メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.09.29

ペロシ下院議長訪台後の米中関係は「政冷経温」

米国議会は対中強硬姿勢一辺倒、米国企業は中国重視

JBPressに掲載(2022年9月20日付)

中国

1.米議会はペロシ訪台を高く評価

米国政治は民主党対共和党の対立が先鋭化している。

ジョー・バイデン政権はその発足時に党派分裂の修復による米国の統合を最重要目標に掲げたが、政権発足後18か月を過ぎても何ら成果を示すことができないままである。

そうした深刻な党派対立が続いているにもかかわらず、対中強硬姿勢の支持については党派を超えて一致している。

8月初旬のナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問に際して、バイデン大統領はこれを止めようとしたが、結局ペロシ下院議長に押し切られた。

その後、超党派の議員団が台湾訪問を繰り返している。

これは米国が1972年以来、対中外交の前提としてきた「一つの中国」を尊重する姿勢の変更を意味すると受け止められている。

「一つの中国」とは台湾の独立を認めず中国だけが正式な国家を代表するという中国の主張である。

米国で従来主流派だった中国専門家や国際政治学者はこうした議会の動きに批判的である。

これに対して議会関係者はペロシ下院議長をはじめとする対中強硬姿勢の実践を高く評価している。

バイデン政権は「一つの中国」を尊重する発言を繰り返している。ペロシ下院議長でさえこの方針に従って発言している。

しかし、ドナルド・トランプ政権とバイデン政権の両政権下において、政府高官の訪台、バイデン大統領就任式への台湾政府機関の駐米代表の招待、台湾への武器輸出拡大など米国政府が実際の行動で示している姿勢は、事実上「一つの中国」を否定するものであることは米国の中国専門家も認めている。

その結果、すでに中国は米国政府が「一つの中国」を尊重するとの発言を繰り返しても信じなくなっており、台湾をめぐる両国間の信頼関係は崩れている。

現在議会で審議中の「台湾政策法案」では、台湾政府を台湾の人々の合法的な代表として認めることを米国政府に対して要求しており、「一つの中国」を根本的に否定する内容を含んでいる。

これが成立し施行されれば、米中間の不信感はさらに強まり、中国が台湾武力統一に向かうリスクが一段と高まると強く懸念されている。

2.米国の「戦略的曖昧さ」をめぐる議論

米国は従来、台湾防衛に関して「戦略的曖昧さ」を基本としてきた。

すなわち、中国が台湾に対して武力介入する場合、米国が台湾防衛のために武力介入するかどうかを曖昧のままにする戦略である。

その意図は、米国がどう動くかわからない状況を維持することで、中国には台湾への武力介入を思いとどまらせ、台湾には中国からの独立を思いとどまらせるという「二重の抑止」効果を狙ったものである。

しかし、これについても最近は「戦略的曖昧さ」を放棄する方向に論調が変化し、台湾が中国によって攻撃された場合、米国が軍事介入する姿勢を明確にすべきであるとの意見が強まっている。

そうした米国内の論調の変化を前提に、米国の外交・安保問題の専門家に対して、台湾防衛のための米国の武力介入の可能性について尋ねると、以下のような回答を得た。

①中国が台湾の武力統一に動けば、直ちに議会が支持して米軍が武力介入するとの見方が一般的である。

ただし、米軍が中国から攻撃を受ければ直ちに反撃する形で、議会の承認なく武力介入に踏み切る可能性もある。

②中国は核を保有する大国であるため、武力介入を即断することが難しい可能性も否定できない。

この点については、過去のベトナム、アフガニスタン、イラクなどとの戦争を始めた状況とは異なる。

③米国は台湾防衛のための武力介入においては日本の自衛隊の参戦を前提としているが、参戦といっても様々な方式や中身の幅がある。

台湾有事対応に関する日本の世論が二分して、自衛隊がどの範囲まで米軍に協力すべきか国会が即断できない場合、米国の武力介入に関する判断はさらに難しくなる。

④中国軍が先に日本国内の米軍基地をミサイルで攻撃する場合には、自衛権を行使するために自衛隊は即時参戦すると想定している。

3.米中相互不信の深刻化

もともと米国が「戦略的曖昧さ」を保持する姿勢を続けてきた背景には米中双方にとって台湾の現状を維持することが望ましいという認識の一致があった。

しかし、中国の軍事力・経済力の急速な拡大とともに中国の脅威が増し、米国が軍事介入の姿勢を強く示さない限り、台湾の現状維持が難しいと考えるようになった。

これにより米国の台湾への武力介入に関する従来の姿勢が変化した。

これを見た中国は、米国が「一つの中国」を事実上放棄して台湾の独立を認めることを前提に軍事介入する姿勢に転じたと受け止めた。

米国内でも、2024年の大統領選挙で出馬が予想されている共和党の候補者の大部分は対中強硬派であるため、共和党が大統領選に勝利すれば、台湾を正式な独立国として承認する方向に動く可能性が指摘されている。

