11月以降、中国を巡る外交が新たな展開を示している。
11月4日にドイツのオラフ・ショルツ首相が訪中し、習近平主席らと会見した。それには12社のドイツ主要企業のCEOらが随行した。
そのショルツ首相の訪中にフランスのエマニュエル・マクロン大統領も一緒に加わる意向を示したが、総合的な判断から同行を見送り、1月に改めて訪中を予定していると報じられている。
12月1日にはシャルル・ミシェルEU大統領も訪中した。
この際、現在審議が停止しているEU中国包括投資協定の審議再開の道筋についても話し合われた可能性を指摘するEUの外交専門家の見方もある。
この協定は2020年末に大筋合意に達したが、その直後に新疆ウイグル自治区の人権問題を巡り中国EU双方が制裁措置を発動したことを背景に、2020年5月以降、最終合意に向けたEU内部の審議が停止されたままになっている。
以上の独仏EU首脳の相次ぐ対中外交の動きは、EU主要国の対中姿勢が経済面を中心に融和方向に向かっていることを示している。
この間、米国では11月8日に実施された中間選挙で民主党が予想外に善戦した。
これにより、厳しい対中強硬路線を求める共和党に配慮してさらに対中強硬姿勢を強める圧力がやや和らいだため、ジョー・バイデン政権の対中政策は若干ではあるが融和方向の余地が生まれた。
とは言え、米国が中国の経済力・軍事力の急速な増大に脅威を感じる状況は基本的には変わらないため、米中対立が顕著に改善することは考えにくい。
それでも、11月14日に実施された米中首脳会談では、台湾問題等を巡る武力衝突を回避するための米中対話を増やす方向が確認されたと見られている。
このように米中関係についても対立がますます深刻化する傾向をある程度抑制する姿勢が示された。
さらに11月16日にはインドネシアのバリ島で開かれたG20首脳会議において、採択が難しいと予想されていた共同宣言が中国ロシアを含む全会一致で採択された。
この合意実現には議長国のインドネシアと次期議長国のインドの貢献が大きかったと報じられている。
11月17日の日中首脳会談では、両国が日中関係を重視し、建設的かつ安定的な日中関係構築のための対話をスタートさせる方向が確認された。
以上のように11月以降、日米欧と中国の関係はやや改善方向に向かっている。このように11月以降、中国を巡る外交が融和方向に動いた一連の展開の背景には欧州主要国の対中融和姿勢が影響していると考えられる。
こうした各国の対中外交を見る際に注意すべき点は、中国に対する基本姿勢がEUと米国との間で異なっている点である。
米国の対中観は権威(専制)主義VS民主主義というイデオロギー対立の構図から捉える視点に立ち、中国との敵対関係を強調する傾向が強い。
EUの専門家は、このような米国の対中観はナイーブ過ぎるとの見方で一致している。
EUの対中観は、市場では競争者、気候変動や感染病対策等のグローバル課題では協力者、政治体制ではライバルと位置づけ、複眼的な視点から中国を捉える。
中国は政治外交面では相容れない部分があるが、経済面では重要なパートナーであると考えている。
一言で言えば、政治と経済、あるいは政治外交とビジネスのデカップリングである。
バイデン大統領自身はナンシー・ペロシ下院議長の訪台に反対する意向を示すなど、バイデン政権は議会における超党派の対中強硬姿勢とは一定の距離を保ち、極端な反中外交に傾かないようにしている。
しかし、ドナルド・トランプ政権時代に引き上げられた対中貿易関税の継続、半導体輸出規制の強化、中国の通信関係企業に対する取引制限強化など、事実上デカップリング政策が実施されているのも事実である。
こうした米国の対中政策方針に対して、EUは一線を画し、同一歩調はとっていない。
そうした米国とEUの対中政策方針のギャップの背景には、EU主要国の対米不信が影響している。
トランプ前大統領は英国のEU離脱を支持したほか、NATO(北大西洋条約機構)を時代遅れと批判、さらにはWHO(世界保健機関)からも脱退した。
こうした「アメリカ・ファースト」の政策方針が米国とEUの関係を決裂させた。
それ以来、EUの対米不信は根強い。バイデン政権の対EU融和姿勢は評価していても、次の政権はどうなるか分からないと考えている。
その対米不信の背景には米国政治の分裂が影響している。従来、米国は政権与党が交替しても外交政策の基本方針を変えなかったが、トランプ政権以降その前提が崩れたため、米国の外交政策方針を信頼することができなくなったのである。
バイデン政権は現在、EUに対して融和姿勢を示しているが、2024年の選挙で共和党が勝利すれば、誰が大統領になっても対EU融和方針が否定され、再びトランプ政権時代のように米国とEU間に亀裂が生じる可能性が高いと懸念されている。
この不信感が前提にある限り、EUと米国はトランプ政権以前の信頼関係を回復することができないと見るべきである。
EUの対米不信の根本的な原因である米国の内政の分裂状況を見ると、バイデン大統領が大統領就任以来、政治社会の分裂修復を最大の課題として掲げながら、政権発足後まもなく2年になる現在に至るまで、ほとんど改善は見られていない。
むしろ50年間も憲法解釈上認められていた人工妊娠中絶に対して突然最高裁が違憲判決を下したほか、銃保有に対する各州の独自規制を認めないとする最高裁の判断などが政治社会の分裂状況を一段と悪化させている。
