メディア掲載  エネルギー・環境  2022.10.26

原発新増設が必要なこれだけの理由

産経新聞社 月刊「正論」2022年11月号に掲載

エネルギー・環境

岸田文雄首相が824日、原子力発電所の再稼働、革新炉の研究開発、そして新増設に言及した。この言やよし。日本にとって必要なことだ。

岸田首相発言の背景には、いま世界規模で起きているエネルギー危機がある。世界各国の脱炭素政策や脱原発政策によってエネルギー開発投資が停滞していたところにウクライナでの戦争が勃発し、対ロシア経済制裁が科されて、ロシアからのエネルギー供給が激減した。

原子力発電所の再稼働が必要な理由の第一は経済だ。原発はいったん完成後は、燃料費はわずかで済む。政府試算だと1㌔㍗時あたりで1.7円にすぎない。いま世界規模の化石燃料価格高騰で、液化天然ガス発電であれば1㌔㍗時あたりで燃料費は16円程度に高騰し、なお上昇を続けている。

日本の電力事業者のガス調達は長期契約が主体なので、これでもスポット価格(時価の市場価格)よりはかなり安く調達できている。それでも、いま原子力発電の再稼働を進めることによって、日本は電力コストを年間で約2兆円下げることができる。貿易収支も改善することは間違いがない。

日本の原子力発電の現状はといえば、稼働中のものが7基であり、岸田首相は年末までに10基を、さらに来夏以降には7基を再稼働するとした。これに加えて、あと16基が再稼働を目指している。都合33基すべての再稼働を速やかに進めるべきだ。

緊迫する世界の安定電源

再稼働が必要な理由の第二はエネルギーの安定供給だ。

日本はロシア・サハリンからの石油・ガス供給を受けてきた。ロシアからの揺さぶりはあったが、いまのところ輸入は継続できる見込みである。だがこれも国際政治に翻弄されて、いつ供給が途絶するか、予断できなくなった。ロシアに輸出継続の意図があるとしても、経済制裁が科されており、欧米企業がロシアから撤退したために、何らかの技術トラブルが起きると直すことができず、供給が止まってしまうかもしれない。

他方では、資源国であってもエネルギー輸出を制限する可能性がある。オーストラリアでも、国内でのガス不足・ガス価格高騰に対応するために輸出を制限するかもしれない、という議論が起きている。日本は長期契約を結んでいることもあり、今回は影響を受けなくて済みそうだが、今後、他の資源国でも似たような騒ぎが起きるかもしれない。

日本は現行のエネルギー基本計画において、2030年の原子力の発電割合を2022%程度にするとしている。これは33基すべての再稼働が前提となった数字である。

他の電源はといえば、再生可能エネルギーはお天気任せで出力が不安定だ。天然ガス、石炭は海上からの輸入に頼る。安定した電源としての原子力は必須である。

日本の安全保障状況も緊迫の度を増している。8月にはペロシ米下院議長の訪台に反発して、中国が台湾を取り囲むようにして軍事演習を行った。これによって台湾が海上封鎖される可能性がクローズアップされた。

中国の海軍力は年々増強されており、日米にとって重大な脅威となっている。また中東においても紛争の火種は尽きることがない。日本への石油やガスの輸出が妨害されると、日本はたちまちエネルギー不足に陥る。

日本は天然ガスを液化して輸入しているが、これは気化しやすいので備蓄に適さず、国内には2週間程度分の在庫しかない。石油は約200日分の備蓄があるが、自動車や工場などで主に使うものであり、発電は主要な用途ではない。石炭は発電所にいくらか蓄えがある程度だ。

原子力発電であれば、一度燃料が装荷されれば、一年以上にわたって発電を続けることができる。有事で日本へのエネルギー供給が途絶した場合、原子力発電所が果たす役割は極めて大きい。

CO2削減を経済と両立

菅義偉政権以来、日本は2050年までにCO2を実質ゼロにすることを目指している。かかる極端なCO2削減が果たして本当に必要か、また、いったい実現可能かについては、筆者は大いに疑問を持っている。

だがCO2を大幅に減らすことを目指すのであれば、日本はますます原子力に頼らざるを得ない。のみならず、原子力の推進は、たとえCO2を減らす必要がないとしてもメリットが大きい。

いま日本のCO2排出量の約4割は火力発電によるものだ。原子力発電所を再稼働し、さらには新増設を進めることで、このCO2はほぼゼロにできる。そして、これが電力供給のコストを下げつつ実現できることは原子力の魅力である。

