メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.10.19

米中ロの対立制御の限界とモラル教育の役割

寛容、思いやり、至誠:モラルの共有による秩序形成の補完

JBPressに掲載(2022年10月18日付)

国際政治・外交 中国

1.ロシアのウクライナ侵攻における悪循環

108日にクリミア大橋が爆破され、ロシアはその報復としてウクライナ各地にミサイル攻撃を行い、数十人の一般市民が命を落とした。戦争の無残さを象徴する出来事である。

ロシアの専門家によれば、ウクライナ侵攻が思ったような成果を上げられず、ロシア国内ではウラジーミル・プーチン大統領に対する対外強硬派からの突き上げが厳しくなっているとのこと。

そうした国内事情を背景に、プーチン大統領は930日にウクライナ4州(ドネツク州、ルガンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)の併合を宣言した。

その行動がクリミア大橋の爆破を招き、今回の惨事につながった。

そもそも224日のウクライナ侵攻自体がプーチン大統領の判断によって始まり、予想外に長期化したことがウクライナ各地で多くの人命を奪う結果を招いた。

今回の出来事もその延長線上であり、プーチン大統領が下した決定が内政とウクライナ侵攻の悪循環を生んでいる。

2.米中対立の悪循環

深刻化しつつある米中対立においても同様の内政と外交の悪循環が生じている。

ドナルド・トランプ政権は国内政治上の戦略として、前政権の成果を否定することによって米国内の反エスタブリッシュメント層からの支持を取り付けようとした。

米国による対中関与政策は中国経済の自由化と市場化を促し、一定の成果を生んでいたが、トランプ政権はその意義を否定した。

中国を悪魔的存在として位置付け、中国の発展を助けた米国の前政権の政策が間違っていたと主張した。

これが中国の実情を理解していない米国一般庶民と政治家によって信じられ、支持された。米国民が政府のプロパガンダにより扇動され、情緒的な反中に傾いたのである。

これを機にトランプ政権は関税を引き上げ、技術摩擦、投資制限、南シナ海での軍事力拡大批判、香港・新疆ウイグル自治区での人権問題批判、権威主義体制批判など対中強硬策を次々と実行し、米中関係は悪化の一途をたどった。

これらの政策により米国内での反中感情が急速に高まった。

このためジョー・バイデン政権が発足しても、国民の厳しい反中感情を前提に国内政治に配慮した政策運営を実施せざるを得ず、対中強硬路線の基本姿勢は継承された。

バイデン政権下で、投資・技術摩擦、安全保障などの分野における米中対立はますます先鋭化し、ここへきて台湾をめぐる対立が深刻化しつつある。

台湾問題は最悪の場合、米中武力衝突を招くことが懸念されている。

こうした米国側の対中強硬政策のエスカレートに対して、中国側も2010年前後以降に表面化してきた国内のナショナリズムの高揚を背景に、対米強硬姿勢を強めてきた。

「目には目を、歯には歯を」の対応である。国内向けに対外的な弱腰姿勢を見せられないのは米国も中国も同様である。

関税引き上げ、技術摩擦に対しては報復措置を実施したほか、安全保障分野では一段と軍事力を強化、香港では政治活動に対する統制を強めるなど、米国の対中政策に対する対抗姿勢を示し続けてきた。

対米批判を強調する戦狼外交、ロシアに対する外交上の支持、ナンシー・ペロシ下院議長訪台後の台湾周辺における軍事演習強化など、中国側の対応もエスカレートする一方である。

こうした中国の対外強硬路線は米国との対立を一段と激化させたのみならず、トランプ政権時代には良好な関係を保持していた日本と欧州をも離反させる結果を招いた。

以上のような米中対立の経緯を振り返ってみれば、米中両国関係においても、ロシアによるウクライナ侵攻と同様に、米中双方が下した決定が次々と悪循環を引き起こしてきたことが分かる。

3.現在の世界秩序形成の仕組みの限界

以上のようなロシア、米国、中国の行動は、最初の段階、または途中のどこかの段階で悪循環を制御することができれば、ウクライナ侵攻も米中対立もこれほどまで被害やリスクの大きな状況に至ることを防ぐことができたはずである。

しかし、一つひとつの出来事がもたらす被害やリスクを世界中の多くの専門家や有識者が認識していたにもかかわらず、誰も止めることができず、現在に至っている。

このまま事態が悪化すれば第3次世界大戦に突入するとの見方まで広がりつつある。

本来であれば、国連、NATO(北大西洋条約機構)、G7G20などの国際連携組織が関係国に対して世界秩序を不安定化させないように働きかけることが期待されている。

しかし、米中ロ3国はいずれも自国利益を優先し、世界平和、協調的経済発展、相手国の国民の幸福増進等への悪影響は重視していない。

一方的に自国の主張を繰り返し、相手国を批判するだけで、世界秩序安定のために建設的な議論を積み重ねる姿勢は殆ど見られていない。

国連、G7G20など国際的な平和維持のための枠組みがあるにもかかわらず、ウクライナ侵攻と米中対立という世界平和を脅かす2つの大きなリスクを制御できない状況に直面している現在、国際的な仕組みを検討し直すことが必要である。

