コラム  国際交流  2022.11.01

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第163号 (2022年11月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

中国

最近発表された幾つかの景気見通しを見ると、我々は来年に向けて“身構える”必要がありそうだ。

9月末、OECDが「戦争の代償(Paying the Price of War)」と題して報告書を、またドイツの4大think tanksが共同で「エネルギー危機、インフレ、景気後退、そして富の喪失(Energiekrise: Inflation, Rezession, Wohlstandsverlust)」と題して報告書を発表した。そして10月上旬には、IMFが「生活費危機への対処(Countering the Cost-of-Living Crisis)」を発表した。慧眼な読者諸兄姉は上記の見通しをご存知と思うので、解説を控えるが、これらに関し海外の友人達と議論した事をご報告する。ドイツの友人にエネルギー問題を聞くと、ベルリンで比較的裕福な生活を送っている彼は緊迫感を感じていない様子であった。だが、筆者が「今年は大丈夫でも、戦争が長引けば来年以降大変では?」と質問すると、彼からの返事は曖昧なものになってしまった。まさしく上記報告書の示す通りだと思った次第だ。

悲しい事に戦争は終わりそうにない—こうした中、ゼレンスキー大統領がHarvardで講演した際に様々な意見交換をした。

9月27日、Kennedy School (HKS)で、ウクライナ研究所(HURI)等が主催したゼレンスキー大統領のvideo講演会が開催された。司会役は(10月24日に急逝された)元国防長官のアシュトン・カーター教授で、大統領の感動的な演説の後、前統合参謀本部議長で現在HKS Senior Fellowのジョセフ・ダンフォード大将がleadership問題に関して、またウクライナ出身でHKSの学生が帰国後の母国再建に関して質問した。Onlineで参加の筆者は会合直後に友人達とメール等で意見交換を行った。ケッサクだったのは仏国出身の友人が語った言葉だ—「プーチン大統領はアーネスト・メイ(HKS)教授の本を読んでいれば良かったね、ジュン」。同教授の『歴史の教訓(“Lessons” of the Past: The Use and Misuse of History in American Foreign Policy)』は「歴史の“全て”が役立つ事はないが、“適時・適切”に参考にすると役に立つ」という立場から書かれた本だ。しかも同書には、非戦闘地域に対する空爆の無意味さ等、現在のプーチン大統領にとって有益な教訓が数多く書かれている。再読して笑った箇所はムッソリーニの言葉だ—戦争は「順調な時(自国民にとって)良い事だが、順調でなくなれば戦争は忌み嫌われるのだ(Se va bene, e se va male diventa impopolarissima)」、と。プーチン大統領が“Il Duce (Mussolini)”の悲劇的な最期を想い浮かべ、冷静になって戦争を早期に終結してくれる事を願っている。

中国情報に関して、やや“食傷気味”になっている。だが、正確な情勢判断のためには情報交換が不可欠だ。

小誌前号で触れた本(Danger Zone: The Coming Conflict with China, August 2022)を真剣に議論しなければ、と友人達と語り合っている。英The Economist誌も、同書が「アリソンHKS教授主唱の“トゥキュディデスの罠”ではなく、絶好調期を過ぎようとする国が陥る罠(peaking power trap)が問題」と指摘している点を評価している(9月1月号)。即ち指導者が国際的地位と経済的繁栄に関し民衆に対して“高い”目標を約束した後、国力が絶頂期を過ぎた時が到来すれば、目標に到達しない確率と国民の不満が同時に高まるという危険性が存在する。著者は、その時に指導者が“屈辱的後退(a humiliating descent)”よりも“確率の低い勝利に向かって突進する事(a low-probability lunge for victory)”を選択する—嘗ての日本が“ジリ貧”を避けて“清水の舞台から飛び降りる”心境で対米開戦したような—危険性を指摘している。

習近平主席は、10月中旬、“中華民族の偉大な復興を全面的に推進する”任務を強調した。これに対して陰りを感じさせているとは言え、超大国(米国)が反応しない訳はない。この米中対立という状態を指摘する声は、既に中国国内でもあったのだ—例えば“知米家”の王缉思北京大学教授は、2018年10月に中国版Financial Times紙上で、「(米中対立の)原因を探るとすると、それは中国側の変化であり、その変化こそが米国の対中政策を変化させたのだ(如果只从因果关系来说,主要是中国的变化引起了美国对华政策的调整)」と述べている。

この大国間競争(great power competition; 大国竞争)の状態、また解結(decoupling; 脱钩)の危険性を如何に解決すべきか、元豪州首相のケヴィン・ラッド氏やアンソニー・セイチHKS教授は、“managed great power competition”や“managed decoupling”を語っているが、一体、“誰が”、“如何にして”、“manage”するのかを考え出すと、非常に難しい問題だ。しかも米中対立は単なる“米中”2国間問題ではなく、世界中の国々が政治経済的に複雑に絡み合っている。これに関して9月末にPew Research Centerが発表した主要国の対中観調査(軍事、経済・人権、そして総合的評価、今年春実施)が参考になる(p. 4の表1、2、3参照)。同時に、長期化が予想される米中対立に関し、習政権の“後継・交替”問題も友人達の間で今から話題になっている。これに関してはHarvardのYuhua Wang(王裕华)教授の研究が最近注目されている—中国歴代の皇帝を調べると“謀反”・“内乱”の危険性が高い事が理解出来る(p. 5の表4参照)。

日本にとって中国とのdecouplingは非常に困難な経済的課題である。しかも嘗てのような経済的ダイナミズムを欠く日本は、戦略物資である半導体をTSMC(台積電)に頼るしかないのが現状だ。半導体の大口需要先である米国は、“great power competition”の視点から中国の半導体産業を敵対視出来よう。だが、同時に留意すべき点は、中国最大の半導体企業(SMIC/中芯国际)は元TSMCの张汝京氏が創立した企業。そしてSMICの技術的な指導者である梁孟松氏もTSMC出身で、「大陸の高度半導体製造に貢献したい(想为大陆的高端集成电路尽一份心力)」と語っている。結局のところ彼等は皆“中華民族”である事を日本は忘れてはならない。

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