ウクライナの戦争に端を発した欧州発のエネルギー危機が起きている。
ドイツをはじめ欧州諸国は、液化天然ガスや石炭など、これまで忌み嫌っていたエネルギーの調達に躍起になっている。また石炭火力発電所を可能な限り稼働させる手配をしている。欧州が世界中で買い漁っているせいで、世界のエネルギー価格は暴騰している。
この煽りを最も受けて、貧しい国、特に化石燃料資源を持たない開発途上国は、いま悲惨な状態になっている。
スリランカの経済が破綻し大規模デモがおきて政権が転覆したのは、数々の失政が重なった結果であるが、とどめの一撃となったのは燃料費の高騰でガソリンが輸入できなくなったことだった。
いまの開発途上国でのエネルギー危機は、単にウクライナの戦争のせいではない。近年になって、欧米の圧力によって化石燃料事業への投資が停滞していたことが積み重なって、今日の破滅的な状態を招いているのだ。
インド人の研究者である米国ブレークスルー研究所のビジャヤ・ラマチャンドランは科学雑誌Natureに書いている。
「近代的なインフラを最も必要とし、世界の気候変動問題への責任が最も軽い国々に制限を課すことは、気候変動の不公正の極みである」。
ラマチャンドランは、国際援助において、気候変動緩和をすべての融資の中心に据えるという近年の方針について、偽善であり、二枚舌だとして、猛烈に抗議している。
「それは、経済開発に使える資源を必然的に減らすことになり、しかも地球環境にはほとんど貢献しない。・・なぜそのような努力をするのか。世界銀行とIMFの主要株主である富裕国は、これまでのところ、エビデンスや合理的なトレードオフに基づく気候変動政策の策定にはほとんど関心を示していない。それどころか、天然ガスを含む化石燃料への融資を制限し、自国では思いもよらないような制限を世界の最貧国に対して課すことを、自画自賛しているのである。その規制の中には、化石燃料への開発金融をほぼ全面的に禁止することも含まれている。世界銀行は、気候変動緩和政策と貧困削減の間の急激なトレードオフを最もよく理解しているはずである。しかし、国内の環境保護団体を喜ばせたい資金提供者が課した条件には従うしかなかったようだ。・・欧州連合は、自分たちはクリーンエネルギーの原子力発電所を停止し、天然ガスの輸出入を増やし、国内の石炭発電所を新たに稼働させる一方で、開発金融機関に対しては、貧困国でのすべての化石燃料プロジェクトを直ちに排除するよう主張している。」
「さらに悪いことに、EUの官僚たちは現在、『何がクリーンエネルギーか』をめぐって一進一退の攻防を繰り広げている。燃料不足に直面する加盟国から、原子力や天然ガスまで定義(タクソノミー)を拡大するよう圧力がかかっている。その一方でEUの広報担当者は、“EUの柔軟な分類法は、開発政策に反映されることはない”と明言した。つまり天然ガスはヨーロッパ人にとってはグリーンだが、アジアやアフリカの人々にとっては事実上禁止されるということだ。」
これは完全な二枚舌だ。ラマチャンドランは更に続ける:
「一方で、北欧・バルト諸国8カ国のグループは、最近、ほとんど協議も透明性もないまま、世界の最貧国において、スマート・マイクログリッドやグリーン水素などの再生可能技術に限定して融資をすると発表した。これは偽善だ。ノルウェーは世界で最も化石燃料に依存する富裕国(同国は天然ガス、原油の大生産国)である。その一方でこの決定は、貧困にあえぐ何百万人もの人々に対して残酷なものだ。」
「ナイジェリアの水曜日の朝は、ビジネスマンは電気なしで営業するか、高価な(そしてますます不足している)バックアップ発電機用のガソリンを購入するかの選択を迫られている。・・このような状況が、アフリカで最も大きく、急速に成長している経済の一つで起きている。数カ月に及ぶ燃料不足と、送電網の故障による頻繁な停電が、根強いエネルギー貧困を生み出している・・ナイジェリア政権は、短期的には信頼性と経済性を両立できる唯一のエネルギー源である化石燃料の消費を減らすよう、欧米諸国から常に圧力を受けているのだ。」
サハラ以南のアフリカでは、6億人が電気を持たず、8億9千万人が薪炭や動物のフンなどの伝統的燃料で調理をしている。調理用の化石燃料を利用できる人はわずか14%だ。
じつはアフリカには膨大な天然ガスがある。600兆立方フィートの天然ガスが埋蔵されており、その3分の1はエネルギーに乏しいナイジェリアにある。これはアフリカのために開発すべきであり、先進国は全力で支援するのが道義であろう。だが現実には、開発は先進国の金融機関や環境運動家によって妨げられてきた。
ジャヤラージは6/6付けコラムでは南アフリカについて書いている。
「アフリカの先進国のひとつであるはずの南アフリカが、深刻な電力不足に見舞われ、連日の計画停電(中には8時間という長時間に及ぶものもある)に見舞われている。5月には、ほとんどの家庭、商業ビル、産業界で数時間に及ぶ停電が発生した。南アフリカの国営電力会社ESKOMは、『発電能力の低下』のため、午後5時から10時の間、電力を供給しなかった。先月、ESCOMの停電、電線の盗難、長年の非効率に抗議するため、不満を持った市民が街頭に立ち、国の一部で社会不安が報告された。」
「南アフリカ政府が取り入れた気候政策のせいで、現状は悪化の一途をたどっている。・・2019年の統合資源計画によると、2050年までに24ギガワットの従来型火力発電源(主に石炭)を廃止し、再生可能エネルギーに置き換える予定である。・・この計画の一環として、南アフリカは、先進諸国が提供する『気候基金』からの資金を受け入れる可能性が高い。ブルームバーグによれば、これによりESCOMは85億ドルを利用できるようになる。」
だが電力不足の国において、出力の安定した火力発電を大量に閉鎖する計画が適切だろうか?
