今年9月21日、ソウル中心部から地下鉄で1時間ほどの大規模展示場は、隔年で開催される大韓民国防衛産業展(KOREA DX)を観覧するために韓国国内や世界各国から集まった関係者で、熱気に包まれていた。同組織委員会によれば、開催期間中に約50カ国から350以上の企業と約40カ国からの代表団と駐韓大使、武官団を含む約2万人の関係者が集まったという。会場の中で特に注目を集めたのは各国軍の代表団である。最高位の人物を真ん中に、脇を数人の部下が固め、後ろに何人も引き連れた制服の集団が動く姿は会場の中でひときわ目を引く存在だった。
今回の防衛産業展がこれまでになく注目された理由は、今年7月にロシアの脅威に直面するポーランドが、日米欧の最新鋭戦車に匹敵する性能を持つ「K2戦車」(以下、K2)980両、同じく世界水準の自走砲(自力で走行できる強力な大砲)である「K9自走砲」(以下、K9)648両をはじめとする、総額25兆㌆(約2兆6000億円)規模の韓国製兵器の大量購入を発表したことが主な要因だ。10月19日には早速K2とK9の第一陣が韓国から出荷され、ポーランドは他の韓国製兵器の購入にも関心を示している。世界的にも注目されたビッグセールス成功を追い風に、韓国側企業関係者はさらなる商機を求め、会場の至る所で英語での装備品説明に追われていた。
すでに韓国防衛産業は欧州ではポーランド以外に、ノルウェー、フィンランド、エストニアへのK9受注実績がある。2014年3月のクリミア併合以後、ロシアと国境を接する北欧・バルト三国は対露脅威認識を年々深めていた。その後、フィンランドが17年に契約したのを契機に、ノルウェー(同年)、エストニア(18年)が続けて契約に至った。その後、ルーマニアなどの他の欧州諸国も購入に関心を示しており、目下K9を製造する兵器生産最大手ハンファが最重要ターゲットとして狙っているのは、英国である。
ロシアと接する国を中心に欧州で韓国製兵器導入の動きが広がっている
(出所)各種報道を基にウェッジ作成
(※)K9の車体をベースにポーランドが開発した自走砲「クラブ」をポーランドから供与され対ロシア戦に使用
(※)今年9月、韓国製の携行型地対空ミサイル「神弓」が米国とチェコ経由でウクライナに供与されると一部で報じられた
近年、欧州諸国への輸出が好調な理由は、単にロシアの脅威が顕在化しただけではない。購買国の安全保障環境下で性能・価格面などから見て最も良い兵器が韓国製だったからである。韓国防衛産業は受注を得るために、潜在的な購買国の社会制度(政治・社会・財政など)を調べた上で対象国へのアプローチを行う。財政事情から国防予算が潤沢ではない国には中古品を売る。今回のポーランドへの輸出で見られたように、相手国の防衛産業への配慮から、受注の相当数を現地企業による生産にして雇用を創出するなど、徹底して相手国の事情に合わせるセールス方法を行うことが成功の秘訣だ。
実際に、購買国の最前線ユーザーは韓国製兵器の性能をどのように評価しているのだろうか。今回、K9を導入したフィンランド軍とエストニア軍の調達担当者や実戦部隊長らへのインタビューを通じて、現場の声と導入に至る経緯を聞いた。
まずK9導入の経緯だが、フィンランドは17年に日本の防衛装備庁にあたる韓国防衛事業庁と大韓貿易投資振興公社(KOTRA)との間で、48両の中古のK9の導入に関する契約を結んだ。21年秋には5両の追加契約も結ばれ、製造元のハンファからの補修部品供給なども含まれた。一方、エストニアも18年に中古のK9を12両、フィンランドとの共同購入という形により契約した。エストニアはまた、20年に6両の追加購入契約を締結している。両国ともにハンファからの手厚いサポートを受けている。
さらに両国の共通点は、兵器調達の際、「政治的中立と透明性」が厳格に求められることだ。これは選定過程において友好国の兵器であれば、平等に審査して要求性能と評価試験の結果などに基づいて採用が決まるというものだ。両軍の調達担当者と実戦部隊長は「日本が他国に負けない良い製品を提案してくれれば、当然購入を検討する対象になる」と口を揃える。
フィンランド軍とエストニア軍にとってK9導入の最大の理由となったのは、米国製やドイツ製に比べて構造やシステムがシンプルである点だ。両国には、徴兵制と軍の根幹を成す予備役制度が存在している。フィンランドの徴兵制は6カ月から12カ月間、エストニアは8カ月から11カ月間で、一度徴兵を経験した人間は、除隊後も有事の際に動員される予備役の一員となる。
