということです。

この温暖化に関する話というのは、中国にとっては信じがたい幸運です。なぜなら先進国の側はCO2を半分にするとか大変な約束をしていますが、これは経済の自滅に近いわけです。その一方で中国はお構いなしにCO2を増やすことができる。つまり、製造業をさらに強くすることができる。中国の孫子の兵法で一番優れたやり方は、戦って勝つことではなく、戦わずして勝つことで、しかも相手が自爆するのが最高です。まさに、中国から見るとそれを実現してしまっているというのが、このCO2に関する国際約束の現状です。

◇先進国の自爆というのはいろいろあるのですが、スライドに挙げたのは、OECDの下にある国際エネルギー機関が昨年出したリポートです。彼らは、2050年にCO2がゼロなのだから、油田やガス田に新しい投資は要らないというリポートを出したんですね。これが結構話題になりました。このリポートだけでなく、ここ数年の間、先進国の石油企業、ガス企業は、ものを言う株主とかグリーンに傾いている金融、政府、NGOにもいろいろ言われて、石油やガスの利権や事業をどんどん手放してきたわけです。

それを手放せば手放すほど、OPECやロシア等が石油やガス市場をどんどん支配するようになってきた。特に、由々しかったのは、ヨーロッパです。自分たちの足元にいろいろエネルギーがあるのですが、石炭はCO2が出るから掘っては駄目だと。ガスもヨーロッパは足元にいっぱい埋まっていたのですが、その開発も環境問題を理由にして進めていなかった。ドイツは反原発までやっていた。

そういうことをやって、ドイツもイタリアもフランスも、天然ガス輸入におけるロシア依存度がどんどん高まっていったわけです。その一方で風力発電も一生懸命やっていたのですが、昨年1年間はヨーロッパはあまり風が吹かなくて、ますますロシア依存が高まって、エネルギー価格が高騰した。こういう状態では経済制裁をやるとか言っても、どうせ高が知れているだろうと、そこまで読んでプーチンさんはウクライナに戦争を仕掛けた訳です。

そういうわけで、脱炭素の政策が実はウクライナ戦争を招いた。罪深いことをやったというふうに私は見ています。

◇グラフに出ているのは、20122020年にかけてガス依存が増えたということで、ドイツもイタリアもフランスも増えたのですが、実はこの間2014年に、ロシアはクリミアを併合する戦争をやっているんですね。それにもかかわらず、ロシアのガスを買い続けて増やしたので、こんなことをやっているぐらいだから、経済制裁なんて高が知れているとロシアは読んでいたわけです。

◇脱線のシナリオの話を続けているわけですが、今度は中国です。今、脱炭素ということを日本やヨーロッパは一生懸命やっている。アメリカもある程度やっている。それで、1つは電気自動車ということを言っているのです。よく脱炭素というと脱物質だと思っている人がいますが、実は真逆でして、脱炭素というのは化石燃料を使わないけれども、材料の投入はたくさん必要なわけです。電気自動車で言えば、大きいバッテリーが要ります。大きいモーターも要ります。風力発電や太陽光発電も、セメントとかガラスとか、あとシリコンとか、そういう素材はたくさんたくさん要るわけであります。

特に電気自動車で問題なのは、バッテリーをつくるためのコバルトです。こういう重要鉱物が結構中国頼みになってしまうということです。そのほかにも、モーターをつくるために必要なレアアースのネオジムなども中国頼みになってしまう。このグラフは鉱物の国別処理量のシェアですが、コバルトは実に6割、レアアースに至っては9割が中国です。

なんでこんなことになっているかというと、中国が戦略的にそうしているということもあるのですが、実はレアアースはアメリカだけでも十分自給して輸出できるぐらいの埋蔵量があります。ただ、先進国はどこも公害規制が厳しくて、採算の合う採掘ができないのです。重要鉱物を掘るというときには、山に発破を掛けて爆発させて山から岩を切り出してきて砕いて酸やアルカリで処理するということをやりますので、昔ながらの結構ダーティーな工程なわけです。アメリカなどでは土壌汚染等をやるとものすごい罰金を払わなければいけないということがあったりしますし、そもそもそういうことをやろうとすると反対運動が起きるということもあって、なかなか進められない。

