メディア掲載  エネルギー・環境  2022.10.11

「気候変動リスク」を過大評価し、遥かに巨大なリスクを招いた金融機関の罪

だからプーチンは図に乗った

現代ビジネス(2022年9月25日)に掲載

エネルギー・環境

CO2排出ゼロ」とロシア依存

ここ数年、金融業界では環境問題が流行っていた。キーワードは「気候危機」「脱炭素」「SDGs」「ESG」「ネットゼロ」といったものだ。

2021年末のグラスゴー国連気候会議(COP26)では「ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟」(GFANZ)が結成された。気候変動によって金融機関の資産がリスクにさらされると喧伝されたが、それは怪しげなシミュレーション計算による、根拠の乏しいものだった。

英国の中央銀行であるイングランド銀行は、英大手金融機関の気候変動リスクを測るストレステスト(健全性審査)を実施している。最悪の場合、2050年までの累計で3340億ポンド(約53兆円)の気候変動関連の損失が生じるとの推計が示された。

また世界の主要な金融機関は、こぞって、投融資のポートフォリオにおいて2050年までにCO2排出をゼロにすると宣言した。

先進国の政府は国内の化石燃料事業を痛めつけ、海外の化石燃料事業への支援を止めた。先進国の企業は世界中の化石燃料事業から撤退した。日本もバングラデシュとベトナムの石炭火力発電案件の支援を政府が取りやめた。

その結果、どうなったか。OPECとロシア等の連合であるOPECプラスの石油・ガス世界市場支配力の増大だった。

他方、脱炭素に邁進した欧州では、足下に埋まっている石炭やガスを開発することなく、またドイツなどは脱原発まで同時に進めたため、エネルギー不足になり、ロシアからのガス輸入に深く依存するようになった(下図参照)。

2020年には、ドイツの天然ガスのロシア依存度は49%に達した。2012年よりも大幅に上がっている。この間、じつは2014年にロシアによるクリミア併合があったのだが、それにはお構いなしにロシア依存を高めてきたのが実態だ。

これを見たプーチンは、欧州の経済制裁などたかが知れていると読んで、ウクライナに侵攻した。欧州が自ら作り出した脆弱性を、プーチンは突いたのだ。

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エネルギー価格の暴騰

欧州はプーチンに経済制裁を科して、化石燃料輸入を数年かけて段階的に止めるとした。だが結果はあべこべで、逆にプーチンにガスの元栓を閉められてしまった。ロシアは「欧米の経済制裁によって技術的な問題が生じ、欧州へのガス供給が出来なくなった」としているが、欧米の誰もが、これは意図的な供給停止だと見ている。

これから冬を乗り切るために、欧州はガスの調達に必死である。アメリカから液化天然ガスを大量に輸入し、中国からも買い付けている(じつはこれはロシア産のものが産地ロンダリングされているという)。ガス貯蔵タンクをいっぱいにしておくためだ。

この結果、暖冬ならばなんとか持ちそうな量が確保できたとされる。だが厳しい冬になれば、供給制限がおきかねない状況だ。

欧州では、家庭の暖房はガスを使うのが普通である。加えて、工場でもガスの使用が基本である。日本では工場では石油を使うことが多いが、欧州ではガスなのだ。だから、ガス不足は家庭だけでなく、産業も直撃する。

欧州は発電の主力もガス火力なので、いま欧州では、ガス価格だけでなく、電力価格も上がり、あらゆるエネルギー価格が暴騰している。

イギリスの家庭ではこのままでは光熱費が倍増して年間60万円になるとされる。エネルギー多消費である非鉄金属産業や肥料産業は操業を控え、生産量が大幅に低下している。温室における野菜栽培なども採算が合わず停止している。

エネルギー価格暴騰の影響を受けて、インフレ率も高くなった。欧州全域でインフレは年率10%近くなっている。すでに年率10%を超えたイギリスでは、来年はじめには年率20%近くになるのではないかとの見通しもある。

ありもしない「気候危機」を煽った結果

欧州各国政府は数十兆円レベルの公的資金を投入し、光熱費対策をする構えだ。家庭や工場が購入する燃料価格に上限を設定して、本来の市場価格との差額を補填するなどの措置である。

だがこれはまた新たなリスクを生む。

巨額の公的資金投入によって債務が膨らみ、イタリアなどの財政の脆弱な国では信用不安が起きるかもしれない。スリランカの経済崩壊とデフォルトは記憶に新しいが、同様なことが欧州でも起きかねない。

あるいは、エネルギーの不足と価格高騰の上昇の影響を抑えきれず、深刻な景気後退がはじまるかもしれない。

あるいはインフレ対策のためとして金利を引き上げれば、これまで数年間コロナ対策などで金融緩和を続けてきた経済がハードランディングを起こして、株価が暴落し、資金繰りが悪化した企業の倒産が相次ぐかもしれない。

世界の金融機関がほとんどありもしない「気候危機」を世界の金融システムにおける最大のリスクだと思いこんだ結果、何が起きたか?

先進国のエネルギー供給は脆弱になりロシア依存になった。これにプーチンが乗じて、ウクライナでの戦争を招いてしまった。帰結として、エネルギー危機、ハイパーインフレ、世界経済のハードランディングといった、巨大なリスクが発生した。

新冷戦はいつまで続くだろうか。あるいはウクライナでの戦争がエスカレートして、核戦争あるいは第三次世界大戦といった、更に恐ろしいリスクになるかもしれない。

金融機関は、こういった巨大なリスクについてこそ、2021年までに対応すべきだったのではないか? だが金融機関は、相変わらずいまでも気候変動リスクを語り、投融資先に化石燃料事業を止めるよう圧力をかけ続けている。

これではますます、先進国のエネルギー供給、ひいては経済を痛めつけることになる。さらにはエネルギー大国であるロシアに力をあたえる。のみならず、先進国の自滅によって、中国が世界の覇権を握るかもしれない。

金融機関は、金融システムにとって、そして先進国経済にとっての本当のリスクは何か、よく考え直すべきではないか。