たゆまぬ技術開発により、核融合はいまや夢物語などではなく、手の届く技術になった。設計、材料、制御などの主要な課題はすでに解決の見通しが立っている。
いま日本政府は、温暖化対策のためとして、今後10年間で20兆円もの莫大な投資を計画している。民間も合わせれば150兆円に達するという。だがその中には、実現可能性やコストの観点から疑問のある技術も多い。
むしろ、核融合に重点的な投資をすることによって早期に実用化し、それを世界に売ることで、地球温暖化問題、エネルギー安全保障、エネルギーコストの問題を一気に解決することを目指してはどうか。
核融合の最近の進展は意外に知られていないかもしれない。
いま日・米・露・中・韓・印の6か国+1地域(EU)の国際協力で、核融合実験炉ITER(イーターと発音する)の建設がフランスで進んでいる。完成は2020年代後半で、2035年にはフルパワーとなる50万キロワットの熱出力を計画している。これは20万~25万キロワットの出力がある火力発電所と同じくらいの規模である。
つまり普通に見ている火力発電所並みの大きさの核融合炉がいよいよ誕生するわけだ。
ITERの建設コストは、2兆5000億円前後とされている。「こんなに高くて実用になるのか」という心配はごもっともである。
だがこれは、いくつもの方法を試し、性能を確認する「実験」をするためのコストだ。
実用段階になれば、発電コストは、10.2セント/kWhになると推計されている。これならば、既存の原子力発電・火力発電と比べて全く遜色がない。
もちろんこれはいくつかの仮定をした上での数字である。だが肝心なのは、「核融合は高くつく」というのは、あくまで実験段階だけの話だ、ということだ。
そこさえ乗り切れば、実用段階では核融合炉は安くできる。
すでに述べたように、実験炉であるITERには2兆5000億円かかる。さらに、実用炉を設計する前に、もう1度、2兆円程度をかけて発電を実証するための原型炉を建設する必要がある。
だとしても、その後の実用段階になれば、安価で、CO2を出さず、無尽蔵な発電技術を人類は手にすることになる。
核融合炉は原理的に安全だ。ウランやプルトニウムを使わないので、核爆発や炉心溶融によるシビア・アクシデントは原理的に起きない。核分裂は起こすのは簡単だが止めるのが難しい。核融合はその逆で、起こすのは難しいが何かあるとすぐ止まってしまう。
長期にわたり強い放射性を持つ高いレベルの廃棄物量も少ない。
核融合は何としても日本の手でやり遂げたい。実現すれば、日本の新たな基幹産業になる。
核融合を実現するための要素技術にはすでにメドが立っている。あとは着実に実験を進めて、より発電能力やコスト面でのパフォーマンスが優れたシステムを設計するだけだ。
核融合炉では、水素(陽子が1つ)の同位体である重水素(陽子と中性子が1つずつ)と三重水素(陽子1つに中性子が2つ)を1億度にして核融合を起こす。
海水を構成する水素のうち、7000分の1が重水素である。三重水素のほうは天然にはほとんどないので、リチウムを原料にして核融合炉の内部で中性子と反応させて製造する。
1億度になった水素は、原子核と電子がばらばらになった「プラズマ」という状態になる。このプラズマは超伝導コイルで作った磁場で閉じ込める。
さて、では核融合炉にはどのような要素技術があるのか。次のイラストを見てもらいたい。
①超伝導コイル:核融合を起こすには、かつてない強い磁場を発生する大型の超伝導コイルが必要である。
②プラズマ制御:1億度のプラズマを空中に浮かしながら核融合反応が続くように、磁場を使って制御する。
③排熱部:炉を傷める可能性のある高温粒子による廃熱を受け止めて処理する。
④ブランケット:核融合で発生する強烈なエネルギーを受け止め、発電に用いるための高温蒸気を発生する。同時に、リチウムから核融合燃料としての三重水素を生産する。
このいずれも決して簡単ではないが、すでに材料、設計、制御などのメドは立っている。
核融合炉を実現するためには、まずこれらの技術全体を統合して確かめた上で、経済性に優れた設計を模索する必要がある。それが実験炉ITERおよびそれに引き続く原型炉の役割だ。
これまで説明してきた核融合技術開発の計画は、実は、かなり昔に策定されたものだ。
東日本大震災以前の日本のコンセンサスは、原子力・火力発電を共に活用し、エネルギー安定供給・経済・環境の「3E」のバランスをとっていくというものであった。
核融合技術開発の計画は、当時のコスト感覚とタイムスケジュール観を反映していた。2兆円の実験炉というと大変な高額に思われたし、実用化は2050年以降で構わないとされていた。
ところが現在では、温暖化対策の要請が高まり、巨額の政府・民間投資によって2050年をメドとして脱炭素を実現していくという政府方針になっている。
これを反映して日本政府のクリーンエネルギー戦略では、本稿のはじめでも触れたように、10年間で150兆円の官民投資、うち20兆円は政府投資で賄うという構想が議論されている。
いまや核融合を考える前提は大きく変わったのだ。
特に、巨額な投資がなされることを許容するというのであれば、核融合の開発計画は大いに前倒しができるはずだ。
ただし、このようなシナリオにおいても、核融合炉の実用化は今後10年以内という時間範囲にはないので、民間の投資だけで進めるのは難しい。従って、国の大規模な投資が必要なことに変わりはない。
米起業家イーロン・マスク氏率いるSpaceXが宇宙開発で成功したのは、NASAのアポロ計画やスペースシャトル計画で開発した技術があったからこそだ。
核融合開発は、ITERをはじめとする一連の実証炉が宇宙開発でのアポロ計画にあたる。これは国家が主導するほかない。
その際、温暖化対策という社会的な要請の変化に対応して、いかにして速やかに実現するか、大いに知恵を絞る余地がある(その一例としての検討はこちらのページに:https://ieei.or.jp/2022/07/expl220711/)。
なお、「新しいアイデアによる小型の核融合炉」によって、あと10年もすれば核融合発電が実現するといった報道が、最近メディアをしばしば賑わせている。
だが上述したように、核融合炉を実現するためには、先述した4つの要素技術を同時に確立せねばならない。メディアの言う「新しいアイデア」とはたいていその1つについての新しいアイデアであり、それだけで実現が大幅に早まるということはない。
それでも巨額な投資をすることで、この4つの課題の同時達成を早めることはできるはずだ。それこそが、いま、国を挙げてなすべきことである。
そして、それができた暁には、新しいアイデアを取り入れることで発電性能向上やコスト低減ができるかもしれない。新しいアイデアの価値はそこにある。
【参考ページ】
◆岡野邦彦氏による国際環境経済研究所の連載記事
◆キヤノングローバル戦略研究所動画:
・核融合は手が届くところにある
・核融合のギモンまとめて答えます
・核融合の要素技術はほぼ確立している(近日公開予定)