政府は来年春を目途とした「核融合戦略」策定の検討を始めた。次世代エネルギーとして期待される核融合研究開発へ、民間投資の呼び込みやベンチャー企業の参加が注目されているが、全く物足りない。政府にしか果たせぬ重要な役割がある。
たゆまぬ技術開発により太陽のエネルギーを再現する「核融合」は今や夢物語などではなく、手の届く技術になった。設計、材料、制御などの主要な課題はすでに解決の見通しが立っている。後は実証を積み重ねてゆくだけである。
大型の核融合実験炉ITER(イーター)(国際共同研究でフランスに建設中)の完成は2020年代後半で35年には普通にみる火力発電所と同等の出力に達する予定だ。この建設コストは2.5兆円前後とされている。さらに実用化前には2兆円ほどかけて発電を試す「原型炉」を造る必要がある。
そんなにかかるのか、という心配はごもっともである。だがこれは幾つもの方法を試し性能を確認する「実証」のためのコストだ。実用段階になれば発電コストは、既存の原子力発電と比べても全く遜色がないキロワット時当たり10円と推計されている。実用化すれば安価でCO2(二酸化炭素)を出さず、無尽蔵で国産の発電技術が手に入る。
また核融合炉は原理的に安全だ。既存の原子炉で用いる「核分裂」反応は、起こすのは簡単だが、止めるのに失敗すると、炉心溶融による事故が起き得る。「核融合」は起こすのは難しいが、何かあるとすぐ反応が止まってしまうので安全になる。
原子力発電は、それを隠れ蓑(みの)にして核武装を企てる国があり、核不拡散に気を遣わねばならないが、核融合にはこの心配もない。
なお新しいアイデアによって小型の核融合炉が可能になり、数年先には実用化できる、といった報道が散見される。だが残念ながら、それほど事は簡単ではない。
核融合には、超伝導コイル、プラズマ、排熱部といった要素技術があり、このすべてを組み合わせると必然的に普通の原発ぐらいの大型のものになる。新しいアイデアは、大抵はこの一部の改善案にとどまり、大型の原型炉が不要になることはない。むしろそれらのアイデアは大型の炉を改良してゆくためにこそ有益になる。
宇宙開発における民間企業「スペースX」の成功は、NASA(米航空宇宙局)のアポロ計画やスペースシャトル計画で開発した技術があったからこそ実現した。核融合開発では、ITERやそれに次ぐ原型炉が、宇宙開発でのアポロ計画にあたる。これは予算規模が大きく時間もかかることから国家が投資する他ない。
さていま日本政府は、国債を発行して20兆円を調達し、向こう10年程度で脱炭素技術に投資する方針を検討中だ。だがそこで列挙されている技術は、万事うまくいったとしても相当なコスト高のものが多い。それよりも核融合へ投資すべきだ。
原子力に依存せず再生可能エネルギーなどで脱炭素を進める場合、2050年の発電コストはキロワット時当たり25円に上ると日本エネルギー経済研究所は試算している。発電コストが10円の核融合炉は魅力的だ。柏崎刈羽7号機と同じ136万キロワットの出力であれば、年間合計で1800億円もの差になる。15年間で優に2兆円を超える。原型炉2兆円の開発費用もすぐに元が取れる。核融合が実現すれば、脱炭素問題もエネルギー問題もすべて解決する。これは何としても日本の手で成し遂げ、新たな基幹産業としたい。
現在の日本の核融合ロードマップは2018年に文部科学省が決定したもので、25年頃に原型炉に向けた準備開始の判断、35年頃に原型炉建設段階への移行判断という2つのチェックポイントがある。これは前倒しできる。直ちに着手し、政府が投資し、全ての要素技術の開発を加速すればよいのだ。日本は、重電産業、プラント産業、情報産業など必要な技術を幅広く有しており、単独で核融合を開発できる稀有(けう)な国だ。
原型炉の建設は前倒しして2030年代初めにする。40年には原型炉での発電実証をする。そこではITERおよび今年運用開始予定の国産実験炉JT-60SAの開発を通じて得た膨大な知見を活用できる。そして50年には商用炉の建設を始める。
世界ではいま中国が先行していて、2030年代には原型炉で発電実証をする計画だ。「ITERなどの経験を活(い)かして、原型炉に巨額の投資をし、実用化を目指す」という王道を着々と歩んでいる。日本や欧米が2兆円という金額にたじろいで、安上がりに済ますアイデアばかり追い求めているうちに、逆転されつつある。
このままでは、核融合が中国の進める経済覇権構想「一帯一路」の切り札になってしまう。日本は巻き返すだけの技術力はあるが、一刻の猶予もない。いまが決断の時だ。