スリランカは2022年4月、対外債務支払いの一時停止を表明し、デフォルト後に政権崩壊に陥った。一部ではスリランカの崩壊が中国の多額の貸付によるものという指摘もあるが、真の原因は化学肥料の使用を禁止した環境政策にある。先進国が喜ぶ「環境国家」を目指していたスリランカは、その環境政策によって自滅したかたちだ。先進国が脱炭素への取り組みを世界中に広めようとしたことで、かえって新興国の経済開発の芽を摘む悲劇を生んでいる。
スリランカは大規模な貧困、インフレ、燃料不足に見舞われ、ラージャパクサ大統領(当時)が2022年4月に国家破産宣言をした。スリランカのインフレ率は、6月に54.6%と類を見ない水準となっていた。5月と6月の2カ月で、食品価格は80%、交通機関は128%も上昇している。
日本では、スリランカ破綻の原因として「中国が多額の資金を貸し付けたため、返済が滞った」とする見方があったが、果たして本当だろうか。スリランカが海外からの借入れに頼り、無謀な投資を続けてきたのは事実だが、中国の債務はスリランカの債務全体の1割に過ぎない。必ずしも中国からの借金が膨らみ、その利子が高くついたためにデフォルトに陥ったわけではないだろう。中国はむしろ、親中的なスリランカの政権を20年にわたって支えており、その破滅を望んでいたとは考えにくい。将来的に「債務のわな」にはめるつもりがあったかどうかは知る由もないが、これまでは中国の一帯一路構想を担うスリランカの繁栄を望んでいた。
スリランカの経済崩壊は、数々の失政が重なった結果だ。それには、無謀な借金による投資拡大のほかに、コロナウイルスの蔓延による観光業の壊滅、ウクライナ危機によって引き起こされた世界的なエネルギー危機などの要因もある。
だが最も根本的な問題は、有機農業の強行による農業の破滅にある。スリランカは、窒素酸化物による公害や温室効果を削減するため、環境に優しい農法を実施すべく、21年4月から化学肥料の使用を全面的に禁止した。化学肥料の輸入額が大きいことから、その輸入を止めれば国際収支が改善するという短絡的な判断もあったようだ。
化学肥料禁止でスリランカの作物収穫量は大幅に減少。農業が崩壊し、主要な輸出作物も失ったスリランカの貿易収支は急速に悪化した。スリランカの農家の90%は化学肥料を使用しており、これがなければ作物の収量が激減することは明白だった。
従来、スリランカの食糧自給率は120%で、自給自足を十分にこなしてきた。だが、21年の化学肥料禁止に伴い、米の生産量は19年比で43%も減少した。スリランカの人口2200万人のうち、70%は直接的または間接的に農業に依存しており、農業への悪影響は社会全体に波及した。
深刻な影響を受けたのは、主食の米だけではない。重要な換金作物で輸出商品の主力である茶やゴムなども打撃を受けた。国連人道問題調整事務所(OCHA)が22年6月9日に公表した報告書では、21年度の作物生産量は前年度比で40~50%も減少した。21年11月に化学肥料禁止令が撤回されたが、すでに手遅れだった。
スリランカが目指したのは、脱炭素化に勤しむいわゆる国際機関のグリーンエリートが喜ぶような、環境に配慮した「優良」国家だった。スリランカのアマウィーラ環境大臣は20年に「誤った技術の利用、貪欲さ、利己主義」から地球を救うための政府構想を宣言した。米調査会社のワールドエコノミクスのデータによると、スリランカのESGスコアにおける環境スコアは100点満点中98.1点とほぼ満点。欧州で比較的グリーン対応が進んでいるスウェーデンでも96.1点、米国は50.7点にとどまり、スリランカのスコアの高さが分かるだろう。
スリランカの崩壊は、まさにこうした環境イデオロギーによって引き起こされたものだ。スリランカの政治家たちは、熱狂的な有機農業運動を受け入れてきた。世界経済フォーラムに集ういくつもの大企業も、スリランカでの有機農業を推進してきた。だが、有機農業というのは、一部の余裕のある人々のための贅沢に過ぎない。
