監訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 訳:木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニアによる記事「What the media won’t tell you about hurricanes
Let’s take a look at what the IPCC and official data really say」を許可を得て邦訳したものです。
1996年1月、私はアメリカ大気研究センター(NCAR)のポスドクとして、ハリケーンと洪水に関する研究を行っていた。その月のある日、私の素敵な上司であったミッキー・グランツ氏が、『ニューズウィーク』誌を持ってオフィスに入ってきた。その表紙を飾るのは「ホットゾーン(熱い地帯)――暴風雪、洪水、ハリケーン:地球温暖化の仕業」の文字だ(下図)。ミッキーは私にその雑誌を放って言った「これ、面白いから読んでみたら」。それ以来26年間、気候やハリケーン、そしてその被害について研究してきた。2022年の公式な大西洋ハリケーン・シーズンの初日である今日、この短い投稿で、メディアやとりわけ気候変動問題をなんとかしようとする人たちが組織的に無視しているように見受けられる、ハリケーンに関する科学的コンセンサスの5つのポイントを紹介したいと思う。
IPCCは正に次のように述べている。
大西洋のハリケーン活動の過去の変化に対して、人類および自然への影響の相対的な大きさ、特に観測されたハリケーンの増加については、主だった要因は何であるかについて依然としてコンセンサスが得られておらず(Ting et al., 2015)、大西洋の熱帯低気圧(TC)活動の過去の変化が自然変動の範囲外かどうかは依然として不明である。
(訳注:熱帯低気圧とはハリケーンや台風などの総称)
大西洋のハリケーン活動に明確な因果関係が認められない理由のひとつに、大きな年々の変動と10年ごとの変動がある。下の図は我々の最近の論文から引用したもので、エルニーニョ-南方振動(ENSO)の状態によって、米国本土へのハリケーン上陸や被害が大きく変動することを示している。ラニーニャの時期はエルニーニョの時期の2倍以上の上陸数(中央値)と16倍の被害(中央値)を示しており、この傾向は米国の全域に当てはまる。現在、ラニーニャの時期なので、要注意である!
以下は、最近の我々の論文を元にして2021年までのデータでアップデートした、米国本土のハリケーン上陸に関する公式データである。近年、大型ハリケーンが多いと思っているのなら、それは正しい。ここ数年にハリケーン活動が増加したように感じられる理由の一つは、2006~2017 年の11年間、大型ハリケーンが米国本土に上陸しなかったという、前代未聞の驚異的な期間があったことだ。ここ数年は、20世紀に見られた典型的なパターンに似て、ハリケーンが上陸するようになった。それゆえ、過去20年の間については、気候変動に関心のある人たちは「昔はハリケーンがなかったのに、今はある」と簡単に考えてしまいがちである。これは、気候の変化を自分の経験で理解しようとすることが、データや気候学の代わりには決してならないことを説明する、良い例だと言える。
上の2つのグラフのデータは、IPCCやアメリカの政府による国家評価報告書(National Assessment Reports)では一度も紹介されていないし、気候変動に関する主要メディアの報道でも見た記憶がない(そうでなかったらぜひ訂正願いたい)。このような基本的な情報であれば、広く関心を呼ぶのではないかと思われる。
1980年以降について、12ヶ月間合計のハリケーンと メジャーハリケーンの世界的な発生状況の傾向(より正確には減少)を、@RyanMaue 提供の下の図で見ることができる。あまり知られていないことだが、最近12ヶ月間、地球上の主要なハリケーンの数は42年ぶりの低水準に近い(なお、「ハリケーン」は大西洋と東太平洋における「熱帯低気圧」のことであり、両者は同じ現象である)。
