メディア掲載  エネルギー・環境  2022.11.10

石炭から原子力へ(C2N)

これこそ賢明な気候政策だ。米国政府の新報告書は、気候、経済、正義に関する潜在的なメリットの大きさを示した。

NPO法人 国際環境経済研究所(IEEI)HPに掲載(2022年10月14日)

エネルギー・環境

監訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 翻訳:木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニアによる記事「Coal to Nuclear is Smart Climate Policy
A new U.S. government report shows huge potential benefits to climate, the economy and justice
」を許可を得て邦訳したものです。


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脱炭素化を加速させ、高収入の正規雇用を増やし、経済を活性化させ、環境面での公正さをさらに高める巨大な機会があるとしたらどうだろうか。

それはあまりにもうまい話ではないか? でも、実際にあるのだ。

それはアメリカ合衆国エネルギー省(DOE)が昨日発表した、米国内の石炭火力発電所の原子力発電への転換(Coal to Nuclear, C2N)の可能性について深く考察した新しい報告書である。なおこの報告書は、非常に詳細ではあるものの、あくまでもC2N可能性を探るための大局的な分析であり、特定の地点での転換について検証したものではないことには注意されたい。

それでも、この報告書は興味をそそるものだ。着目したのは3つの問いである。「米国にある石炭火力発電所のうち、C2Nの候補地となる場所はどれくらいあるのか?移行によるメリットと課題は何か? 移行は地域社会にどのような影響を与えるか?”

以下は、各問いに対する報告書の結論である。

これらの質問に対する簡単な答えは、次のようになる。ギガワット(=100万キロワット)規模より小さい革新型原子炉は、第一次審査を通過した石炭火力発電所サイトの80%に設置可能である。石炭火力発電所のために建設したインフラを流用することで、初期投資の投資額を15%から35%節約できる可能性がある。原子力の設計の仕方によっては、雇用が新たに650人以上増え、約27000万ドルの新しい経済活動がもたらされ、自治体の温室効果ガス(GHG)排出が最大で86%も減少する可能性がある。

具体的には、まず” 閉鎖された157の石炭火力発電所と稼働中の237の石炭火力発電所を石炭から原子力への転換の潜在的候補として特定した。”とある。私は、この394カ所が原子力に転換されれば、原理的には34000億キロワット時以上の電力を供給できると試算している。これは、2021年の米国全体の発電量の約70%に相当する。これがすべて実現することはまずないが、いずれにせよ、この規模は巨大であることは間違いない。

C2Nは単なる机上の空論ではなく、World Nuclear Newsによれば、以下に示すようにすでに実行に移されているとのことである。

米国などでは、石炭火力発電所を原子力発電所で置き換える可能性について、積極的に検討されている。例えばテラパワー社は2021年にワイオミング州の石炭火力発電所跡地にナトリウム冷却高速炉の実証機を建設する計画を発表し、メリーランド州エネルギー局は今年初め、Xエナジーの小型モジュール炉Xe-100による石炭火力発電施設の再利用の可能性を評価する作業を支援すると発表した。ホルテックインターナショナル社は最近、SMR-160の設置候補地として石炭火力発電所を検討しており、早ければ2029年に最初のユニットが稼働する計画だと発表した。またポーランドでは、エネルギー会社のユニモットおよび銅・銀の生産会社であるKGHMと共に、ニュースケール社が原子炉で石炭火力を代替する可能性を探っている。

石炭から原子力への移行は、温室効果ガス排出量や 粒子状大気汚染物質の大幅な削減など、環境面での明らかな利点をもたらす。しかし、この移行には、雇用や経済成長など、他の潜在的なメリットもあるのだ。DOEの報告書は、米国中西部における仮想のC2Nプロジェクトについて検証し、次のように結論付けている。

経済効果としては、650以上の新規の長期雇用が創出されることが示唆されている。これらの雇用は、発電所、サプライチェーン、地域社会の各職種にまたがって分布している。そしてこれは純雇用であり、離職した石炭労働者が経済界の新しい職種に再分配された後、650以上の新しい雇用が生まれることを意味する。新しい雇用は、地域の新しい経済活動も意味する。この結果は、経済活動が27500万ドルも増加し、そのうち1200万ドルが新しい労働所得(すなわち賃金)であることを示唆している。

原子力の仕事は給料が高く、より高度な専門知識を必要とする。また、太陽光発電や風力発電に比べ、原子力発電に関連する永久雇用がより多いのも特徴だ。この研究では、移行に関連する環境的公正さ(訳注:低所得層の大気汚染被害の軽減など)の面でのプラスの成果も発見されている。