そして、安価な電気の供給をすることによって、エネルギー需要の電化を進めることができる。いま日本のCO2の排出量の6割は工場のボイラー、家庭のストーブ、自動車などにおける石油・ガスなどの化石燃料の直接燃焼によるものだ。原子力によって安価な電気を供給することで、これを電気に置き換えてゆくことが経済的にも有利になる。しかも、これがCO2フリーになる。

かつて北海道ではこれが実現していた。すなわち、泊原子力発電所の安価な電気を用いて、オール電化住宅が普及していた。ピーク時には、北海道の新築住宅のじつに約半分がオール電化住宅だった。これによって、人々は経済的な便益を受けつつ、CO2の大幅な削減が実現していた。

残念なことに、東日本大震災後の安全規制の見直しに伴い、泊原子力発電所は停止したままだ。電気料金は上昇し、オール電化住宅の普及も止まってしまった。新築住宅ではこれに代えて石油やガスなどが使われた。もちろんこれではCO2は減らなかった。

電気自動車にしても、安価な電源がなければ普及のしようがない。いま電気自動車は高い補助金、税の減免など、あらゆる優遇措置によって導入されているが、これをいつまでも続けるわけにはいかない。政府が支援しなくても普及するためには、電気料金が安くなくてはいけない。

デジタル産業は電力が必要

再稼働に続いては、民主党政権時代に定められた40年という発電所の運転期間制限を撤廃し、60年、さらにはそれ以上を実現すべきだ。原子力発電所は、定期点検がなされ、設備や部品の交換も行うため、そう簡単に「老朽化」する訳ではない。技術的には寿命の延伸はおおいに可能だ。米国では80年やそれ以上の運転についても実現される見通しである。寿命延伸は、再稼働と並んで、最も安価な電力供給の手段となる。

さらにその先には新増設がある。その際には、既存の原子炉の改良や、さらには全く新しい原子炉も視野に入る。いまこれらは「革新炉」と総称されている。原子力発電は、過去70年にわたり世界で実績を積み、いっそう安全性や経済性を高めるアイデアも多く提出されてきた。例えば外部電源による冷却を必要とせず安全に自然冷却する「パッシブ(受動的)」冷却技術などである。こうしたアイデアはすでに幾つもの原子力発電所で実施されてきた。

新増設が必要な理由は、発電部門における化石燃料への依存を下げること、電化を進めること、それによりCO2を削減することに加えて、安定・安価な電力供給によって、これからの日本の産業を支えるためである。

今後ますますICT(情報・通信)産業は発達し、それが経済成長の原動力になることは確実だ。このICT産業は電力多消費である。データセンター、AI(人工知能)、スーパーコンピューター、インターネットデータ通信などは莫大な電気を使う。端末やディスプレイなども含めると今日、すでに電力消費量の約1割はICT関係だという。ふんだんで安価な電力供給があることが、産業の発展にとっての基盤になる。

しばらく原子力の新増設が停滞していたため、関係する事業者はすでにかなり弱体化してしまった。新増設には立地地点の調査、計画の作成、地元の合意、そして建設といった具体化に時間がかかる。この間、技術力のある事業者を維持するためにも、早々に着手してゆく必要がある。

都の条例で膨らむ国民負担

では再エネはどうか。東京都は現在、一戸建て住宅を含む新築建物への太陽光パネル設置を原則、義務化する制度を検討している。

だが都がパブリックコメントを実施したところ、設置義務化には「賛成56%、反対41%」という結果で、かなりの反対もあった。にもかかわらず、都は今年12月に関連条例案を提出・成立させ、20254月施行をめざす方針だと報道されている。

だが日本に太陽光・風力発電はもはや不要である。そもそも、太陽光・風力発電は間欠的なため、それがあったところで火力発電や原子力発電が不要になる訳ではない。設備投資の面から言えば完全に二重投資となる。すると、太陽光・風力発電の価値はせいぜい、天気次第で稼働している間だけ火力発電の燃料費を節約できるという「回避可能費用」の分の価値しかない。

国土交通省の試算に基づけば、条件の良いところであれば、150万円のパネルを設置した場合、15年で元が取れるとされている。確かに建築主は元が取れるようだが、これは一般国民の巨額の負担に依存するものだ。太陽光発電による電力の本当の価値である「回避可能費用」は50万円程度しかない。残りの約100万円は一般国民の負担になる。

このように負担の在り方が歪むのは、「再生可能エネルギー全量買取制度」を含め電気料金制度全体が、今のところ太陽光発電に極めて有利なように設計されているからだ。だが、東京都民が一般国民にこれだけの迷惑をかけることを望んでいるとは思えない。

