地球温暖化問題が国際社会の注目を浴びたのは1992年の地球サミットのころからであり、これが91年のソ連崩壊の翌年であることは偶然ではない。冷戦が終わり、地球規模の問題に世界全体で協調して対処することが初めて可能になった。世界平和が訪れたというユートピア的な高揚感の下で、地球温暖化問題が世界的な議題になったのだ。
だが今、ロシアとG7(先進7カ国)諸国の間で、新冷戦が始まった。ロシアの後ろには中国も控えている。ウクライナでの戦争はその代理戦争だ。新冷戦の下では、自らの国力を伸長すること、そして敵の勢力を削ぐことが重要な目標になる。これまでG7が信奉してきた経済自殺型の再生可能エネルギー偏重型の脱炭素政策は、この目標に全く反する。自国経済を痛めつけるのみならず、ロシアや中国の勢力拡大を招くからだ。
脱炭素一本槍の欧州のエネルギー政策は完全に破綻した。日本でも信奉者の多かったドイツの「エネルギーベンデ(=エネルギー転換)政策」は、恐るべき災厄をもたらした。
ドイツは脱原子力と脱炭素を同時に進め、再エネへ移行するとした。だが実際にはそれではエネルギーが足らず、ガス輸入をロシアのパイプラインに大きく依存することになった。この弱みを握ったプーチンは、欧州はロシアに強い態度を取れないと読んでウクライナへ侵攻した。
ドイツだけではない。他の欧州諸国も脱炭素を進めた結果ロシア依存を深めてきた。戦争になると経済制裁としてエネルギー輸入の段階的停止を宣言したものの、あべこべにロシアからガスの供給を止められつつあり、エネルギーの不足と価格暴騰が起きた。
英国ではこの冬に家庭の光熱費が倍増して年間60万円に達する見込みで、暖房が使えず寒さで亡くなる人々が出るかもしれない。ガスを原料とする肥料製造業はすでに欧州全域で操業が低下している。他の産業も崩壊するかもしれない。
追い詰められた欧州は、あらゆる化石燃料の調達に奔走している。英国は新規炭鉱を開発する。ドイツは石炭火力のフル稼働を準備している。天然ガスの採掘もする。イタリアも石炭火力の再稼働を検討中だ。欧州は輸入も増やしている。南アフリカ、ボツワナ、コロンビア、米国など世界中から石炭を購入している。LNGを米国から大量に買い付けている。
この爆買いのせいで、エネルギー危機は全世界に伝播した。途上国も化石燃料の調達に必死だ。
インド政府は燃料輸入に補助金をつけた上で、石炭火力発電所にフル稼働を命じた。さらに100以上の炭鉱を再稼働し、今後2~3年で1億tの石炭増産を見込む。炭鉱の環境規制も緩和した。ベトナムも国内の石炭生産を拡大する。中国は今年だけで年間3億t、石炭生産能力を増強する。これは日本の年間石炭消費量の倍近くだ。
だが増産できる国はまだ良い。最も気の毒なのは資源を持たない貧しい国々だ。スリランカでは経済が破綻して大統領が国外逃亡した。これは数々の失政の帰結だが、止めの一撃は自動車用の燃料の払底だった。
先進国はロシアへの経済制裁を呼び掛けているが、途上国はこれにほとんど参加していない。G7の権威は失墜した。
ロシアの原油輸出は仕向け先が変わり、先進国ではなく、中国、インド、ブラジル、エジプトなどになった。サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)もロシアから購入し、代わりに自国の石油を輸出することで、産地ロンダリングをしている。
大量の燃料が肥料の製造に必要であり、肥料は食料の生産に欠かせないが、ロシアはこの燃料、食料、肥料の全ての一大輸出国である。これら全てが世界的に不足する状況が起きつつある今、途上国はロシアからの輸入を止める訳にはいかない。
もはや脱炭素に関する世界協調など望むべくもない。ロシア・中国は、世界中の途上国と化石燃料はもとよりあらゆる資源を共有し、G7との政治システム闘争を続ける。そこではグリーンな贅沢はどうでもよくなる。
対抗するG7のエネルギー政策も、再エネや電気自動車偏重のイデオロギー的なものであることを止め、原子力と化石燃料の利用など、安全保障と経済を重視したものに移らざるを得ない。
まもなく11月に米国では中間選挙がある。共和党が勝てば、米国のエネルギー政策は、「エネルギー・ドミナンス(優越)」の実現に変わってゆくだろう。これはエネルギーの大量供給によって自国を繁栄させ、敵を圧倒することを意味する。
日本のエネルギー政策はどうか。岸田文雄首相が原子力の再稼働にようやく言及したものの、まだ高価で経済負担の大きいグリーン政策の色彩が強い。これは欧州で完全に失敗した政策だ。そして世界は今、化石燃料に回帰している。この教訓を学び、日本は、原子力と化石燃料を重視し、「再エネ最優先」を止めるよう、早々に政策転換をすべきだ。