メディア掲載 グローバルエコノミー 2022.10.03
Le Mondeに掲載(2022年9月16日)
この記事はアジア経済に関する月1回のコラムシリーズの1本として、2022年9月16日付けの仏ル・モンド紙に当初掲載されたものである。原文は以下のURLからアクセスできる:(翻訳:村松恭平) https://www.lemonde.fr/idees/article/2022/09/16/la-feuille-de-paye-n-est-pas-l-ennemie-de-l-innovation_6141944_3232.html
二人の経済学者により、中国における賃金上昇が当国の産業の高級化に貢献したことが示された。
中国では20年以上前から賃金が大幅に上昇している。都市労働者の平均名目賃金は1998年から2020年にかけて13倍も増加した。今日、この名目賃金は平均して経済協力開発機構(OECD)以外の大部分の国々よりも高く、このことが2000年代までは低い労働力コストに依存していた中国の成長の現在および未来の原動力についての問いを提起している。
だが、この賃金上昇はイノベーションを促進したようであり、それはイノベーションが今日において中国の成長の原動力の一つであることを示唆する(Wage increase and innovation in manufacturing industries: Evidence from China, Junwei Shi and Hongyan Liu, Journal of the Asia Pacific Economy, September 2021)。賃金上昇のイノベーションへの影響については、対立するいくつかの理論が存在している。
簡潔に言うと、賃金上昇は企業の収益性および新技術への投資能力を縮小させることでイノベーションの妨げになり得るが、賃金上昇の結果としてイノベーションが生まれることもあり得る。その際に辿る経路は少なくとも二つある——一方では、企業はコストが高くなり過ぎた労働力を置き換えるために技術を導入することがある。他方では、企業は雇用維持を試みながら、新技術を用いて生産性を向上させようとすることがある。
二人の経済学者、Junwei ShiとHongyan Liuは37の製造部門を2002年から2019年まで分析し、賃金上昇とイノベーション(産業部門レベルで登録された年毎の特許数によって評価された)の間に平均して正の相関関係があることを証明した。但し、こうした影響は時期や産業部門によって大きく異なっている。
計測された影響が著しく、且つ正の相関になったのは、労働契約に関する新たな法の施行(2008年)以降でしかない。1990年代の労働市場の規制緩和時代を経て、この法のおかげで賃金率が一律になった。さらに、最も大きな影響は資源集約型産業(採掘・エネルギー)に、それよりは小さな程度であるが労働集約型産業(繊維)や技術集約型産業(化学・電子工学)で計測された。反対に、資本蓄積をベースとした産業(鉄鋼)においては大きな影響は見られなかった。
最後に、その主な基本的メカニズムは技術のおかげによる労働生産性の向上であり、技術による労働力の代替ではないことがこの研究によって示された。これらの結果は、中国がもはや労働力コストが低い国ではないこと、賃金上昇がこの国の技術進歩を基礎とした発展モデルの転換——「メイド・イン・チャイナ」から「デザインド・イン・チャイナ」へ——をもたらしたことを示唆している。
とりわけ、中国のようなまだ発展しつつある国に当てはまることは、OECDの国々にも当てはまる。すなわち、賃上げはイノベーションの妨げにはならず、特に人的資本への真の投資がなされる時にはまったく逆だということだ。多くの国と企業における技術への投資は、競争が激しい財市場と価格圧力という状況下で、賃金労働者を犠牲にしてなされた。
この調査は、賃金労働者自身がイノベーションプロセスの中心にいることを証明している。そして、このイノベーションプロセスは「技術」に限ったものではない。中国でもヨーロッパでも、企業が長期に亘ってイノベーションに成功するのは、労働者たちを養成し、意欲を高めることによってだ。