しかも太陽光を大量に導入すると、ますます価値は下がる。お天気任せで一斉に発電するので、余った時には捨てざるを得ないからだ。すでに日本全国でかかる状況が起きている。原子力が再稼働してゆけばますます捨てることになる。これ以上の太陽光発電導入はムダでしかない。

電気を捨てるのは勿体ないということで、他の地域に運ぶために送電線を新設するとか、バッテリーに蓄えるという話があり、ここにも巨費が投じられている。だがこれはそもそも太陽光・風力の大量導入をしなければ不要だったコストであり、ムダが嵩むだけだ。

太陽光・風力も、送電線も蓄電池も、その事業を請け負う企業は売上げがあり利益も出る。だがその費用は国民が負担する。経済全体としては莫大なマイナスだ。なぜかかる「再エネ最優先」政策を国家として(東京都として)続けるのか。一部の利益のために全体の利益が損なわれるという典型的な「政府の失敗」が起きている。

のみならず、太陽光発電についてはもう一つ重大な問題がある。

ウイグル弾圧を助長するのか

現在、世界の太陽光パネルの8割は中国製、その半分は新疆ウイグル製と言われている。国際エネルギー機関の7月の報告によれば、中国製のシェアは今後さらに上がり95%にも達する見込みだ。

他方で、新疆ウイグル自治区におけるジェノサイド(民族抹殺)は、国際社会が認めるところとなっている。先進諸国は軒並み非難決議をしている。国連においても、人権高等弁務官事務所が「深刻な人権侵害が行われている」とした報告書を8月末に公表した。

ジェノサイドと太陽光発電パネル製造の関係についても昨年10月のG7(先進7カ国)貿易大臣の声明など、複数の場ではっきり指摘されている。

これを受けて米国では、新疆ウイグル自治区で製造された部品を含む製品は何であれ輸入を禁止するウイグル強制労働防止法を621日に施行した。

かかる現状において、東京都が太陽光パネルを都民に義務付けるならば、それは事実上、ジェノサイドへの加担を義務づけることになる。これが東京都民の望むことのはずがない。

東京都は、太陽光パネルについて、その設置を義務付けるよりもむしろ、米国と同様に「新疆ウイグル自治区で製造された部品を含む太陽光パネルの利用禁止」を事業者に義務付けるべきだ。

なお、都はこれまでの事業者へのヒアリングにおいて「新疆ウイグル自治区の製品を使っていない」旨の回答を得ているとのことだが、かかるヒアリングだけでは全く不十分だ。結果として都民をジェノサイドに加担させた場合、都はどのようにしてその責任をとるつもりか。

また、太陽光以外の再エネである水力・地熱はどうか。

水力発電は日本の電力の約1割を担う。歴史的には重要だったし今でも比較的信頼できる良い電源だ。だが今後の可能性は限定的だ。日本はすでに主要な河川を開発しつくしており、新たに水力発電設備を造る地点はほとんどない。ごく小規模な水力発電所ならば今からでも造れるが、経済性は大変に悪くなる。残り少なくなった自然環境への影響も気になる。

地熱発電も限定的だ。日本は火山の多い国であり、世界で5番目に大きい地熱資源大国だ。それを開発すれば、技術的には日本の発電の1割を賄うことができるという。だが有望地点は国立公園内や温泉地にあることが多い。開発には制約があり、地元の了解を得ることが容易でない。このため、大規模な開発は覚束ない。

中国・ロシアとの新冷戦

いま原子力を推進せねばならぬ最大の理由は、新冷戦の勃発という、世界情勢の緊迫化だ。ロシアがウクライナに侵攻し、G7との対立が決定的になった。この戦争は容易に決着しそうになく、数年は続くだろう。仮に終わっても、もう世界は元には戻らない。

1991年に冷戦が終わり、世界はG7のような民主主義に収斂してゆく、と当時は多くの人々が期待したがそうはならなかった。

中国・ロシアは権威主義的な国家となり、G7の民主主義システムを敵視し攻撃するようになった。自らの独裁体制を維持するために、そのライバルであり敵である民主主義に攻撃を仕掛けている。すなわち、G7の自由で開かれたシステムの脆弱性に付け入り、技術を盗み、サイバー攻撃をしかけ、選挙に介入している。のみならず、武力行使も厭わないことがウクライナ侵攻であらためて明らかになった。経済のグローバリゼーションもいまや逆回転がはじまり、デカップリング(経済的分離)が進行している。

ロシア・中国は手強く、G7が優勢とは言えない。対ロシアの経済制裁に参加しているのは先進国ばかりであり、それ以外の途上国は殆ど参加していない。ロシアのエネルギー、肥料、食料、武器などの輸出の恩恵を受けている国は多い。中国、インドはロシアの石油を大量に買い付けている。民主主義や脱炭素といった価値観をG7が押し付けることもマイナスに作用している。多くの途上国は、宣教師的にあれこれ指図をするG7よりも、余計な口出しをせずに資源や製品など本当に必要なものを提供してくれるロシアや中国になびいている。

