コラム  外交・安全保障  2022.10.12

ロシアの「部分動員」で戦況は変わるのか?

ロシア

921日、プーチン大統領が発動した「部分動員令」について、専門家の見方は割れている。NATO諸国では「短期攻勢には繋がらない」「ロシア国内の分裂は深まる」など厳しい分析が少なくない。一方ロシア国内では、軍事的劣勢は「無能な露軍首脳の責任だ」として、今後の「軍の立て直し」に期待する声も聞かれるが、果たして実態はどうなのだろうか。

今回のウクライナ戦争については、本年224日の侵攻開始以前から米露を中心に熾烈な「情報戦」が始まっていた。様々な情報が交錯する中、インターネット上には「正確な情報」が流れる一方、「フェイクニュース」や「宣伝情報」も少なくないといわれる。本稿では、最近ロシア語メディア等が報じたロシア国内の様々な側面をご紹介する。

不透明な動員の対象と規模

ロシアの独立系メディアやロシアの各地方の地元ニュースサイト等の情報によると、今回の「部分動員」はロシアの各地に大きな衝撃と動揺をもたらしたようだ。実は、これまでプーチン大統領は動員の可能性を度々否定してきた。例えば、今年38日の国際婦人デーにおける女性たちに向けたメッセージや、その数日前に行われたアエロフロート航空の客室搭乗員らとの会見のなかで、プーチンはウクライナでの「特別軍事作戦」に参加しているのは職業軍人であり、予備役らが戦地に赴くことはないと明言している。916日にも、外遊先のウズベキスタンで行われた記者会見で、ウクライナで戦っているのは契約に基づく軍人のみである点を強調した。

そのわずか数日後、プーチン大統領は部分的とはいえ動員による兵力増強に踏み切った。ロシアの多くの政治アナリストらは、9月初旬のハルキウでのウクライナ軍の猛攻を受け、ロシア国内の強硬派からの圧力が一気に高まったことが、今回プーチンが動員の決断をせざるを得なかった背景にあると見ている。一方で、動員された兵士らは、まともな装備も与えられず、適切な訓練もないまま、既にその一部がウクライナの前線に送られているとの情報もソーシャル・メディアに上がり始めている。真偽は不明だが、今回動員されたばかりのロシア兵のなかから、早くもウクライナへ投降する者や戦死者が出ているという。

そもそも、今回の部分動員には不透明な点も多く、それが国民の動揺や動員を直接実行する各地方の混乱に拍車をかけている。プーチン大統領が921日、国民に向けた演説のなかで部分動員を表明した直後、ショイグ国防相が国営テレビに出演し、動員の規模について「予備役の中から30万人」と説明したが、動員の対象について詳細には触れなかった。

また、動員される兵士の総数についても、プーチンが発令した10項からなる動員令のなかで、肝心の総数が記された第7項は非公開とされ、不明確なままである。なお、ロシアの独立系メディアのノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパは、大統領府関係筋の話として、この第7項には、30万人ではなく100万人動員できると記されていると伝えた。同じく独立系メディアのメドゥーザも、120万人が動員される可能性を伝えている。

動員による地方の混乱

今回の動員のインパクトをロシアの地方の視点で振り返ってみたい。ロシアの複数のメディアによると、国家を構成する共和国や州といった各地方(ロシアでは「連邦構成主体」と呼ぶ)の首長らは、自身が管轄する連邦構成主体における動員数を「ノルマ」として課せられたとされる。その割り当て数については、当初、各連邦構成主体の単純な人口比に基づくとの情報が流れたが、それとは異なるような実態が明らかになってきている。そのため、それぞれの連邦構成主体において、不当に大きな負担を強いられているのとの不満が、ロシアの地方を中心に広まりつつある。

例えば、ロシア極東に位置するブリヤート共和国の場合、同共和国の動員割り当て数は公にはされていないが、今回の動員がかなり大規模かつ強引な形で行われたことが、数々の地元住民らの証言で明らかとなっている。同共和国の地元ニュースサイトや人権団体によると、地区の当局者らが深夜に一軒一軒各家庭を周って召集令状を手交。しかも、人権団体に寄せられた証言によると、拒否したり考える時間を与えないためか、翌朝4時までに入隊事務所に集合するよう命じられたり、その場で30分以内に支度をするよう迫られたケースも数多くあったようだ。