人類が引き起こした気候変動はもちろん現実にあり、適応策と緩和策をしっかりと実行することが必要である。そしてもちろん、人類による影響が熱帯低気圧に及んでいること、また今後及んでいくであろうことが検出・帰属されることも大いにありうることである。しかし、世界気象機関が最近行ったように、熱帯低気圧の専門家の見解を聞けば、現時点では、非常に幅広い見解があることがわかるだろう。残念なことに、重要なテーマであるからといって、確実に分かるようになったとは言えない。
例えば、温室効果ガスの影響によって、最も激しい熱帯低気圧が今後世界中で増加するかどうかという問題に関して、専門家の見解は幅広く、その中には確信度が低いものから高いものまであり、その間にあるものも多くある。また、モデルの結果を眺め渡すと、さまざまなシナリオのもとで、熱帯低気圧の頻度や強度がむしろ低下することも、もっともなことだとも言える。もちろん、多様な理解があってもよいのである。多くの分野で、科学はこうして機能しているのだ。もし、テーマが単純であれば、科学はあまり必要ないであろう。
気候変動の最も顕著な現れとして、ハリケーンがしばしば前面に押し出されるが、現在の複雑な状況を正確に理解することは難しいかもしれない。ハリケーンについて自分が信じたいことを確認するための専門家や研究を見つけることはできるだろうか?それはもちろん可能だ。このテーマは都合のよいものを選びたい人々(チェリーピッカー:サクランボ摘みの意味)たちにとってはうってつけのテーマなのだ。そしてわたしたちは、ハリケーンの季節の真っ最中には、評論家や運動家がサクランボをほおばる姿を目にするのである。
非常に高い確信をもって言えることは、熱帯低気圧による被害が(米国および世界的に)過去100年の間に劇的に増加していることである。また、その主な原因は、私たちがサイクロンの進路に蓄えた富の量が増え続けていることにあることは、極めて確かである。下の図は、2021年の経済開発水準を仮定した上で、過去の米国のハリケーンが起きたとした場合の被害推定値を示したものである(最近の別の論文からデータを更新したもの)。
このデータでは、被害額に増加傾向は見られない。これは、ハリケーンやメジャーハリケーンの上陸数に増加傾向が見られないことを考えると、まさに予想されることである。ハリケーンの過去と未来については、不明な点、不確かな点、論争になっている点が多々ある。しかしこのように、よくわかっていながら、ほとんど議論されていないことがたくさんあるのだ。
下の表は、過去のハリケーンが仮に2022年に上陸した場合の被害予測を示したもので、こちらの論文から更新したものである。
過去10年間に発生したいくつかの暴風雨が損害額の上位25位に入っている一方で、今日発生したらもっと大きな損害をもたらすであろう、遠い過去の暴風雨がたくさんあることをわかっていただけるであろう。つまり、あなたや私の体験からだけでは、ハリケーン災害の現実を捉えることはできないのである。私たちは、たとえ気候変動が起こっていなくても、歴史的な感覚で、より大きなハリケーン災害が起こりうることを理解することができるのである。
気候がどう変化しようとも、暴風雨のたびに、将来避けられない上陸に備えるための教訓と機会がもたらされる。実際、米国や世界の熱帯低気圧に対する政策対応は、前世紀の科学、技術、政策における知られざる偉大なサクセス・ストーリーの1つである。このような成功は自動的に起こるものではないので、私たちは常に警戒を怠らないようにしなければならない。
近年のハリケーンの上陸や被害は、過去1世紀に見られた典型的なものと同じあることを理解してもらうことが重要である。科学者が過去の記録からどのような気候変動のシグナルを見つけ出すかに関わらず、ハリケーンが社会に与える影響を圧倒的に左右するのは、以下のようなことだ。それは、私たちが、どこに、どのように何を建てるか、中に何を置くか、そして警告、避難、復旧などをどう行うか、といったことだ。私たちが下す(あるいは下さなかった)決断が、将来のハリケーン災害を決定することになるのだ。我々は自力で何とかできるのだから、これは実に良い知らせだ。
というわけで気候変動がハリケーンに与える過去と未来の影響について、ぜひ議論して欲しい。どうしてもしたければ、サクランボを摘んで(都合の良い情報を選んで)もよい。しかし、私たちが日々下す決断が、将来経験するハリケーンの被害の大きさを決めるという事実を、決して見失ってはならない。
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