経済的な可能性に関する2つ目のポイントは、C2N移行は不利な立場にあるコミュニティにとって経済的な後押しになり得るということである。先に述べたように、ケーススタディにおける経済的インパクトは、地域社会にとって顕著な経済的機会を示している。社会的・環境的公平性の観点からは、州や国との比較において経済的に不利な状況にあるケーススタディの地域において、雇用の増加や経済活動の増加は、その地域の生活の質の向上を示唆している。

結論としては、かなり期待できる、と言えるだろう。

そこで、私は原子力政策の専門家であり、グッド・エナジー・コレクティブの創設者兼共同ディレクターでもあるジェシカ・ラバリング博士にコンタクトを取って現状を確認することにした。ジェシカは昨年12月、C2N転換の可能性を検討した報告書を共同執筆していて、このアイデアにはかなりのメリットがあることを次のように記している。

石炭火力発電所と原子力発電所の間にはいくつかの類似点があり、この技術は石炭事業が閉鎖されてゆく地域にとって潜在的に魅力的なエネルギーの選択肢となる。原子力の仕事は石炭の仕事と同じかそれ以上に賃金が高く、その設計によっては、閉鎖した石炭関連設備よりも多くの雇用を提供できるかもしれない。 そして石炭火力発電所と同様に、原子力発電所は税収を通じて地域経済を支えることができる。また、多くの革新炉の設計では、石炭火力発電所に匹敵する量の電力を生産することができ、同量のエネルギーを生成するために風力発電や太陽光発電よりも大幅に少ないスペースですむようになる。同様に、革新炉は、既存の石炭発電所の敷地内に設置することができ、既存の水、輸送、送電のインフラを活用することができるのも魅力的である。さらに、原子力は運転時の二酸化炭素排出量がゼロであり、生涯を通じて洋上風力発電と同程度の極めて低い排出量であるため、地域社会の環境および公衆衛生への影響を抑えることができるのだ。

また、グッド・エナジー・コレクティブの分析では、DOEの分析よりも転用可能な候補地が少なかった(79394)が、これはDOEより厳しい基準を採用した結果だとジェシカは言う。「DOEのレポートは、すべての候補地を挙げたのに対して、我々は最も実現可能性が高く、確実に成果を出せる場所を探すことに重点を置いたのである」と。

続けてこう述べている「いずれにせよ、C2Nには大きな可能性がある。なぜなら、候補地はすでに発電に使われており、電力網への接続などの関連インフラも整備されているからだ。そのため、エネルギー転換における最も難しい問題のひとつである、新しいエネルギー技術の立地という問題を解決することができるのだ」。

このことが、C2Nという考え方が広く一般に支持されていることの説明になるのではないだろうか。ジェシカはまた、彼女の団体が行った世論調査の結果、石炭から原子力への提案は、政治的な枠組みを超えて支持されており、強い反対者は非常に少ないと指摘した。このように超党派的な支持を得ているエネルギー政策案は珍しい。

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米国の電力部門の脱炭素化については、さまざまな提案がなされている。現在、インフレーション抑制法(IRA)の下で採用されているアプローチは、風力や太陽光に多額の補助金を出し、その恩恵によって再生可能エネルギーの導入が大幅に拡大し、同時に化石燃料エネルギーの利用が減少することを期待するものである。ご存知のように、私はIRAによる脱炭素化の実現には懐疑的である(訳注:IRAには原子力発電への支援措置、中でも石炭火力発電所及び石炭関連設備跡地への立地の場合への支援措置も含まれている)。

C2Nは、米国だけでなく、世界の電力部門の脱炭素化を大きく前進させる可能性を秘めている。ラバリングは私に次のように語った。

世界的に見れば、その機会はさらに大きい。毎年約10兆キロワット・アワーの電力を生産する2,200ギガワットの石炭発電所が稼働しているのだ。これらを原子力に置き換えると、約1,000ギガワットとなり、現在の世界の原子力発電能力の2倍以上となる。重要なのは、このような設備容量のほぼすべてが、すでに原子力が稼働している、または原子力の準備が整っている、あるいは2030年までに準備が整う予定の場所にあることだ。

石炭から原子力への転換は、気候、経済上の便益に加えて、人々の生活、特に過去のエネルギー技術開発から恩恵を受けなかったり、損害を受けたりした人々に大きな利益をもたらす可能性がある。この可能性だけでも、C2Nは私たちの脱炭素化政策において重要な位置を占めるに値する。「石炭から原子力」への可能性は、無視するにはあまりにも魅力的だ。C2Nは、気候変動政策の議論において、より大きな役割を果たすに値する。