ブリヤート共和国は、バイカル湖の南岸を囲むロシアの連邦構成主体のひとつで、人口はおよそ98万人。モンゴル系民族のブリヤート人が4分の1を占め、その多くが仏教徒である。のどかな風景が広がるブリヤートだが、部分動員令が発動された21日の夜、当局の「一斉検挙」が行われたかのような異様さに包まれたという。「対象者らをベッドから起こし、車に乗せ、即座に入隊事務所に連行せよ、という口頭の指令を受けていた」――ブリヤートのある地区の当局者自身も、地元メディアにこう打ち明けている。

地元の人権団体によると、本来動員の対象外であるはずの軍務経験のない男性をはじめ、18歳の学生から72歳の高齢者、障碍者、はては2年前に亡くなった死者の名前で召集令状が届けられた。この人権団体の推計によると、最初の3日間だけで7,000人のブリヤート人に招集令状が配られたとされる。

こうした状況を受け、ソーシャル・メディアには、「ブリヤートで行われたのは、“部分動員”ではなく“総動員”だ」との住民らの抗議の声が数多く上がった。さらに、ロシア人の村ではなく、ブリヤート人の村ばかりが狙われているとの疑念の声も噴出した。ブリヤート人の若者を戦地に送ることで、民族の血を根絶やしにしてしまおうとしているのではないか――。ソーシャル・メディア上では今、ロシア政府によるブリヤート民族への「ジェノサイド」という議論まで飛び出している。

地方からの動員を推奨

メドゥーザが政府関係筋の話として伝えたところによると、政府当局は各連邦構成主体に今回の動員を実行させるにあたり、「可能な限り都市部からではなく、農村部から動員するよう推奨」したとされる。都市部と異なり、農村部にはメディアや反体制派の目が行き届かないというのがその理由だ。

農村部は、都市部よりもウクライナ侵攻への支持者が多いとも言われ、そのあたりにも当局の思惑がありそうだ。例えば、ロシアの独立系調査機関レバダセンターで長年所長を務めてきたグトコフ氏が、今年3月にユーロニュースのインタビューのなかで語ったところによると、現在行われているウクライナ侵攻のロシアにおける基本的な支持層は、地方に暮らす低学歴者など“社会的周縁”という言葉で一定程度表現され得るという。彼らは日々テレビを主な情報源としており、政府が流すプロパガンダを受け入れやすい。

しかし、「都市部ではなく農村部から動員せよ」という方針は、各連邦構成主体の中での話にとどまらなかったことは、ブリヤートをはじめとする辺境地域で行われた動員が、特に大規模かつ熾烈であった様子からも読み取ることができそうだ。つまり、政府当局による各連邦構成主体への動員数割り当てが行われた際、モスクワやサンクトペテルブルクといった大都市圏ではなく、首都から離れた辺境の地に、より多くの動員数をノルマとして課した可能性が取りざたされているのである。ロシアのメディアのなかにも、この可能性を仄めかすような関係者の証言が出始めている。

実際の連邦構成主体ごとの動員数は公式には明らかにされていないため、この点についてはいまだ不透明な部分が多い。だが、ロシアの複数のメディアによると、人口1,200万人超のモスクワに今回割り当てられた動員数は16,000人、プーチン大統領の出身地であるサンクトペテルブルク(人口約530万人)は、動員割り当てはわずか3,200人との報道もある。人口98万人のブリヤートで、地元人権団体が言うように最初の3日で7,000人以上が動員されたことが事実であれば、その比重の偏りは歴然であろう。これでは、大きな負担を強いられた地方が、中央に対して反発を抱くのは必至である。そこに民族的な要素が入っていた可能性があるとすればなおさらだろう。

こうした地域による偏り、民族による被差別感や不公平感が広がるのは、ブリヤート市民の間にとどまらない。同じくロシア極東に位置し、ヤクート人が住民の半数を占めるサハ共和国においても、この度の部分動員で同共和国に割り当てられたとされる人数(4,750人と伝えられる)は人口に比べ多すぎるとの見方が強い。サハ選出の下院議員をはじめ、多くの地元住民らからも、ソーシャル・メディア上には、他の連邦構成主体と比べ、なぜサハ共和国の割り当てが多いのかと、疑問の声が多数上がっている。

