コラム 国際交流 2022.12.02
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
恐れていた感染症“第8波”に晒(さら)されている日本だが、国際環境でも厳しい状況に追い込まれそうだ。
11月22日に公表されたOECDの経済見通しは、“Confronting the Crisis”と題して2023年の景況に関して悲観的な見解を示した。報告書の中の文章・図表を一瞥すると、明るいものがない。また中国がZero-COVID policyを継続すれば、景況は更に悪化する。しかも物価高で高金利が世界中に一段と浸透してゆけば、高額の債務を抱える中低所得国、そして米独仏等の先進諸国に比して、変動金利型住宅ローン比率の高い日本の家計部門の一部が困難に直面するのでは…と憂慮している(p. 4の図1、2参照)。
科学技術研究に関する米中間の政治的対立は、両国の研究者だけでなく、関係諸国にとっても悩みの種だ。
最先端の人工知能(AI)研究における職場と人材は、圧倒的に米中両国に集中している(p. 5の図3、4参照)。将来、両国間の対立が激化すれば、「人類の幸福の為のAIよりも、人類が敵味方分かれて戦うAIが開発される!!」とdecoupling(脱钩)を友人達と危惧している。代表的な中華系AI研究者は米国型訓練を受けており—例えば清华智能产业研究院(AIR)の马维英氏や詹仙园氏はMicrosoft Research Asia (MSRA/微软亚洲研究院)出身だ—、「もしdecouplingが更に進めばMSRAは上海から米国のレドモンドへ多くの研究者を移動させるかも知れない」と或る友人は筆者に語った。同時に大陸での環境が一部の人々には“合わない”様子も報じられている—例えば中国半導体企業のSMIC(中芯国际)やHSMC(武汉弘芯)に在籍した後、台湾系の鴻海精密工業に移る蔣尚義氏は「SMICに参画した事は愚かだった」と公言している。
米中間decouplingの狭間で他の国々も厳しい選択を迫られている。11月9日、ロベルト・ハーベック独経済相は“ドイツの公的秩序・安全保障(öffentlichen Ordnung und Sicherheit Deutschlands)”の視点から中国企業による独半導体工場買収を承認しない方針を示した。また英国政府は16日、中国系企業による英国半導体工場の所有を安全保障上の理由から禁止する事を公表した(次の2参照)。
以上の動きを注意深く観察した上で、日本は自らの行動を練る必要がある。こうした状況下、ケッサクな話は英国からの連絡だった—「アーカート上海総領事のような運命にはならないよね!! ジュン」と或る友人からのメールだった。Sir Robert Urquhartとは1949年、中国共産党の政権確立時、在華英国資本の存続を楽観的に考えていた人だ—筆者は笑いを押しこらえつつ返信した—「全く分からない。当時、在華の外資が共産党に漸次搾り取られた過去を“hostage capitalism”として語られた。リスクを常に考えなくては」と答えた次第だ。
米中間大国間競争(great power competition/大国竞争)に関し示唆的な意見を授けて下さる優れた人を突然失った。
小誌前号の原稿を書き上げ、推敲をしていた10月25日、米国から突然知らせが来た—「Ashが亡くなった!」、筆者は驚いて一瞬声を失った。アシュトン・カーター教授は68歳の若さ。しかも小誌前号で記した通り、9月末、Harvard Kennedy School (HKS)でゼレンスキー大統領とのビデオ会議において司会を務めていたのだ!! 筆者がHKSに居た時、様々な意見を直接語って下さる機会を楽しんだだけに悲しみは大きい。
2003年3月6日、上院外交委員会の当時議員だった現在のバイデン大統領の発言で始まった公聴会で、最初の証言者となったカーター教授は、北朝鮮の核開発を警告した—一旦“核”を開発してしまえば、北朝鮮の体制が如何なる形に将来なろうとも、その“核”は誰の手に渡るか分からず、グローバルな脅威として超長期間にわたって影響を及ぼす事を予告した(その後、核は開発され、現在に至っている)。
また2007年3月、The National Interest誌に掲載した小論(China on the March)の中で対中戦略を示している。当時、教授は対中戦略の中でインドの役割を重視すると公言されていた。「その発言は中国を刺激しますよ」と筆者が申し上げると「どんな刺激になるか、様子を教えてくれないか」とおっしゃった事が懐かしい。Yale大学で物理学と中世史を学び、Rhodes scholarとして英国Oxford大学で物理学の博士号を取得された教授は、まさしく歴史も科学も、更には政治も軍事も詳しく語れる、Aspen Strategy Group (ASG)での才人だった。彼から鋭い質問をもう受ける事はない、と思うと、ホッとすると同時にたとえようのない悲しみに包まれている。
2019年12月以来初めての海外出張—“COVID-19危機・円安”後の海外を直接見聞する機会だった。
11月末にシンガポールに出張。事前準備として現地の友人達と意見交換を開始したが、特に興味深い話は彼等の対米中観だ。長年の付き合いである友人から興味深いメールが来た—「11月1日、シンガポール政府は、中国側と技術革新、医療・健康、環境・資源等、19の覚書(MOU)を公表した。そして李顕竜首相は、流暢なMandarin(北京官話)で“星中両国の関係強化に一層努める”、と語った」。
そして約20年前に日星関係強化を語っていた筆者をあざ笑うような語調で続けた—「もう日本のICTに余り関心はないよ。それに、どこまで我々アジアの小国を米国や日本が助けてくれるか、はっきり分からない。中国には勢いがある。我々小国には智慧が必要だ」、と。
筆者は友人のメールを見た後、人権よりも経済を優先問題とするアジア諸国を記した小誌前号の表2やグラアム・アリソンHKS教授が嘗てLee Kuan Yew(李光耀)首相と直接対話した記録を基にした書籍(Lee Kuan Yew: The Grand Master's Insights on China, the United States, and the World, 2013)を思い出していた。李首相は中国を念頭にした東南アジア政策に関し、米国の失策を既に指摘していた—“The U.S. should have established a free-trade area with Southeast Asia 30 years ago, well before the Chinese magnet began to pull the region into its order.”
だが、国際関係は“万華鏡の如く(kaleidoscopic)”変化する“生き物”だ。“時既に遅し”と嘆かず、素早く将来の“好機”をつかむため、“如何なる行動を迅速にとるか”をあらかじめ練っておく必要がある。綿密な情報収集と優れた情勢判断が今求められているのだ。