そういうわけで、いわば公害を輸出する格好で、今、中国にこういった重要鉱物の工程を任せてしまっているというのが現状です。この現状は向こう5年ぐらいはどうやっても変えようがないわけです。こういった状況下で脱炭素ということを一生懸命やると、どこの国も中国依存がずるずると深くなってくる。そうすると、ガスの元栓をロシアに握られていたのと同じようなことで、重要鉱物の元栓を中国に握られるという状況になっていく。これは地政学的にはまずいだろうということになるわけです。

新冷戦

◇今、新冷戦ということで、まずはロシア、実はそのあとは中国との対決が、民主主義対独裁主義という構図の中で控えているわけです。これ、旗色はどちらがいいかというと、実は敵は相当手強い。ロシアに対して経済制裁している国のマップを見ますと、先進国は制裁していますが、中国もインドもアフリカも中東もどこも制裁していないわけですね。これが実態です。新聞ではよく民主国家がロシアを包囲して追いつめていると書いているところがありますが、実態は全然違うわけです。

◇新冷戦のマップはほかにもいろいろ恐ろしいものがあります。これはある機関が、民主主義が浸透している度合いをマップにしたものです。青いところが民主主義だと言えるところで、赤いところは権威主義っぽいところです。これも権威主義っぽいところばかりです。このため、ロシアに経済制裁しろとか言っても、実はロシアと似たような体制の国がたくさんあるので、なかなか一緒には動かない。

◇経済的に見ても、この新冷戦のマップを見ると、権威主義の国々は結構手強いなと思います。赤く塗っているのが中国と多く貿易をしている国、青く塗っているのがアメリカと多く貿易をしている国です。中国のほうが貿易額が多いという国が世界では圧倒的です。ここまで来ている。中国に対して経済制裁しようなどと言っても、既にこんな状態だということです。

◇今ロシアは世界のガス輸出の4割を占めています。このうちかなりの部分がEUに行っているわけですが、EUが買わないというのか、ロシアが売らないというのか、今せめぎ合いをしていますが、仮にロシアからEUに全く売れなくなったとしても、ロシアは何年間かかければ友好国に対してガスを輸出することがいくらでもできます。

◇同じようなことが石油についても言えて、今、世界の輸出の2割がロシアです。インドは値引きしてわりとバンバン買っているみたいですし、中国も買う気満々です。これまた何年かかければ、ロシアは輸出先に困らないだろうと思われます。

そういうわけで、この脱線シナリオは、G7がグリーンなことばかり一生懸命やっているうちに悪いことがたくさん起きるというシナリオです。先進国のエネルギー供給産業、エネルギー消費産業が衰滅する。石油やガスの供給の支配力はOPECやロシアが持つようになる。重要鉱物や製造業はますます中国が持つようになる。ということで、地政学的にG7は中国等に負ける。独裁主義が世界を制覇するようになる、というおぞましいシナリオです。

グレート・リアクション(反攻のシナリオ)

◇グレート・リアクションというシナリオは、また全然別のもう一つのシナリオです。これは最後にグリーンバブルが崩壊して、炭素が復権するというシナリオです。このシナリオをかたちづくる一番のプレーヤーはアメリカの共和党だろうと私は思っています。

◇アメリカの共和党はバイデンがウクライナの戦争を招いたのだと猛烈に批判しています。テッド・クルーズは元大統領候補の有力な上院議員ですが、彼は「バイデンの失敗は2つある。アフガニスタンから無様に撤退したことと、ノルドストリーム2ガスパイプラインの制裁解除をやったことだ」と言うわけです。

