メディア掲載  外交・安全保障  2022.09.16

急速に復元する米韓軍事協力

——日米韓安保協力再構築への布石——

月刊『東亜』 No.662 2022年8月号(一般財団法人 霞山会 刊行)に掲載

国際政治・外交 米国 朝鮮半島

米韓軍事関係再強化を支える外交と人事

尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が発足して2カ月以上が経過した。尹大統領は選挙戦から一貫して米韓同盟の再強化と併せて、日米韓3カ国安保協力関係を重視する姿勢を示してきた。そして、このわずか2カ月あまりの間に米韓軍事協力の質と量の変化が筆者の予想を上回る速度で進んでいる。その変化は外交安全保障政策を担う朴振(パク・ジン)外交部長官と李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防部長官によって主導されている。日本での報道で登場する回数は朴長官が圧倒的に多い一方で、李長官も軍の人員・装備を活用した「国防外交」を積極的に行っている。

李長官の国防外交で筆者が注目したのは、フィリピンとの国防相会談(63日)である。韓国国防部は今秋実施の米比海兵隊合同軍事演習「KAMANDAG」に海兵隊を初参加させることを発表した。海兵隊はこれまでに一度、同演習への参加の意思を示したことがあるが実現していなかった。同演習には米比両軍だけでなく、2018年・19年・21年に陸上自衛隊水陸機動団が参加した経験もあることから、日韓関係の改善次第では多国間枠組みでの水陸両用部隊間の共同演習が実現する可能性がある。

また、政権交代によって閣僚人事だけでなく、軍幹部の人事にも大きな変化が起きている。前政権では要職から陸軍士官学校出身者が排除されていた。ところが、政権発足後、軍最高位の合同参謀本部議長としては9年ぶりに、陸軍の大将級人事では4名中3名が同校出身者から選ばれた。さらには、陸・海・空の各参謀総長が米韓連合司令部勤務経験者から選出された。文在寅政権が積極的に推し進めた早期の戦時作戦統制権返還は韓国軍の能力検証が進まず挫折する結果となったが、この間、韓国軍の能力不足だけではなく、返還後に米軍を指揮することになる韓国軍司令官ら軍幹部の英語能力が課題と指摘されていた。尹政権の戦時作戦統制権返還に対するスタンスは、「条件に基づく返還」という基本的な立場を表明しただけに留まっているが、こうした人事は、頻発する北の軍事挑発に対応する米韓連合作戦能力向上を目指す意図を明確に示している。

バイデン大統領訪韓による軍事面での成果

バイデン大統領にとって就任後初のアジア歴訪となる韓国訪問(520日~22日)に際して、直前になって公開された最後の公式行事は、在韓米空軍烏山基地の地下バンカーにある米韓航空宇宙作戦司令部での記者会見であった。両国首脳は北朝鮮によるミサイル発射に対して、米韓共同で対応することを強調した。聯合ニュース(520日付)によれば、同司令部は米インド太平洋軍司令部と在日米軍司令部との間での画像データリンクが稼働しているとされ、日本の安全保障にも直結する米韓軍事協力の核心である。

今回の米韓首脳会談で特筆すべきは、半導体などの民生品のサプライチェーン構築や、IPEF加入など経済安全保障が表メニューだとすれば、裏メニューとして米韓防衛産業協力の将来性に触れ、装備品のサプライチェーン構築が言及されたことだろう。同会談後の29日に、ポーランド政府はウクライナへクラブ自走砲を供与することを決定した。同自走砲は下半分の機動部分が韓国のK-9自走砲で、上半分の砲台部分はポーランドの防衛産業への配慮から同国製を採用したものである。その翌30日にはポーランドの国防大臣が韓国を訪問して、李鐘燮国防部長官との会談を行った。会談の中でポーランド側はウクライナへの軍事支援によって、同国の装備品が不足することを危惧し、韓国のK-2戦車などの主力装備品を導入する姿勢を示した。欧米各国とロシアの対立が激しさを増す中、韓国はこれまでの全方位的な装備品輸出戦略からの転換を迫られる形となっている。

米韓首脳会談後により鮮明になった韓国軍の変化

525日に北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)など3発を発射すると、米韓両軍は即座に対抗措置として地対地ミサイルを発射した。米韓両国首脳の方針は即座に実行されたのである。それ以外にも米韓の間での軍事協力に多くの進展が見られた。

第一に、629日から米海軍主催によってハワイ周辺海域で実施されているRIMPACRim of the Pacific Exercise・環太平洋合同演習)に、韓国海軍は過去最大規模となる部隊を派遣した。同部隊は最新型の強襲揚陸艦「馬羅島(マラド)」、イージス艦「世宗大王」と駆逐艦「文武大王」に加えて、潜水艦(1隻)にP-3C1機)、約1000名の海兵隊上陸部隊兵士などで構成され、初めて派遣部隊を准将が指揮している。

第二には、62日から3日間にわたって、47カ月ぶりに米韓海軍合同軍事演習を沖縄近海で実施した。前述の韓国海軍RIMPAC派遣部隊の艦艇は、出航後針路をハワイへ向けず南下して沖縄南部の公海上で米海軍空母打撃群との大規模な演習を行った。実施名目は対北朝鮮を想定した演習と公表されたが、政治的・軍事的に対中の意味合いを持ったと疑われてもおかしくないインパクトのある演習となったはずである。

最後に、韓国にある国連軍司令部が3年ぶりに韓国軍幹部らに対して、日本での国連軍後方司令部教育ツアーを実施した。国連軍後方司令部司令官のTwitter によれば、ラカメラ国連軍司令官(兼在韓米軍司令官)がツアーに参加する韓国軍幹部に対して事前レクチャーを行い、日本では国連軍後方基地に指定されている横田、座間、横須賀の在日米軍基地を巡り、同軍関係者らとの懇談を重ねた。当然ながら後方基地を提供する日本の重要性を学んだはずである。

こうした急速な米韓軍事協力の進展は、本格的な日米韓安保協力体制再構築の礎となる。尹政権は安保協力を盾に歴史問題も含めた日韓の懸案を一括解決するつもりだろう。最近になって、対面あるいはオンラインで旧知の韓国人研究者らと話をすると口々に、「韓国での日本に対する雰囲気が変わった」「日本製品不買運動など当の昔に終わり、対日感情が一気に改善した」として、「未来の話をしよう」となる。韓国側では歴史問題で解決策の一端が見え始めた反面、安保協力の側面では、日本側には依然としてレーダー照射事件(20181220日)による根強い不信感が存在する。今後日韓両国がこの問題をどう処理するかで両国関係改善の成否が決まることになるだろう。