こうした米国の姿勢の変化を見て、中国は米国が「一つの中国」を尊重するとは信じなくなっている。

この点について中国は、日本も米国と同様の立場にあると理解しているはずであると米国の中国専門家は考えている。

以上のように、ペロシ下院議長の台湾訪問の後、米中関係は政治面において相互不信が強まっており、両国関係は一段と悪化してきている。

4.対中デカップリング促進政策は効果限定

このように中間選挙を前にして台湾問題を巡り米中関係がますます悪化する状況下、7月下旬に議会で可決された半導体補助金法や現在審議中の対中競争法案は米中間のデカップリングを促進することを目指している。

しかし、両方とも有効性は高くないと見られている。

そもそも米国の一流企業は中国国内市場で巨額の利益を得ているため、それを失ってまで政策に協力することは難しい。

半導体補助金法(CHIPS Plus法)は予算規模2800億ドルのうち、大部分は政府関係機関の研究開発補助で、527億ドルが工場設備建設資金援助など半導体関連企業向けの補助金である。

ただし、支出期間は5年以上と規定されている。

半導体産業に詳しい専門家によれば、前工程を含む半導体一貫生産工場を建設すれば、大型工場1つでこの程度の資金が必要となるほか、米国の工場建設費や人件費は台湾に比べて大幅に高いと言われている。

このため、この程度の予算規模で米国に半導体産業発展の基盤が整うとは考えられず、政策効果は乏しいと評価されている。

これだけでは米国の半導体産業が中国に対抗できるようになる可能性は低く、デカップリング促進効果は小さい。

一方、米国内では中国人留学生を米国の科学技術分野から排除することを主張する意見が根強い。

ハーバード、MIT(マサチューセッツ工科大学)、カリフォルニア大学などの教授によれば、優秀で革新的な技術を生み出す中国人研究者は自由に研究活動を続けられる米国に在住することを望み、中国には帰国しないことが多い。

中国では自由な研究環境を得ることが極めて難しいからである。

中国が得意なのは、そうした最先端技術の開発ではなく、それらの技術を米国から導入し、それを応用した製造業の発展を促進することである。

このため米中は相互依存関係にあるのが実情である。

ところが米国の議会関係者はそうした経済活動の実態を十分理解していない。

むしろ地元の雇用創出につながるかどうかに注目しており、米国の産業競争力強化を重視する視点を持つ人は少ない。

中国人研究者を排除すれば米国の半導体産業はさらに競争力が低下する。

これは上記の半導体補助金法の目指す方向と逆行しているが、議会関係者はこの点を気にしないと言われている。

このように米国議会は対中デカップリング促進のために次々と新たな法律を成立させているが、米中両国経済の相互依存関係はすでに切っても切れない段階に達しているため、いずれも有効性は乏しい。

政治の圧力で経済交流を止めようとしても「政冷経温」の構造は動きそうもない。

5.米中関係改善のための建設的努力の提案

この間、中国政府は、外資企業の市場参入規制や自国企業への補助金供与によって自由競争を阻害してきたため、西側政府から信頼されていない。

こうした不信感を払拭するには、中国が米国とともにTPP(環太平洋経済協力)に加入し、政府の産業に対する不適切な関与を厳格に制限する監視下に置かれることが有効な対策となる。

日本政府としては世界経済における市場メカニズムと自由競争を健全に促進する方向に沿う形で対中政策を考え、米国政府に対してもTPPへの復帰を働きかけるべきである。

米国内でも、大多数の経済専門家は米国がTPPに復帰すべきであると考えている。

米国政府が目指しているデカップリング政策はその逆であり、日米両国にとっても、世界経済にとっても悪影響をもたらす。

本来であれば、米中両国が二国間で建設的な対話を重ね、関係改善を図るべきである。

しかし、台湾問題を巡る相互不信からも明らかなように、すでに米中両国が二国間で話し合える段階は過ぎ去ってしまったように見える。

このまま放置すれば米中武力衝突が生じる可能性が高まることを懸念する見方は多い。

そこで、日本と独仏の3国、あるいはそこに英国も加わって、日本がアジア諸国に対して、独仏英が欧州諸国に対して協力を呼びかけ、アジアと欧州全体で米中両国に対して対立鎮静化のための具体策を考えるよう繰り返し働きかけることが必要である。

中国としては、まずゼロコロナ政策の段階的緩和と戦狼外交の抑制により融和姿勢を示すことが建設的な米中対話の前提になると考えられる。

そのためには、もう一度鄧小平氏が主唱した「韜光養晦」(十分強くなるまでは実力を隠して表に出さないようにする)の精神に立ち返り、国内のナショナリズムを抑え、中国が世界で孤立しないようにする努力を継続することが必要である。

中国の第20回党大会(1016日)、米国の中間選挙(118日)という2大政治イベントの後、そうした方向に向けてアジアと欧州、そして米中が動き出すことを期待したい。