メディア掲載  エネルギー・環境  2022.09.15

「温暖化でジェット気流が蛇行して異常気象が増える」というのは本当か

大気科学の第一人者、筑波大学の田中博教授に聞く

JBPressに掲載(2022年9月9日付)

エネルギー・環境
田中博

「地球温暖化によって北極域の気温が上がると、偏西風が蛇行して、異常気象が増える」という言説がある。果たしてそれは本当なのか。この真偽について、大気科学の第一人者である、筑波大学計算科学研究センターの田中博教授に聞いた。


北極域の気温上昇には2つの背景

杉山大志・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹(以下、杉山):まず、北極域の気温が上がる理由ですが、これは地球温暖化かもしれないし、北極振動1のような自然変動かもしれない、ということでよろしいでしょうか。

1 北極域の気圧が平年より低いとき、日本などの中緯度帯で平年より高くなり、北極域で平年より高いとき、中緯度帯で平年より低くなる現象

田中博・筑波大学計算科学研究センター教授(以下、田中):はい、その通りです。北極域の気温が上がる背景には、温暖化でゆっくり起こる部分と、北極振動のような比較的短期間で起こる自然変動(内部変動)の2通りがあり、これらを分ける必要があります。

はじめに、温暖化の場合、「気温が上がると雪氷が溶ける、雪氷が溶けると気温が上昇する」というフィードバックがあるので、極域の方が地球全体よりも気温上昇は高くなります。これを「アイスアルベド・フィードバックによる北極温暖化増幅」といいます。

南北の温度勾配が大きいと大気は乱れやすく

田中:ただし、これは10年スケールのゆっくりとした変動になります。ここで重要なポイントは、北極域の温暖化には人間活動と関係のない自然変動が一定割合で必ず含まれていることです。北極海に流入する暖かい海流の影響なども重要です。よって温暖化のほとんどが人為起源と断定するのは正しくありません。温暖化の原因を議論する場合には、この2つを分ける必要があります。

一方の北極振動は「AO (Arctic Oscillation)」といいますが、これは地球大気の流体としての揺らぎの中でランダムに発生する内部変動です。AOはひと月程度の比較的短い時間スケールで変動しますが、人為起源ではないので自然振動のひとつです。

北極域が温まるのはAO指数がマイナスの「AOマイナス」のときであり、AOプラスでは逆に北極域が低温偏差(平均値より低い)となります。北極域は自然変動による気温変化が激しいところなので、温暖化によるゆっくりとした変動に、大振幅で発生する北極振動に代表される自然変動が重なって気温が変化しています。

杉山:大気科学者のリチャード・リンゼン博士は、地球温暖化が起きるとむしろ異常気象は減る可能性があるとして、以下のような説明をしています。

  1. 北極域の気温が(なんらかの理由で)上がると、
  2. 南北の温度勾配が緩くなるので、
  3. 極端気象が減る。

という説明です。確かに、地球大気の運動は南北の温度勾配で駆動されていると考えると、説得力があります。このあたり、エンジンやガスタービンなどの熱機関が入口と出口の温度差で駆動されていて、その出力が温度差に強く左右されることとのアナロジーで考えられるので、エネルギー技術の関係者には分かりやすい理屈です。

田中:はい、このリンゼン氏の説明は総論として正しいものです。同じことを気象学の用語で言えば「北極域で温暖化が起きて南北の温度傾度が小さくなれば傾圧不安定が弱まるので、気象の擾乱(編集部注:大気の乱れ)は弱まるだろう」ということです。

長期、短期の変化が重なり合う

田中:傾圧不安定とは、「赤道側の暖かい空気と北極側の冷たい空気が出会うことによって大気が不安定になり、中緯度に低気圧や高気圧が発生すること」です。傾圧不安定で起こる擾乱のことを総観規模擾乱といい、日本の天気図ぐらいのスケールの現象を指します。つまり40006000km程度の範囲のことです。地球を1周する間に615回ぐらい振動する波なので、波数6から15の波といいます。