停電の頻発するなかで電力系統をさらに不安定にする再生可能エネルギーを導入すべきだろうか?
貧困削減と経済開発のための安定供給が優先ではないのか?
何十億人の人々が、先進国のエリートたちによって、化石燃料のない、貧困に満ちた未来へと組織的に強制されている。気候危機説を信奉する指導者たちが、開発途上国の化石燃料使用を抑圧しているからだ。哲学者のオルフェミ・O・タイウォは、この現象を「気候植民地主義」と呼んでいる。
残念ながら、日本もこれに加担している。
6月22日に、日本の外務省はバングラデシュとインドネシアに対する政府開発援助(ODA)による石炭火力発電事業支援の中止を発表した。CO2の排出が理由であり、G7の意向に沿った形だ。
ちょうどその同日、この夏の電力不足に対応するため、停止していた火力発電所の再稼働を急いでいる、とのニュースが流れた。千葉県の姉崎火力発電所5号機、愛知県の知多火力発電所5号機などだ。
自分の国で電力不足になると火力発電に頼る一方で、途上国の火力発電所は見捨ててしまうというのは道義にもとる。日本がいま電力不足なのは事実だが、バングラデシュほど慢性的に電力が不足し停電が頻発し経済に甚大な悪影響を及ぼしている訳では無い。
開発途上国の化石燃料利用を禁止する一方で、今後は経済開発を再生可能エネルギーで実現しろと命じるのは、発電の物理的現実と何十億人もの貧困を否定する傲慢さを示すものだ。
これに対して、叛逆する指導者たちも出てきている。6月、ニジェールのモハメド・バズーム大統領は、次のように述べた。
「アフリカは、2022年末までに外国の化石燃料プロジェクトに対する公的融資を打ち切るという西側諸国の決定によって罰せられている…我々は戦い続けるつもりだ。・・アフリカ大陸が天然資源を開発することを許可すべきだ。100年以上にわたって石油とその派生物を搾取してきた者たちが、アフリカ諸国が資源の価値を享受するのを妨げているのは、率直に言って信じがたいことだ。」
他方で、能力を有する諸国は、エネルギー増産に励んでいる。国際価格が暴騰したのだから、当然の行動だ。
中でも、すでに世界最大の石炭消費国である中国は、エネルギー不足を食い止めるため、生産量の増加に躍起になっている。昨年は世界最多の41億トンの石炭を生産していたが、2022年には更に3億トンの生産を追加する計画だ。
2021年7月から10月にかけては、年間2億7000万トンの生産能力を追加しており、これは南アフリカの全年間生産量(年間約2億4000万トン)を上回る。
また、中国には新たな炭鉱計画があり、今後数年間でさらに年間5億5900万トンの生産能力を追加する予定である。これは、世界第3位の石炭生産国であるインドネシアの年間生産量(年間5億6400万トン)よりも多い。
中国は資金も技術もあるから増産できる。だが殆どの開発途上国は資金も技術も欠いていて、たとえ資源を有していても、エネルギー不足と価格高騰の窮状にあえいでいる。これを助けないならば、一体何のための国際支援であろうか?
来年2023年は日本はG7議長国となる。開発途上国から化石燃料を奪う事の非を欧米に理解させて、化石燃料の開発・利用への支援の再開を訴えるべきだ。
もしこれに失敗すれば、開発途上国は本当に欲しいものを供給し支援してくれる国々を頼るようになるだろう。それはロシアであり、中国になる。
開発途上国は先進国が呼びかけた対ロシア経済制裁に殆ど参加しなかった。つまりいつまでも先進国の言いなりにはならないということだ。