◇「2つのパイプラインの物語」というのは何のことか。「2つのパイプラインの物語」と象徴的にいわれるのは、バイデンはロシアのガスを認めたのに、アメリカのガス産業を痛めつけた。けしからんというわけです。ノルドストリームというガスパイプラインがあって、これの能力を倍増させるという工事をやっていたのですが、トランプさんは「そんなものができたらドイツがロシアの奴隷になるから駄目だ」と言って止めた。ところが、バイデンさんが政権をとったら、あっという間にドイツの懇願を聞き入れてこのパイプラインを認めてしまったわけです。ロシアのガスは安いのでドイツの産業としてはすごく使いたかったわけです。

◇その一方で、バイデンが就任1日目に止めたのが、このキーストンXLパイプラインというカナダからアメリカに石油を持ってくるパイプラインです。これは環境問題で止めたわけです。これに対して共和党の人たちはすごく怒っていたし、ウクライナの戦争になってますます怒っているわけです。「自分たちの石油ガス産業を痛めつけて、ロシアのガスばかり使わせる。そんなことをやっているから、こんなひどい戦争になる。足元を見られるのだ、エネルギー危機にもなるんだ」と言っています。

◇マルコ・ルビオも大統領候補だった有力上院議員ですが、彼は「最大の対ロシア制裁は今すぐ愚かなグリーンディールをやめることだ」と強烈に言っています。アメリカでは脱炭素のことをグリーンディールと言うのですが、彼はインタビューではっきりと「シリー・グリーンディール」と言っていました。

なんで愚かなグリーンディールを止めることが大事かというと、ロシアは石油とガスの輸出に依存した経済構造になっていて、毎日10億ドル売り上げている。ということは、アメリカはグリーンディールというものをやめて、石油やガスをどんどん産出して世界中にそれを供給すれば、石油やガスの値段はすごく下がるわけです。それが一番ロシアの財源を絶つということです。はっきり言って、今までやっているヨーロッパやアメリカの経済制裁は、逆に石油やガスの国際価格を上げてしまっているので、ロシアの財源を奪うことには全く貢献していないわけです。

◇もう一人、共和党の有力な人。ポンペオ元国務長官はエネルギー・ドミナンスという言葉を言っています。これは何かというと、「エネルギーというのは国の兵站だ。だから原子力でも石油でも石炭でもガスでもエネルギーを供給して、同盟国、友好国にもバンバン輸出して、そうやって敵を圧倒しないと駄目だ」ということを言っています。これはすごくアメリカらしい発想です。

◇以上は共和党ですが、実は民主党の中でも共和党と同じことを言っている人がいます。ジョー・マンチンというのは上院のエネルギー資源委員長で有力な議員ですが、彼は「空前のエネルギー増産をしろ」と言っています。その理由は、さっきから言っていることですが、「欧州の窮地を救うのだ、欧州に供給すればロシアの財源を絶てるのだ」と。

アメリカの議会は共和党、民主党の真っ二つですから、少しでも民主党から造反する人が出ると議会を制することができる。彼は今、共和党の議員と組んで、バイデンさんの出したビルド・バック・ベター法案をつぶすというようなことをやっています。それから、脱炭素の政策を超党派で阻止するということもやっています。なんでこういうことをやるかというと、アメリカは世界一の産油国だし、産ガス国だし、石炭も埋蔵量も世界一で、化石燃料で潤っている州はたくさんあるわけです。彼がいるウエストバージニア州もそうだし、そういう民主党の議員は何人もいるということです。

◇今言ったような話がなんで日本に入ってこないかということですが、アメリカはメディアも真っ二つでして、民主党の人たちが信じるメディアはCNN等で、信じないメディアはFOXニュース等ですが、共和党はこれが真逆でして、共和党の人はCNNなんて全部嘘だと言って、FOXニュースを一生懸命見ているわけです。日本のメディアはCNNを見て「アメリカはこうです」と言っているので、アメリカの半分の民主党側しか見ていないのです。さっきから私がお見せしている映像はみんな共和党側のメディアですが、アメリカを知りたかったら両方のメディアを見なければいけないということです。