これらの判決の背景には最高裁内部の党派分裂が影響しているが、これはトランプ政権が残した負の遺産である。
そうした状況に危機感を抱いた選挙民が投票に向かったことが、民主党の中間選挙における善戦につながった。
しかし、共和党支持者は選挙結果を踏まえて民主党に歩み寄る姿勢は全くなく、むしろ大統領選に向けてますます対決姿勢を強めている。
このため、2024年の大統領選挙において共和党政権が誕生すれば、トランプ政権と同様に前政権の政策を次々と否定する方針を掲げる可能性が高いと見られている。
この米国の内政分裂を米国自身が解決しない限り、EUの対米不信を払拭することは難しい。
EU・中国接近には経済的な要因も大きく作用している。
EUはロシアからのエネルギー供給停止によって経済的に窮地に立たされている。このため中国との経済関係を強化し、ロシアに対する対抗力を強化する必要に迫られている。
EUの主要企業が大きな収益を得られる外国市場としては中国が最も魅力的である。
中国経済は様々な難題に直面しているため、2021年で高度成長時代が終焉し、2022年から安定成長への移行局面に入ったと考えられている(詳細は8月17日付拙稿を参照=https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71411)。
それでも、深刻なインフレに直面し、利上げを余儀なくされている欧米経済が今後景気後退に向かうことを考慮すれば、中国の経済成長は欧米諸国に比べて高い伸び率が続く見通しである。
中国経済は減速しても中期的に3~4%程度の実質GDP成長率を保持する可能性が高いと予想されている。
2022年10月に公表されたIMFの世界経済見通しによれば、2027年の中国の経済規模は米国の87%に迫る。世界第3位の日本は17%に過ぎない。
中国経済が減速しても、米中両国が2大経済大国であることには変わりない。
しかも、米国市場はすでに成熟しており、EU企業が今後、米国市場で大きく成功する余地は小さい。
一方、中国経済は減速したとはいえ、引き続き所得水準の上昇が続くほか、産業構造も急速に変化している。
市場ニーズの高度化や技術力向上の速度も速い。
今後10年を展望すれば、世界中に中国市場ほど魅力的な市場は存在しないというのが日米欧の競争力の高いグローバル企業の共通認識である。
このような認識に立ち、EUはロシアによるエネルギー供給停止により厳しい状況が続く中で、中国との経済関係強化に活路を見出そうとしている。
他方、中国は2022年以降、高度経済成長が終焉し、経済が中長期の減速局面に入った。
経済の先行き見通しが下方修正されたため、内需の2本柱である消費と投資のいずれも以前のような回復が期待できない状況にある。
中国は1980年代以降40年間、対外開放を経済発展の重要な土台としてきたため、ここにきてその構造を変えることはできない。
内需の回復が鈍い状況下で頼りにするのは外資企業の対中投資拡大である。
長期的にはインドを含むアジア諸国の経済発展が続くため、RCEP(地域経済連携協定)や一帯一路の経済効果によりアジア経済と中国経済の連携が強まり、中国経済の持続的発展の支えとなることが期待されている。
しかし、現時点ではインドとASEAN(東南アジア諸国連合)主要国のGDP(国内総生産)を合計しても中国経済の3分の1程度でしかなく、市場ニーズの品質レベルも低いため、頼りにするには市場が小さすぎる。
EUの規模は中国とほぼ同等であるため、EU経済との連携の意味は大きい。
そうした経済規模の視点から見れば、現在の日本のGDPの規模は中国の4分の1に過ぎない。
しかし、日本国内の市場ニーズが高度なため、中国企業にとって市場開拓のインセンティブがある。
加えて、中国各地の地方政府の日本企業に対する投資誘致は引き続き積極的である。
この間、アジア諸国は米中双方とうまくバランスをとりながら両方との安定的な関係を継続したいと考えており、日本がその仲介役となれば、日本とアジア諸国との関係はさらに緊密化する。
以前から日本のアジア諸国との経済関係は深く、アジア諸国の経済発展にも貢献してきたため、日本に対する信頼は厚い。
その日本が、米中間の橋渡し役として中国とアジアの連携の輪に加わればアジア諸国も安心できるほか、中国もアジア諸国との安定的な関係構築を進めやすくなるため、日本企業を歓迎するケースが多いはずである。
この多国間連携を発展させれば、ASEAN、インド、日本、中国のいずれにとっても望ましい関係が生まれる。
こうした将来を展望すれば、日本は米国の対中強硬路線に追随するばかりではなく、日本の長期的な国益を考えて行動するべきである。
米国との同盟関係の強化や経済安保への協力は引き続き重要である。
しかし、今後の米中対立の長期化や米国の内政事情を考慮すれば、米国と同一歩調をとり続けることが日本の国益に反する面が生じることも慎重に見極めなければならない。
その視点に立てば、独自外交路線を重視するEUの対米政策は日本にとって参考になる面を多く含んでいる。
大切なことは日本国民の長期的な利益と日本の国際社会における信頼の向上を重視し、そのためには何をなすべきかという国家ビジョンと長期戦略を明確に示すことである。
その観点に立てば、EUの独自外交路線に基づく対外政策ビジョンは日本にとって学ぶべき点が多い。