脱炭素一本槍(やり)の欧州のエネルギー政策は完全に破綻した。日本でも信奉者の多かったドイツの「エネルギーベンデ(エネルギー転換)政策」は、恐るべき災厄をもたらした。
ドイツは脱原子力と脱炭素を同時に進め、再生可能エネルギーへ移行するとした。だが実際にはそれではエネルギーが足らず、ガス輸入をロシアのパイプラインに大きく依存することになった。この弱みを握ったプーチン大統領は、欧州は強い態度を取れないと読んでウクライナへ侵攻した。
他の欧州諸国も脱炭素を進めた結果、ロシア依存を深めてきた。経済制裁としてエネルギー輸入の段階的停止を宣言したものの、逆にロシアからガスの供給を止められつつあり、エネルギーの不足と価格暴騰が起きた。英国ではこの冬に家庭の光熱費が倍増する見込みで、暖房が使えず寒さで亡くなる人々が出るかもしれない。ガスを原料とする肥料製造業はすでに欧州全域で操業が低下している。
追い詰められた欧州はあらゆる化石燃料の調達に奔走している。英国は新規炭鉱を開発する。ドイツは石炭火力のフル稼働を準備している。天然ガスの採掘もする。イタリアも石炭火力の再稼働を検討中だ。欧州は輸入も増やしている。南アフリカ、ボツワナ、コロンビア、米国など世界中から石炭を購入している。液化天然ガス(LNG)を米国から大量に買い付けている。爆買いのせいでエネルギー危機は全世界に伝播(でんぱ)した。
危機を受け他の国も化石燃料の調達に必死だ。インド政府は燃料輸入に補助金をつけた上で、石炭火力発電所にフル稼働を命じた。さらに100以上の炭鉱を再稼働し、今後2~3年で1億トンの石炭増産を見込む。炭鉱の環境規制も緩和した。ベトナムも国内の石炭生産を拡大する。中国は年間石炭生産能力を今年だけで3億トン増強する。これは日本の年間石炭消費量の倍近くだ。
増産できる国はまだよい。気の毒なのは資源を持たない貧しい国々だ。スリランカでは経済が破綻し大統領が国外逃亡した。数々の失政の帰結だが、とどめの一撃は自動車用燃料の払底だった。
「脱炭素」政策は世界に迷惑をかけたが、欧州はそれを認めていない。化石燃料への回帰は一時的なものにすぎず、脱炭素の目標は変えないと弁解している。それどころか、ドイツが議長を務めた5月のG7(先進7カ国)エネルギー・環境大臣会合では、年末までに化石燃料事業への海外融資を停止すると合意した。一方で欧州は化石燃料を買いあさっているのだから完全に偽善だ。
残念ながら日本もこの偽善に与(くみ)している。6月に外務省はバングラデシュとインドネシアに対する政府開発援助(ODA)による石炭火力発電事業支援の中止を発表した。一方では慢性化した電力不足に対応するためとして、停止していた石炭火力発電所の再稼働を進めている。自国では火力発電に頼る一方で途上国の火力発電は見捨てるとは何事か。日本がいま電力不足なのは事実だが、バングラデシュほど停電が頻発し経済に甚大な悪影響を及ぼしているわけではない。バングラデシュのためにこそ石炭火力発電は不可欠だ。
世界中に脱炭素を説教してきたG7が、いざとなると世界中の化石燃料を買いあさっている。煽(あお)りを受けて多くの途上国が窮地にあるのはG7の罪だ。さらに罪深いことに、途上国の化石燃料利用を否定してきたことで、問題を悪化させた。身勝手な行動をすると、途上国はG7を離れていく。
先進国はロシアに経済制裁しているが、途上国はほとんど参加していない。ロシアの原油輸出は仕向け先が変わり、先進国ではなく中国、インド、ブラジル、エジプトなどになった。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)もロシアから購入し、代わりに自国の石油を輸出することで、産地ロンダリングをしている。
大量の燃料が肥料の製造に必要で、肥料は食料の生産に欠かせない。ロシアはこの燃料、食糧、肥料の全ての一大輸出国である。この全ての世界的不足が起きつつあるいま、途上国はロシアからの輸入を止めるわけにはいかない。
自由で開かれたインド太平洋にとって、本当の脅威はロシアではなく中国だ。屈しないためには諸国の経済的繁栄が重要であり、G7は諸国が必要な物を入手できるよう支援せねばならない。安定・安価なエネルギーはその最たるものだ。化石燃料利用は促進すべきで、日本も支援すべきだ。
それは日本のためでもある。日本も化石燃料は必須である。海外への支援は資源供給を多様化・強靱(きょうじん)化する機会になるし、得意のクリーンな燃焼技術の出番だ。
来年日本はG7議長国となる。インド太平洋諸国の意見を結集し、唯一の非欧米G7メンバーとしてG7が脱炭素一本槍をやめ、化石燃料の安定・安価な供給の擁護者に戻るようリードすべきだ。