◇また、マルコ・ルビオ上院議員は、「今ロシアと戦争をしているけれども、本当の問題は中国だ」とはっきり言っています。「中国はロシアに1000倍する。そちらのほうがはるかに問題なんだ」という言い方をしています。中国のほうがはるかに手強いよということです。こういう認識も、アメリカは、特に共和党では強い。これは民主党もそう思っている人は多いと思います。

中国の問題として、アメリカは太陽光発電をはじめ新疆ウイグルで生産されているものは全部輸入禁止という法令を最近施行しましたが、この話はこれから大問題になってくると思います。日本でも大問題になると私は思っています。世界の太陽光発電の8割は中国産で、新疆ウイグル産はそのうちの6割ですから、都合世界の半分が今新疆ウイグル産の太陽光パネルなわけです。

これを日本はいったいどうするのか。アメリカはいつか何か言ってくるのか。それが起きたらいったいどういうことになるのか。これは非常にインパクトの大きい話になります。こういう反攻シナリオ、「脱炭素なんておかしいじゃないか。エネルギー・ドミナンス、エネルギーをもっと供給しなきゃ駄目じゃないか」という話になりだすと、じゃあ、あの太陽光は何なんだという話にだんだんなっていく。

◇エネルギー・ドミナンスを唱える一方で、アメリカの共和党の人たちはいわゆる気候危機説を信じていません。なぜかというと、きょう私が前半でお見せしたような統計データをアメリカの共和党の人たちはみんな知っています。アメリカの議会の公聴会は共和党の人も科学者を呼べるし、民主党の人も科学者を呼べます。共和党の人が科学者を呼ぶと、例えば、ハリケーンは強くなっていません、数も増えていませんというグラフを見せる。彼らはずっとこういう説明を聞いているわけですね。だから、別に気候危機なんて起きていないじゃないのということが共通理解になっています。

よく日本では、トランプさんだけが変な人だから温暖化を否定しているのだ、みたいなことを言いますが、あれは民主党系のメディア、たとえばCNNが一生懸命言っていることであって、ウォールストリート・ジャーナルとか共和党側のメディアを見れば、彼らはきょう私が前半で言っていたような話をずっと言っています。

◇この反攻シナリオ、人々が反攻を起こして、脱炭素はおかしいと言い出すきっかけは、やはり光熱費の上昇と生活危機だと思います。これはヨーロッパでも今ひどいことになっている。アメリカでもひどいことになって、日本でもひどいことになりつつあると思います。

◇イギリスに目を転じると、保守党の中にも造反組ができて、ベイカー元ブレグジット大臣あたりが中心になって、生活危機なんて起こしているようでは保守党は次の選挙で負ける。だからCO2を減らすことには反対しないけれども、コストがかかるようなことは見直すべきだ。反脱炭素はブレグジットに次ぐ聖戦だというようなことを言っています。彼は30人ぐらいの議員グループを率いて、今、公然と反旗を翻しています。

◇ヨーロッパはもともとガスはいっぱい埋まっていたわけです。しかもシェールガス資源もいっぱいある。アメリカはこれを開発して世界一の産ガス国になって輸出までできるようになった。欧州はこれに手を着けてこなかった。イギリスの中では今この議論が起きていて、やっぱり俺たちはこれをやるべきじゃないかという話になっています。

◇ということで、この3つ目のシナリオ、反攻シナリオ、グレート・リアクションとはどういうものかというと、エネルギー危機で、インフレが起きる。そうすると金融も財政も引き締めに入る。その一方で、共和党は次の中間選挙も優勢と見られているし、大統領選挙も優勢と見られている。共和党が天下を取るようになると、脱炭素はやめましょう、お金のかかる太陽光や電気自動車もやめましょうとなる。