予備役の将兵は数年に一度呼集されて再び訓練を受ける。その際、予備役に対する教育の観点からも、韓国製は扱いやすいのだ。さらに、K9を運用するフィンランド軍の実戦部隊長は「メンテナンスも容易で、エンジンも含めて、搭乗員らによってある程度の整備も可能だ。自国内の森林地帯や寒冷地での展開を求められるわれわれにとって、故障時にその場で対応できるのは大きなメリットだ」と語った。
また両国ともに冬季は厳寒であり、その中でも他の季節同様のパフォーマンスが求められるが、ここでも韓国のサポートは手厚く、両国のニーズを捉えている。たとえばエストニア軍のK9は独自の通信システム搭載を除いて特段の改修を施さず、韓国仕様の標準装備の車内ヒーターのみで冬季も活動可能である。
約1300㌔メートルにわたる国境でロシアと対峙しているフィンランド軍では、北極圏を含むより高緯度の寒冷地での活動を視野に入れている。そこで、通信システム・射撃管制装置の改修に加え、路面凍結時の横滑り防止装置が搭載されているなど、よりローカライズ(現地化)が行われている。さらにK9用の寒冷地仕様の保管庫建設も行われるなど、韓国はインフラ整備にも力を入れている。
韓国防衛産業はこれまでに攻略してきたトルコやインド、エジプトなどの新興国、北欧諸国に加えて、昨年は豪州へのK9受注に成功した。そしてさらなる発展のために挑戦を惜しむことなく、韓国にとって悲願である米国への挑戦も進んでいる。
今年5月に行われた米韓首脳会談の共同声明文には、「米韓間の国防産業分野協力の可能性が増していることを認識しながら、両首脳は国防相互調達協定に関する議論開始を含め、国防部門サプライチェーン、共同開発、製造などの分野でのパートナーシップを強化していくことに合意した」と記された。同会談を受けて、9月に行われた米韓の外務・国防次官級協議では、科学技術・防衛産業協力について話し合われ、次官級の定例対話チャネルが設けられることになった。
ロシアによるウクライナ侵攻で兵器需要が高まったことも相まって、各国から受注が相次ぐ韓国防衛産業は事実上の西側自由民主主義国家グループの「兵器工場」になりつつあり、そのサプライチェーンは外国へと広がっている。アーミテージ元米国務副長官は19年の米国でのセミナーの中で、米韓の防衛産業能力を発展させ、両国が世界中の友好国に対する兵器のサプライヤーとなることに期待を示した。
実際、昨年9月15日に米英豪の間で安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」が締結された2日前(13日)には、「米豪韓国防研究・開発・試験・評価分野の3カ国協力体系に関する約定」が締結された。オーカスが原子力潜水艦という高度な機密の塊を扱うのに対して、後者の約定は装甲車などの従来型通常兵器の共同開発が想定されているものと推察する。
米中間の熾烈な技術開発競争の中で、先端兵器は米国、従来型は韓国などの同盟国が開発を分担して、防衛産業サプライチェーンを構築することが目的だと考えられる。これにより、米国自体が韓国製兵器を使用する可能性が生まれただけでなく、米韓、あるいは米韓豪が共同開発した兵器を西側友好国に売却する将来像を描いている可能性に注目すべきだろう。
現在、豪州がK9を採用したことを受け、同国南部ビクトリア州では製造元ハンファの工場建設が進んでいるが、敷地は15万平方㍍と広大で、生産設備の他に各試験設備も備えられている。同工場では豪州向けのK9やその派生型だけでなく、他の兵器や、第三国向けの兵器の生産も見据えていると考えられる。
翻って、わが国の防衛産業の現状は厳しい。住友重機械工業やコマツなど防衛産業界から撤退する企業は年々後を絶たず、自前の装備を調達するためのコストと研究開発のための時間は増すばかりだ。
自国の技術力向上と経済性を両立させるためには外国への輸出が唯一の手段である。兵器の完成品の輸出は進んでいないが、兵器に活用可能なイメージセンサーや炭素繊維など、部品や素材レベルでは日本製品の競争力は高い。国家安全保障戦略など防衛3文書の改定が年末に迫る中、周辺国から出遅れてしまったわが国に求められることは、そうした自らの強みを生かした防衛産業振興策であり、それが20年、30年先を見据えた国家戦略の一部となることである。