かかる状況下で、日本はいかに振る舞うべきか。自由・民主といった普遍的価値を擁護すべきことはもちろんで、この意味においてG7と歩調を揃えるのは当然だ。だがその一方で、自らは強靭でなければならない。このためには安定・安価なエネルギー供給は必須である。もちろん、これには化石燃料も重要であり、この安定供給のために輸入先や燃料の多様化も必要であるが、いずれも海上輸送に頼らざるを得ない。原子力を根幹に据えることは必須だ。

中国はいま世界第3位の原子力発電国だが、やがてフランス、米国を抜いて、2030年には世界一の原子力発電量になる勢いだ。大規模な石炭火力発電量にも支えられて、中国は極めて安価な電力供給を実現するだろう。片や日本はこれまでのところ、原発再稼働の遅れに加え再生可能エネルギーの大量導入で発電コストは高騰してきた。電力価格差は産業競争力に直結する。このままでは日本が没落し、中国の経済力に圧倒されて政治的な属国になり、自由や民主主義が失われる怖れがある。

問われる岸田政権の本気度

いま世界的なエネルギー危機を受け、原子力発電が見直されている。フランスは今後、原発14基を新設するとしている。イギリスも2030年までに最大8基を建設するという。東欧諸国も新設に乗り出した。

日本でも岸田首相の発言は、大いなる前進であった。だが本番はこれからだ。いまの原子力を取り巻く政策、制度、規制は抜本的に見直さなければならない。

原子力安全規制は合理化が必要だ。米国の原子力規制委員会(NRC)には「善い規制の原則」というものがある。そこでは規制は安全を確保するだけでなく、電気の利用者の為に適正でなければならない、としている。つまり、電気の安定・安価な供給をもたらすような、合理的な規制であることが求められている。ところが、日本にはこの「善い規制の原則」がない。意図的に削除されたのだ。

そして原子力規制委員会の裁量が強すぎて、独断的で不合理な規制をしているとの批判がある。原子力規制委員会ができた当時の菅直人首相は「原子力発電所を簡単には動かせない仕組みを作った」と言った。まさにその通りになり、原発の多くは停止したままで震災後10年以上が経っても再稼働は遅々として進んでいない。かかる制度は抜本的に見直し、「善い規制」を実現すべきだ。

他にも、地元の同意や、裁判所による運転差し止めなどの課題があり、これら全てを解決し、再稼働そして新増設を進めるには、莫大な政治リソースが要る。これから3年間、国政選挙がなく安定して政権運営ができるという黄金時代は貴重な機会であり、岸田政権の覚悟と手腕が問われる。

原子力のリスクがゼロになることはない。だがいかなる技術もリスクゼロではない。自動車も飛行機も事故を起こすが、リスクがあるから全て止めるということにはならない。合理的水準を満たしていれば、原子力発電についても動かしながら更に安全性を高めてゆけばよい。そして、原発を動かさないことのリスクと、動かすことのメリットにこそ注目すべきだ。厳しさを増す世界情勢の中にあって、安定・安価な電力供給で国家を支えることができるという原子力の便益は巨大だ。

エネルギー問題の根本的解決

原子力発電を推進すると、安定・安価な電気がCO2フリーで得られることになる。電気自動車やオール電化住宅なども、経済的な便益を伴って普及してゆく。ではその先はどうか。

工場での化石燃料利用を減らすためには、電気か水素で置き換えることが必要だ、とよく言われている。だがどちらも今のところはコストが高すぎて、たいていは現実的ではない。しかし、原子力推進で電気が一層安くなれば、電気で置き換えることのできる範囲は増える。また水素も、再生可能エネルギー起源の水素はコストが高すぎるが、原子力で製造した水素ならば採算性は改善する。日本原子力研究開発機構の高温ガス炉「HTTR」は原子力による水素製造で世界最先端を走っている。

そして、その先には核融合がある。実は核融合の要素技術はもうメドが立っている。あとは実験炉を作り、実証炉を作り、実用化するだけだ。これには数兆円規模のお金がかかり、長い開発期間がかかるが、実用化の暁には、既存の原子力に比肩する安定・安価な発電技術になることが期待できる。

燃料は事実上無尽蔵であり、放射性廃棄物は僅かだ。日本は核融合技術開発に投資することで、それを未来の基幹産業の一つとし、温暖化問題のみならず世界のエネルギー問題も一挙に解決できる。