これとは別に、地球上にはもっと大きな惑星規模の波も存在し、その波数が13くらいの波をプラネタリー波といいます。ジェット気流の蛇行はプラネタリー波の増幅とほぼ同義であり、これで異常気象が発生します。温暖化で総観規模擾乱の活動が弱まれば、プラネタリー波の振幅も減少するので、異常気象の発生確率は減少することが予想されます。

極限の場合として、仮に南北の温度差がなくなれば、大気の運動が止まるので異常気象は起こり得なくなります。総観規模擾乱はその熱輸送により北極域を暖めることで、適度な南北の温度勾配を保っています。

杉山:すると、北極が温暖化すると異常気象はむしろ減るのですか?

田中:ところがそう単純でもないのです。長期的にはそうですが、短期的には北極振動との関係で逆のことが起こります。

北極振動は大気の揺らぎの中でAOプラスとAOマイナスの間をふらついています。AOマイナスのときには北極域が温まります。すると中高緯度の南北の温度差が小さくなり、寒帯ジェットが弱くなります。このとき、北極域の極渦内に閉じ込められていた第一級の寒気が中緯度に流れ出すので、大寒波が起こりやすくなります。プラネタリー波が一時的に増幅し、ジェット気流が蛇行をはじめるのです。北極域が温まることで、中緯度に寒波が押し寄せ、異常気象が起こりやすくなるというシナリオです。

総論ではジェット気流が弱まると異常気象は減る

杉山:なるほど、異常気象の増減はどちらもありうるというわけですね。では、ジェット気流が弱まると異常気象が増えるというのは確実なことなのですか?

田中:これは確実なことではありません。総論としては南北の温度傾度が減りジェット気流が弱まると、異常気象は減るのが正しいです。

ただ、例外もあって、北極域が温まるとき、極域の寒気が中緯度に流れ出して異常気象が起こるというシナリオです。これは短期的な現象であり、すぐに収まります。北極振動は高緯度と中緯度で熱の再配分をするだけだからです。全球的な温暖化とは、基本的に無関係です。

ジェットの蛇行やそれに伴うブロッキングの発生はAOプラスでもAOマイナスでもほぼ均等に発生します。

たとえば19891月には、大きなAOプラスが起こり、寒帯ジェットは強かったのですが(つまり北極域はとても冷えた状態です)、まさにその中に巨大なブロッキング高気圧が発生しました。この影響で、周辺の気象は平年とはかなり異なるものになりました。ジェット気流が強いときに、大きなブロッキングが生じることもあるのです。

つまりジェット気流が弱いときにブロッキングが発生し異常気象が起こりやすくなるとは言えません。

「可能性がある」という言葉には要注意

杉山:なるほど、よく分かりました。まず第1に、北極域の気温が地球全体よりも上がる理由としては、人為的な地球温暖化と自然変動の両方がありうること。第2に、北極域の気温上昇には、異常気象を増やすメカニズムと減らすメカニズムの両方があること。そして第3に、その両方のメカニズムの結果、異常気象が増えるかどうかについては、はっきりしたことは言えないので、正確な予測はできないこと、ですね。

田中:はい、その通りです。

北極域が温まるプロセスには温暖化による北極温暖化増幅のプロセスと、北極振動に代表される自然変動の2つの過程があります。前者はゆっくりとした変動なので、短期的な異常気象は後者によるものです。

ひとたび異常気象が起こると、その背景には地球温暖化の可能性がある、とよく言われます。しかし、ほとんどの場合、内部変動のいくつかの要素がランダムに重なり、確率論的に異常気象が発生しているのであり、人為起源の温暖化で起こっているのではないと考えます。

「可能性がある」という用語はその確率がほぼゼロのときにも使えるので、この用語に出くわしたら要注意です。


田中博・筑波大学計算科学研究センター教授 1980年筑波大学卒業、88年米ミズーリ大学コロンビア校大学院修了、Ph.D.取得。88~91年、アラスカ大学助教、91年から筑波大学で講師、助教授を経て2005年から現職