しかし、国際社会の中ではルールを決めても、それをすべての国に遵守させる仕組みを構築することは現時点では不可能である。

国家主権が大前提であるため、ある国のリーダーが国家間で合意したルールを破っても、国内の犯罪者に対するように逮捕して処罰することはできない。

それでも小国の場合、国際社会による制裁措置は国家運営の致命傷となるため、ルールに従わざるを得ないことが多い。

一方、大国の場合、強大な経済力・軍事力を用いて他国に対して様々な対抗策を講じることができるため、制裁措置の有効性に限界がある。

このためウクライナ侵攻や米中対立を制御できない状況が続いている。

4.モラル教育の共有による世界秩序の安定化

以上から平和維持のための新たな枠組みが必要であることは明らかである。

今後世界各国が直面するグローバル課題の解決への取り組みのためにも世界秩序形成のための新たな枠組みが必要である。

しかし、国際社会の長い歴史の上に構築された現在の世界秩序形成の制度的枠組みに代わる新たな制度を構築するのは現実的ではない。

既存の仕組みを漸進的に改善していくことが現実的な方向であると思われる。

既存の枠組みを漸進的に改善する場合でも、国家間の合意に基づく新たなルール形成が必要となる。

そのルールを練り上げるプロセスにおいて各国の利害対立が表面化するため、漸進的改善といえども国際的合意形成は難しい。

そこで、もう一つの補完的なアプローチを提案したい。

それは教育による国を超えたモラルの共有化である。

これにより国際的な協調・協力を重視する精神基盤を各国内に自発的に形成する。

そのモラル教育を受けて育ってくる各国のリーダーが主体となって国家間の協調連携を促進し、ルールを超えた国際協力、相互支援を実現することにより既存の制度的枠組みの限界を補うことを目指す。

国家間の対立が武力衝突や経済制裁の形で表面化するのは、各国が自国利益を優先し、相手国、あるいは世界の国々の人たちの平和、経済的安定、安心できる生活環境の確保への貢献を軽視しているためであることが多い。

個人の人生を考えれば、常に自分の利益を優先する利己主義的人物は周囲から孤立し、困った時に誰にも助けてもらえず、不幸な人生を歩むことは多くの人が認識している。

他者のために尽くす利他主義の大切さは世の東西を問わず、世界中の共通認識である。

この考え方を国の枠組みを超えて適用し、自国民優先の考え方を修正し、他国の人々を意識した利他主義の理念を各国が共有する世界の実現を目指すことが望ましい。

ただし、国内では人と人との間に思想、宗教、イデオロギー、政治制度、経済的利害、生活の安定確保等に関する共通認識を形成しやすいが、国家間ではそうした点に関する立場が異なるケースが多い。

異なる立場の人たちの間で利他主義を実践するために必要な条件は、各国の考え方の違いを受け入れて相手を尊重する寛容、他者への思いやり、至誠(誠心誠意)の共有である。その土台となるのは仁、慈悲心、愛(friendship, love, agape)などである。

これらの利他主義を支える基本的な考え方については、国家、宗教の違いを超えて共有できることが多いはずである。

国や宗教の立場の違いを超えた利他主義とそれを支えるモラルを重視する教育を世界中の初等・中等・高等教育機関において実施することを目指すべきである。

この提案に賛同する人々が国を超えて連携し、各人が自国において自主的に行動し、自国の学校においてモラル教育が実施されるよう長期的に粘り強く努力を継続する。

そうしたモラル教育を受けた人々が世界中の国で国家を超えて共感し合えるようになれば、自国優先、他国民軽視の発想が少しずつ改善され、国際的な協調・協力を重視するリーダーが各国で増えていくはずである。

そうしたリーダーが国を超えて連携し、米中ロのような大国の政権に対しても世界秩序の安定を重視して行動するよう繰り返し強く要望し続けることにより、既存の世界秩序形成の枠組みの機能不全を補完することが可能となる。

特にインターネット等の新たなコミュニケーション手段を通じてグローバルな連携を身近に感じ合っている若者世代では、国を超えてモラルを共有することの重要性を国内生活と同じように実感できるはずである。

ウクライナ侵攻や米中対立の問題が深刻化し、第3次世界大戦の不安が浮かび上がりつつある現在、国を超えたモラル教育の共有促進により補完的な世界秩序形成機能を生み出すチャレンジは世界の平和維持にとって大きな意味を持つ。