コラム  国際交流  2022.09.29

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第162号 (2022年10月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際政治・外交

ウクライナでの惨劇に終結は未だ望めず、国連で岸田首相が語った如く、世界は分水嶺に立っている。

常任理事国ロシアが国連を機能不全に陥らせている。皮肉な事に“常任理事”という役割を提案したのは米国だ。小誌6月号で触れた1943年のテヘラン会談で、RooseveltがStalinに提案したのだ—大統領はイタリアによる1935年のエチオピア侵攻を防げなかった国際連盟の機能不全を伝えた。指導的組織を欠く国際連盟の欠陥を教訓にして、第二次大戦後は、米ソ英中の4大国が主導権を握って、迅速かつ未然に紛争拡大を防ぐ事を提案したのだ。だが、更なる皮肉な事に、1945年2月6日、ヤルタでのRoosevelt-Stalin会談で、Stalin自身が“最も危険な事”として大国間の不和をRooseveltに警告した。まさしく「Stalin元帥閣下、あなたの指摘は正しかった」である。

ロシアの心優しき友人達はどうしているだろうか。ロシアの文学や音楽をグラス片手に、再び語り合う機会があるかどうか。筆者の心は深く沈んでいる。そしてプーチン大統領の発言に驚いている—先月初旬の東方経済フォーラム(ВЭФ/EEF)で、日本に関して、ロシアこそ“真の日出ずる国(настоящая страна восходящего солнца)”と語り、またロシアの子供も大人も知っている寓話(«Лиса и волк»)を引用して、西欧を揶揄した。或る知人がプーチン大統領に関して面白い事を言った—「計測不能、予測不能、対応不能。人工知能(AI)の力を借りても、現在の危機は解決出来ないね」。これに対し筆者は「危機の回避にはやはり“高い志のヒト”が必要だね。ヴァシーリイ・アルヒーポフのような人が現れる事を祈っているよ」と応えた次第だ(アルヒーポフは1962年キューバ危機の際に、ソ連海軍の潜水艦「Б-59(B-59)」の艦長及び乗艦中の政治将校による核ミサイル発射の動きを静止した将校。尚、核ミサイル発射には前記3人の将校の合意が必要であった)。

技術はウクライナでの戦闘が示す通り、兵士の愛国心や士気同様、状況を一変させる力を有している。

9月14日に世界知的所有権機関(WIPO)が発表した資料を見て、驚いた或る友人が連絡をしてきた—「日本がトップだよ、ジュン!」(“The GII Reveals the World’s Top 100 Science and Technology (S&T) Clusters . . . ,” 筆者注: GIIはGlobal Innovation Indexの略)。それに対して筆者はNATOが7月末に発表した資料を示して、おおよそ次のように返事をした(“NATO Lesson Learned Conference 2022,” 小誌前号の2参照)。

「NATOはinnovationの重要性を指摘し、technology, process, mindsetの3つがinnovationの推進要素として不可欠だと語った。日本の技術・技術者は個々に見ると優秀かも知れない。だが、国際ネットワークを意識した開発体制という組織作り(=process)や最先端情報に基づく指導者層による開発目的の明確化(=mindset)に欠けている点が問題だ。即ちprocessとmindsetの欠落だ。

これは今の日本に限った事ではない。例えば約百年前、原子力開発を含む科学技術分野に関し、最先端の国家はドイツだった。同国の科学者達—核分裂を発見したノーベル賞受賞者オットー・ハーン博士等—は、第二次大戦敗戦直後、英国ケンブリッジのFarm Hallに収容されていたが、1945年8月6日、原爆投下の知らせを告げられた時、“ドイツより先”に開発した米国に驚いた。ドイツは応用物理学等の技術分野に関して連合国側より優れていた。だが、米国が有する産業技術力と英米の産官学の協力体制に匹敵するprocessとmindsetを持たなかったのだ。ヒトラー総統と独軍は戦車には興味があったが、jet engineやrocket等に関し、敗色が濃厚になって初めて、遅まきながら対日技術協力を含めたmindsetを変えたのだ」—以上が筆者の少々長い返答の概要だ。

9月20日、米国のthink tank (CNAS)は、戦略的な電子部品である半導体に関する報告書を発表した(“Rewire: Semiconductors and U.S. Industrial Policy”)。この報告書を読みつつ、筆者は数年前、パリでフランス政府の友人から問われた事を思い出している—「ジュン、ドゴール大統領は、日本の首相に関して、“このトランジスターの商売人(Ce petit marchand de transistor)”と語ったと言うが、知ってる? それが今、日本製半導体は外国に殆ど負けてしまったようだ。何故なの?」(筆者注: 仏大統領は1962年訪欧時の池田隼人首相について語った)

多くの優れた専門家が既に日本半導体産業の“後退”を議論している事を読者諸兄姉はご存知だと思う。確かにSONYのCCD/CMOSのように圧倒的な強さを保持している製品は非常に限られている—このCMOSの開発成功には、①優れた技術者によるtechnology、②彼等の努力を支援する組織(process)、そして③CCDから更にinnovativeなCMOSに移行する際の思考転換(mindset)を要した。

そして今、潜在的能力を秘めた若手技術者を支えるprocessと組織の舵取り役のmindsetを期待してやまない。これに関して、SONY創業者の一人、井深大氏の言葉を思い出している—「研究の努力を1とすると、開発には10倍、実用化には100倍の努力がいる」。

来年の欧州経済が心配だ。今年は何とか“しのぐ”事が出来るかも知れないが、戦争が長引くと来年は…。

邦文版Wall Street Journal紙の記事「ロシアが兵力確保に躍起、囚人も強引に勧誘か」(8月29日)が掲載したモスクワ市街の写真には軍の看板が写っていた(スミルノフ海軍元帥の言葉「ロシアの英雄に栄光あれ(СЛАВА ГЕРОЯМ РОССИИ)」を記した看板)。そして9月21日の早朝、プーチン大統領による予備役の部分的動員の報道が届いた(次の2参照)—大統領はまだお止めにならないのだ!!!!

という事は、欧州のエネルギー危機は、今年何とか“しのぐ”事が出来ても来年は…。EUや各国の全体では耐え得たとしても、特定地域・特定産業で耐えられないかも知れないのだ(p. 4の図1、2参照)。筆者の心配が杞憂である事を祈っている。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第162号 (2022年10月)