悲しいかな日本はいつもあまり自分で変われませんが、アメリカが変われば変わるだろうということで、そうするとエネルギー基本計画を見直すだとか、再エネ最優先を取りやめるだとか、化石燃料を復権するとか、そんな話になるかもしれません。

以上3つのシナリオをお話ししました。

日本はどうするか

◇今3つのシナリオをお話しした目的は、それでどうしますか、と考えることです(図⑧、⑨)。事業経営者なら事業経営者の目線で、政策決定者なら政策決定者の目線で考えるために、将来シナリオをお話ししたわけです。

図⑧

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図⑨

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私が見るに、今の世の中は2番目の脱線シナリオから3番目の反攻シナリオになりかかっているようなところなので、アメリカみたいに格好よくエネルギー優勢、エネルギー・ドミナンスと言えればいいのですが、日本にエネルギーはあまりないのです。ただ、アメリカと一緒になってアジア太平洋でエネルギー・ドミナンスを達成することはたぶんできるし、共和党が天下をとれば、そういうことをたぶん日本にも要求してくる。

その中でどういうことをやるかというと、原子力の再稼働です。これは新しい資源を生むようなものですから。そうすると、もしガスが本当に余るのなら転売すればいい。そうすれば欧州のためにも世界のためにもいい。あと、あまり言っている人はいませんが、石炭火力も今あるものはフル稼働すればいい。今はCO2に遠慮してあまり燃やしていない分がありますが、そんなことを言っている場合じゃない、ということです。それからエネルギー減税です。いつまでも補助金等でごまかしていないで、減税して本当にエネルギー価格を下げるべきだろう。そうすると再エネ推進等の原資がなくなりますが、それは一時停止してモラトリアムとするしかない。

◇こういうことをやっているとCO2は増えますが、CO2がいっとき増えるとしても脱炭素モラトリアムということをすればいいと私は思います。仮にCO2削減を10年遅らせたらどのぐらい気温が上がるかということは計算ができて、それは0.005度です。この0.005度というものと日本の安全保障との見合いでどちらを選ぶかという問題に我々は直面しているわけです。以上です。

ご清聴どうもありがとうございました。(拍手)

安西理事長(謝辞)

杉山先生、ありがとうございました。皆さまどうお考えになったか。この暑さの中で、しかしこの暑さはCO2Cの問題ではないと。ロシアの関係もありますけれども、欧州等々がエネルギー政策を間違ってきたのではないか。環境問題への取組みについて、リベラル的な考え方に立つと、いろいろなデータから見て間違っているのではないか、というふうに私はお話を理解いたしました。これから日本がどうしていけばいいのかということも最後にお話しいただきまして、原子力の再稼働はもちろんですが、それ以外にも日本のエネルギー政策、エネルギー供給の問題について、かなりストレートにお話しいただいたと思います。皆さまそれぞれお考えいただければと存じます。

また、杉山先生は電力中央研究所から、オーストリアの国際応用システム解析研究所(IIASA)に行かれました。私も多少IIASAに関連したことに携わっていましたので、大変懐かしく思いますが、国際的にも一流の研究所におられたということです。北海道生まれで、大志というお名前で「大志を抱け」という感じもいたしますが、一貫して環境政策全体の常識と逆のことを見出し、発言していくというのは、なかなか勇気も覚悟も要ることだと思います。

いろいろな考え、いろいろな見解がある中で、私はやはりこうした、証拠を基にした議論が進んでいくことを願っている次第でございまして、そういう意味でもきょうの杉山先生のお話は大変有益だったと思っております。エネルギーの問題は一筋縄ではいきませんけれども、杉山先生にはぜひご自分のお考えをしっかり伝えていっていただきたいと思います。改めて、きょうの大変有益なお話に感謝を申し上げて終わらせていただきます。どうぞこれからもご活躍いただきますように。ありがとうございました。(拍手)

なお、本稿は令和471日(金)開催の当社常例午餐会における講演要旨である。