これまで、世界の作物の生産性は右肩上がりだった。これは化学肥料、特に窒素肥料の普及のおかげだ。他にも品種改良、農薬、機械化、灌漑など、さまざまな技術に支えられてきた。「緑の革命」とも呼ばれている恩恵によって、世界人口は増加したにもかかわらず、世界の人々の栄養状態は劇的に改善した。スリランカの化学肥料禁止は、この成果を台無しにした。
スリランカの破綻において政権崩壊へのとどめの一撃となったのは、燃料費の高騰でガソリンが輸入できなくなったことだった。世界の多くの国で、エネルギー価格の高騰によって貧困が加速している。
ウクライナ危機に端を発したロシアからのガス供給不足によって、欧州はこの冬に停電の危機が迫るとされている。ドイツをはじめ欧州諸国は、液化天然ガスや石炭など、これまで忌み嫌っていたエネルギーの調達に躍起になっている。挙げ句果てには、可能な限り石炭火力発電所の稼働を手配する始末だ。
欧州が世界中でエネルギーを買いあさっていることで、世界のエネルギー価格は暴騰している。このあおりを最も受けているのが、経済的に貧しい国だ。化石燃料資源を持たない開発途上国は、いま悲惨な状態に陥っている。世界の多くの国で、エネルギー価格の高騰によって貧困が加速している。
先進国のエリートたちによって、何十億人の人々が、化石燃料のない貧困に満ちた未来への道を歩んでいる気がしてならない。気候危機説を信奉する指導者たちは、開発途上国の化石燃料使用を抑圧している。経済成長には安定したエネルギー供給が必須で、それには、石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料の存在は欠かせない。それにもかかわらず、いま国際機関とG7先進諸国の主要な金融機関は、二酸化炭素(CO2)排出を理由に、開発途上国の化石燃料事業への投資・融資を停止している。これは、新興国の経済開発の芽を摘むものだ。
日本もこうした動きに加担している。日本の外務省は6月22日、バングラデシュとインドネシアに対する政府開発援助(ODA)による石炭火力発電事業支援の中止を発表した。CO2の排出抑制が主な理由であり、G7の意向に沿ったかたちだ。
さらに同日、夏の電力不足に対応するために、停止していた火力発電所の再稼働を検討しているとのニュースが流れた。自分の国で電力不足になると火力発電に頼る一方で、途上国の火力発電所は見捨ててしまうのは道義にもとる。日本が電力不足なのは事実だが、バングラデシュほど慢性的に電力が不足して停電が頻発し、経済に甚大な悪影響を及ぼしているわけではない。開発途上国の化石燃料利用を禁止し、今後は経済開発を再生可能エネルギーで実現しろと命じるのは、発電の物理的現実と何十億人もの貧困を否定する傲慢さを示すものだ。
天然の恵みで利用可能なエネルギー源を利用することは、すべての主権国家の譲れない権利である。燃料、肥料、食料といった必需品の「3F」を、いま大量かつ安価に供給する能力があるのはロシアだ。だからこそ、先進国が呼び掛けた対ロシア経済制裁に呼応しなかった開発途上国はかなりの数に上った。途上国が正当に必要とするものをダブルスタンダードによって提供しなければ、途上国はロシア、そして中国に頼らざるを得ない。この帰結は、独裁主義が優勢な世界の到来というおぞましい事態を招きかねない。
世界の多くの国は、国際機関や先進国運動家の歓心を買うためにESGスコアを上げようと努力し、ネットゼロを目指すことに躍起になっている。だがこのために、第二、第三のスリランカ型の破滅を招いてしまう危険をはらんでいる。スリランカの破綻は、エリートの願望や偏見に従って政策が形成された場合に、いかに悲惨なことが起きるのかを示しているのではないだろうか。