戦地に送られる少数民族

半ば強引な形で動員が行われた前出ブリヤート共和国は、実はこれまでにウクライナ侵攻で戦死した兵士の数の多さでも、ロシアのなかで突出した連邦構成主体のひとつである。ロシアの独立系のメディアゾーナが英BBCと共同で、ロシアの各自治体の発表等を元に調査したデータによると、今年9月25日時点で、身元の判明しているロシア兵のウクライナでの戦死者の数は6,756人。このうち、最も戦死者の数が多かったのが、ムスリム系少数民族が多く暮らすダゲスタン共和国の出身者で306人、その次に多かったのがブリヤート共和国の276人となっている。なお、行方不明者などはこの数には含まれておらず、実際の死者数はこの数倍に上るとみられる。ちなみに、モスクワ出身の戦死者は、この調査では24人となっている。

ウクライナでの戦地に少数民族が多く駆り出されているのではないかとの声は、ロシア極東に暮らす朝鮮系の市民の間からも上がっている模様だ。中央日報の日本語版は516日、朝鮮系ロシア人将校の戦死の報を伝えるなかで、ウクライナに投入されているのは朝鮮系を含む少数民族が主力であり、朝鮮系のなかにも多くの戦死者を出していると推定されると伝えた。

こうした背景があるなかで、これら少数民族が多く暮らす地域において今回の動員に対する住民らの反発は、地方当局の想定を凌ぐ勢いとなった。ブリヤート共和国から多くの男性らが徴兵を逃れるため、モンゴルとの国境へと向かう様子が連日メディアで伝えられた。通常、政治にあまり口を出さないとされるダゲスタン共和国のムスリムの女性たちが、動員反対の声を挙げて警察ともみ合い、100人以上が拘束されるという異例の事態も起こった。

一方で、各地区の徴兵担当者らが功を焦り、ずさんな動員を行ったことが、各地の混乱に拍車をかけたという側面も指摘しておきたい。ダゲスタン共和国では、ある地区の動員担当者が、車両を走行させながら地区の全ての男性に速やかに入隊事務所に出頭するようスピーカーで命じて回っていたことが明らかとなり、責任問題となっている。極東ハバロフスク地方でも、今回徴兵された人々のうち半数以上が兵役の基準を満たしていなかったとして、動員担当者が引責辞任に追い込まれた。ブリヤート共和国の首長も、本来動員の対象外であるはずの学生や障碍者などについてはすぐに帰宅させるなど、各地で対応ぶりが一様ではないようだ。

プーチン大統領自身も、動員に対する各地の激しい反発を受け、軌道の修正を迫られているとみられる。924日には、学生を動員から除外することを明記した新たな大統領令に署名、さらに29日には、安全保障会議のなかで「誤りがあったとすれば正さなければならない」と述べ、ロシア各地で実際の動員の過程で誤りがあったことを認め、是正していく方針を打ち出した。

住民の不満を少しでも和らげるため、サハ共和国やサハリン州など一部の連邦構成主体は、国から動員兵に支給される給与等とは別に、動員された兵士の家族に対して独自の一時金を支給する方針を打ち出した。一時金を支払う余裕のない連邦構成主体、例えばトゥバ共和国は、動員される兵士一人につき、生きた羊一匹と石炭などの配給を約束した。

西側からの制裁や欧米企業の撤退は、既にロシアの地方経済にとっても大きな打撃となっているだけに、今回の動員により地方で生まれた不公平感が、今後中央に対する反発の土台となっていく可能性がある。今ロシアの地方政治においては、プーチン大統領が930日に一方的に併合を宣言したウクライナの4つの州の復興資金が、今後地方に押し付けられるのではないかとの警戒感が広がり始めているところだ。地方からのこうした不満や不公平感が高まっていくようなことになれば、中央からの猛烈な遠心力がロシア各地で働いた90年代のように、それが中央を揺るがす可能性も考えられよう。プーチン大統領の指導力が今問われている。今後、ウクライナ戦争とロシア地方政治との関係にも目を向けていく必要がありそうだ。