メディア掲載  エネルギー・環境  2022.12.14

核融合 技術・課題解決に見通し 原型炉建設で実証加速 ロードマップ前倒し 決断の時 中国が先行のおそれ 国の2兆円投資必要 日本製造2030(1)

日刊工業新聞(2022年12月7日)に掲載

エネルギー・環境

政府は来年春を目途とした「核融合戦略」策定の検討をはじめた。民間投資の呼び込みや、ベンチャー企業の参加が注目されているが、これだけでは全く物足りない。いまこそ日本政府は決断し、2兆円を投じて原型炉の開発に着手すべきだ。


【核融合開発の現状】

核融合とは、軽い原子核を融合させて、その際に生じる質量欠損をエネルギーに変換する反応だ。E=mc2の有名な方程式で知られるとおり、わずかな質量の欠損が光速の2乗に比例する莫大(ばくだい)なエネルギーを得ることができる。

原理的にはさまざまな核融合反応が利用できるが、エンジニアリング的に実現可能なのは重水素と三重水素の反応だ(図1)。

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これを実現するためには、この燃料を原子核と電子が分離したプラズマ状態にして、超電導コイルを用いた強力な磁場で閉じ込めた上で加熱する必要がある。核融合反応で発生した放射線はブランケット(毛布の意)で受け止めて熱に変え、蒸気を発生させて発電する。またブランケットではリチウムに放射線を当てて燃料の半分である三重水素を発生させる(図2)。

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たゆまぬ技術開発により、「核融合」は今や夢物語などではなく、手の届く技術になった。図2における要素技術について、設計、材料、制御などの主要な課題はすでに解決の見通しが立っている。後は実証を積み重ねてゆくだけである。

かつて日本は当時世界最速の新幹線を短期間で実現したが、これも既に存在した要素技術を組み合わせたものだった。いま核融合発電は新幹線誕生の前夜の状態に近づいている。

大型の実験炉であるITER(イーター。国際共同研究でフランスに建設中、2025年稼働開始)の完成は20年代後半で、35年には、普通にみる火力発電所と同等の出力に達する予定だ。

日本も実験炉JT-60Uの改修を終えJT-60SAを近々に運用開始予定である。実験炉JT-60Uではすでに核融合による出力エネルギーが反応のための投入エネルギーを2割上回るという実験結果(Q=1.2)を得ている。

【国家による2兆円の投資が必要】

さて今回の本題だが、上記の実験炉に加えて、実用化の前には2兆円ほどかけて「原型炉」を造る必要がある。(図3)そんなにかかるのか、という心配はごもっともである。だがこれは、幾つもの方法を試し性能を確認する「実証」をするためのコストだ。

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実用段階になれば、発電コストは既存の原子力発電と比べても全く遜色がないキロワット時あたり10円と推計されている。高くつくのは実証段階だけの話だ。

実用化すれば、安価で、二酸化炭素(CO2)を出さず、無尽蔵で、安全で、国産で、核不拡散の心配もない発電技術が手に入る。

なお、新しいアイデアによって小型の核融合炉が可能になり、数年先には実用化できる、といった報道が散見される。だが残念ながら、それほど事は簡単ではない。

核融合には、図2に示したように、超電導コイル、プラズマ、排熱部、ブランケットといった要素技術があり、このすべてを組み合わせると必然的に普通の原子力発電所ぐらいの大型のものになる。新しいアイデアというのは、大抵はこの一部の改善案にとどまっており、大型の原型炉が不要になることはない。むしろそれらのアイデアは、大型の炉を改良してゆくためにこそ有益になる。

宇宙開発における民間企業「スペースX」の成功は、米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画やスペースシャトル計画で開発した技術があったからこそ実現した。核融合開発では、ITERやそれに次ぐ原型炉が、宇宙開発でのアポロ計画にあたる。

これは予算規模が大きく時間もかかることから、民間ではなく、国家が投資する他ない。

さていま日本政府は、脱炭素のためとしてGX移行国債(環境債とよばれるもの)を発行して20兆円を調達し、向こう10年程度で水素利用などの技術に投資する方針を検討中だ。だがそこで列挙されている技術は、万事うまくいったといっても相当なコスト高のものが多い。それならば、むしろ核融合へ投資すべきではなかろうか。

原子力依存をせず再生可能エネルギーなどで脱炭素を進める場合、50年の発電コストはキロワット時あたり25円にも上ると日本エネルギー経済研究所は試算している。すると発電コストが10円の核融合炉は魅力的だ。差し引き15円も安い。柏崎刈羽第7原発と同じ136万キロワットの出力であれば、年間合計では1800億円もの差になる。これは15年間で優に2兆円を超える。つまり原型炉2兆円の開発費用もすぐに元が取れる。

核融合が実現すれば、温暖化問題もエネルギー問題もすべて解決する。これは何としても日本の手で成し遂げ、新たな基幹産業としたい。

【核融合開発を前倒しにする】

現在の日本の核融合ロードマップは、18年に文部科学省が決定したもので、25年頃に原型炉に向けた準備開始の判断、35年頃に原型炉建設段階への移行判断、という二つのチェックポイントがある。

このロードマップを取りまとめたタスクフォースの主査だった元慶応義塾大学教授の岡野邦彦氏は述べる。「当時は脱炭素に向けていま言われているほどの巨額の投資は想定されていなかった。いまやその状況がまったく変わった」。

国による巨額の投資が正当化されるということならば、このロードマップも見直すべきだ。これまでは原型炉の資金をどう手当てするかが決まっていなかった。だから話を持ち掛けられたメーカーも、本腰にはなれなかった。だがこの問題は、国が決断し投資することで解決する。

ロードマップは前倒しできる。前述したように、多くの要素技術があるから、特定分野のアイデア一発、新発明一つで簡単に前倒せるというものではない。しかし、今から直ちに着手して、累積で2兆円を政府が投資し、すべての要素技術の開発を同時並行して加速していくことで可能だ。

原型炉開発はITERのような国際協力ではなく、日本主導でやるべきだ。かつては実用化も遠く、予算規模から言っても日本単独では巨額すぎて正当化できなかったので、国際協力を選んだ。けれども国際協力は知財の管理など調整の手間がかかる。それよりは日本主導で進めてしまえばよい。

日本では、重電産業、プラント産業、情報産業などが、必要な技術を幅広く有している。ほぼ単独で核融合を開発できる稀有(けう)な国だ。総力を結集する時だ。

原型炉の建設は前倒しして30年代初めにする。40年には原型炉での発電実証をする。そこではITERおよび今年運用開始予定の国産実験炉JT-60SAの開発を通じて得た膨大な知見を活用できる。そして50年には商用炉の建設を始める。

世界ではいま中国が先行していて、30年代には原型炉で発電実証をする計画だ。「ITERなどの経験を生かして、原型炉に巨額の投資をし、実用化を目指す」という王道を着々と歩んでいる。日本や欧米が2兆円という金額にたじろいで、安上がりに済ますアイデアばかり追い求めているうちに、逆転されつつある。

このままでは、核融合が中国の進める経済覇権構想「一帯一路」の切り札になってしまう。日本は巻き返すだけの技術力はあるが、もはや一刻の猶予もない。いまが決断の時だ。