メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.10.27

真夏にホウレンソウ、秋にトマトができるようにした立役者たち

気候に適応しつつ挑戦する農家、支援する農業試験場は今日も忙しい

JBPressに掲載(2022年10月4日付)

エネルギー・環境 農業・ゲノム

生産関係者の地道な努力によって食卓を飾る野菜は進化を続けている(写真:アフロ)

東京の大手町は過去100年で3℃も気温が上がったという。要因の内訳は、都市化が2℃で地球温暖化が1℃である。では東京での野菜作りはどうなったか。以前、伝統的な「江戸東京野菜」である練馬大根の話(「気温上昇も味方につけた練馬大根だが、社会の変化で静かに主役から退いたhttps://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71611)を書いたが、今回は東京都農林総合研究センターの野口貴主任研究員にお話を伺った。


農家のニーズに応える農業試験場

野口氏らが働く東京都農林総合研究センターでは、都内の農家のための農業試験をしている。対象とする作物はトマト、キャベツ、ダイコン、ホウレンソウなど、東京の食卓でお馴染みのものだ。

種苗メーカーは毎年次々に新しい種を開発し販売する。それを東京で実際に育ててみて、きちんと育つかどうか、種をまくタイミングはいつにしたらよいか、といったことを調べ、都内の農業関係者に情報提供するのが仕事だ。

種は交雑した一代雑種(F1種)がほとんどだ。食べておいしく、病害虫や高低温に強く、高値で売れて、育てやすいよう、品種は年々改良されている。また、農家が病害虫や暑さ寒さなどで困っていれば、その相談を受けて、対策の仕方を提案する。

JR立川駅のとなりの西立川駅(東京都立川市)近くにあるセンターの敷地面積は15ヘクタール、圃場は8ヘクタールと広大だ。ガラスとビニールでできたハウスが一面に並んでいる。

農業試験場は、農家のニーズに応える日々の業務で忙しい。100年かけて気温が上がった、下がったということを特に意識することはないそうだ。

あえて時期をずらし栽培する農家も

東京で霜が減ったということは、おそらくその通りなのであろうが、まだ4月に霜がおりることもある。地面近くの野菜が育つ高さで気温を測ると、マイナス7度になることもあるという。

ただし、近年は霜害が大きな問題になることは比較的少ない。マルチ(地面に被せるシート)やトンネル(作物に被せるシート。半円形の支柱を用いてトンネルのような形状にして用いる)などによる対策をきちんとしていれば、たいていは防ぐことができる。

ただし、霜害や凍害などの寒害を受けることもある。それは、高値を狙って、難しい時期に栽培をするためだ。

ダイコン、キャベツ、ハクサイは、2月から3月にかけて高値がつく。この時期は需要はあるのに対して、良品を得るのが難しいからだ。この時期をあえて狙って作付けをするのだが、一方では寒さの問題があり、また春先になると日照で気温が上がりすぎて腐ってしまうことがある。

特に、ダイコンの抽根部(ちゅうこんぶ=大根の地上部に出ているところ)が凍害を受けることがある。土寄せ(大根の周りに土を盛り上げること)をすれば防ぐことができるが、これは手間がかかりコストが嵩むので、いまの農業ではしなくなった。トンネルやマルチで対策をするのが普通である。

ハウスの暑さ対策で秋にトマト

野外の気温が1℃高くなるとき、ハウスの気温はすぐに5℃くらいは高くなってしまう。とくに日射があるとハウスの中はどんどん気温があがる。

暑さ対策として、気温を下げる技術がある。ハウスに水をかけて気化熱で冷やしたり、あるいはミストで冷やす。これで2℃程度下げることができる。トマトは夏、暑すぎると裂果(果実が割れる)や日焼けを起こして売り物にならなくなる。トマトは秋に出荷すると高値がつくので、それを狙うとなると真夏に育てなければならない。それで、暑さ対策が必要になる。

エダマメは6月ごろ植えて8月に収穫することがあるが、これも暑すぎるとダメになる。コマツナは昔に比べると夏の暑さに強くなったが、これは中国野菜等と交配するなどの品種改良のおかげだ。また、夏と冬で品種を変えることも、暑さ対策として行われている。

様々な作物をハウスで育てるようになったのは、1年に6回から8回といった高頻度で作物ができて、回転が早いこと、害虫の侵入や活動を抑制し減農薬栽培が可能になること、などが理由で、農業試験場ではハウスを推奨している。

アザミウマやコナジラミ類などの、小さな害虫対策として、防虫用ネットの網のサイズ(目合い)が1ミリメートルから0.4ミリメートルに細かくなった。だがこれも気温を上げる要因になっている。

アザミウマやコナジラミ類が増えた理由は、都市化や地球温暖化などによる気温上昇ではないか、という意見もあるが、実際のところは、よく分かっていない。ハウスによる施設栽培の件数が増えたから、害虫の住処が増えたのかもしれない。あるいは、1年を通じて栽培をすること(周年栽培)が増えたから、害虫が絶えず繁殖できるようになったのかもしれない。

露地の暑さ対策で真夏にホウレンソウ

ホウレンソウと言えばもちろん冬の野菜なので、夏はトマトやナスを作る・・・のが普通かと思っていたら、真夏にホウレンソウを作る農家がある。いちばん高値がつくのは夏の9月で、これを狙って、8月に栽培するのだ。野外で栽培する(露地栽培)ときの暑さ対策としては、遮光性のあるマルチやトンネルを用いる。

9月には、年によっては、とても良い値段がつくそうで、何とか工夫して出荷を目指すそうだ。コマツナは品種改良で暑さに強くなったので、ホウレンソウに代わる夏の葉物野菜として、コマツナを栽培する農家もある。

気温上昇のメリットもフル活用

ニュースではゲリラ豪雨が増えているとのことだが、大雨への対策としては、雨除けの性能があるトンネルを用いる。

マーケットと技術の発展に導かれて、東京の農業は目まぐるしく進歩してきた。100年間かけての気温上昇は、この過程で、フルに「活用されてきた」に違いない。毎年、試験場で、そして農家で、種選びから種まきのタイミングまで、その時点での気候において最適な農業が追求されてきたからだ。

のみならず、農家は、栽培の難しい暑い夏・寒い冬をあえて選び、挑戦してきた。作物が高値で売れるからだ。様々な機能を持ったトンネルなど、暑さ、寒さへの対策技術も、確立してきた。農業試験場は今日も忙しい。

ちなみに筆者は、夏は夏野菜が楽しみで、ダンボールいっぱいに入った桃太郎トマトをスーパーで980円で買ったりするとホクホク顔になるのだが、これは農家にとってはあまり儲かる話ではなく、じつは悪夢かもしれない、ということに気が付いた。