メディア掲載  エネルギー・環境  2022.08.22

マスコミが伝えないアメリカの熱波の真実

IPCCと公式データが本当に言っていることは何か

NPO法人 国際環境経済研究所(IEEI)HPに掲載(2022年8月5日)

エネルギー・環境

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア氏による記事を許可を得て翻訳したものです。

暑い。本当に暑い。アメリカの熱波は、きっと人間が引き起こした気候変動の最も目に見えてインパクトのある兆候に違いない、そう思っていないだろうか?しかし、実はそうではない。米国の国家気候評価と気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、米国の熱波について述べていることを見てみるとしよう。その内容は、あなたを驚かせるかもしれない。

さて先に進む前に、人間活動が引き起こす気候変動は事実であり、かつ有意であることを強調しておきたい。適応と緩和の両方に焦点を当てた積極的な政策は、非常に理にかなっている。また、現在の科学的な理解について正確であることも等しく重要である。気候変動の重要性は、科学的厳格さを無視してよいという意味ではない。むしろその逆で、科学的厳格さがより重要になるのだ。そこで、最近の評価報告書と、米国における熱波について述べられていることについて詳しく見てみよう。

下の図は、最新の米国気候評価(NCA)から引用したものである。1900年以降の米国における熱波の頻度(上)と強度(下)を示している。図は、実は私が1999年に共著した論文に基づいている。この論文は、環境保護庁が使用している気候変動の公式指標の基礎になっている。

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1900年以降の米国の熱波の頻度(上)と強度(下)(第4回米国気候評価より)。
出典;USNCA 2017

この数字から読み取れることがいくつかある。一つは、ここ数十年の熱波は、その頻度も強度も、1930年代のレベルには達していないことである。NCAは、IPCCAR5)が 「20世紀半ば以降、地球規模で観測された極端な気温の頻度と強度の変化に、人間が影響を与えている可能性が非常に高い」と結論付けたことを認めている。しかし同時に、NCAは次のように結論づけている。

「しかしながら、一般に、米国本土については、世界の他の地域について言われているほどのことは結論できない。その理由の一部は、米国地域での極端な気温の変化の検出は、1930年代の極端な気温に影響されるからだ。」

より最新のIPCC AR6も同じ見解であった。下の複合図(IPCC AR6図11.4から統合した)は、北米中央部と東部(CNAENA)の両方で、異常高温の傾向の検出とその傾向の人為的原要因への信頼度が低い(~20%)ことを示している。北米西部(WNA)では、検出の可能性は高いが(66%以上)、人為的な原因によるものであるとの信頼度は中程度、となっている。

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IPCC AR6 11.6 の注釈版。
北米の西部、中部、東部の 3 地域の異常高温、極端な寒さ、及び記録的降水の検出と要因の信頼度を示している。
出典 :IPCC 2021

1930年代の異常気温は、米国における熱波の傾向を検出し、その要因を特定するための課題を示している。すなわち、気候に関する報道の受け手は、熱波について情報を得る際にしっかりアンテナを張っておく必要がある。確かに、1960年代からのデータで分析を始めれば、熱波の増加を示すことができる。しかし、1930年代以前からのデータを分析すると、上昇傾向は見られず、むしろ減少しているとさえ言える。 これは、都合のよいものだけを選ぶ者(チェリーピッカー)にとって格好の材料となるわけである。

米国の熱波は1960年代以降増加しているが、その間に社会的な脆弱性は減少している。

下のは、1970年代以降の全米の「異常高温現象」による死亡リスクを示しており、全体的に減少していることがわかる。これは、気候はより厳しくなる可能性を持つものの、社会には大きな適応能力があることを示すものであり、良いニュースである。

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「猛暑日」と「猛暑日でない日」の総死亡率に関する地域別の相対的リスク。全国合計は右下の図に示す。
出典:Sheridan et al. 2021

間違ってはいけないのは、IPCCは将来について、米国を含む世界中で熱波が増加すると予測していることだ。以下に、IPCCが予測する将来の姿を示そう。

「要約すると、21世紀を通じて、世界中で、極端な暑さの強度と頻度がさらに増加し、極端な寒さの強度と頻度が減少することは、事実上確実である。19952014 年と比較して、暑い日や暑い夜の数、 暖かい季節や熱波の長さ、頻度、強さが、ほとんどの地域で増加することは実際、確実であろう。ほとんどの地域で、極端な気温の大きさの変化は、地球温暖化レベルに比例する(高い確信度)。」

事態がどの程度悪化するかは、緩和がどれだけ迅速に行われるかによる。つまり二酸化炭素をネットゼロにすることは、今年や来年の天候ではなく、今世紀の後の方で何が起こるかに関係する。

しかし、我々がどれだけ早く二酸化炭素の排出量をネットゼロにできるかにかかわらず、異常高温の社会的影響は、さまざまなシナリオを通して、管理可能であると信じるに足る理由がある。たとえば、世界保健機関(WHO)によると、熱波が増加しても、死亡率が増加する必然性は無い。適応する能力があること(エアコンなど)を想定すると、WHOは将来の「猛暑に起因する死亡率はゼロである」と結論づけている。猛暑への脆弱性を軽減するための適応の重要性は、文献に基づいた、確固とした所見であると言える。

気候が変化していることは疑う余地がない。世界中の多くの場所で、その変化のシグナルが熱波の発生として観測されている。しかし、米国はそのような場所とは言えない ― 今のところは。

さてそれで、だから何だというのか? もしも気候変動が本当で、それに対応することが重要であるならば、現在の気候を不適切に気候変動に因果付けることは、必ずしも重大ではない、という意見もあろう。もしかしたら、そのように間違って因果付けることが政治的に役に立っているのだろうか?(訳注:因果関係が無いのに有るということで気候変動対策を促せるならば、嘘も方便という訳で、そのほうが政治的に好ましいか、ということだ)。

だがそれではいけない。以下の二つの理由がある:

  • 第一に、我々のリスク評価は歪められている可能性がある。もし、今週の熱波が、観測されている変動幅の範囲内ではなく、気候変動によって引き起こされた特異な出来事であると考えるなら、我々は自分自身をごまかしていることになるだろう。今週、電力網が故障して人々が亡くなったとしても、それは我々が現時点での備えすらできていないことを意味する。1930年代を振り返るだけでも、過去に対する備えも、ましてやより極端な未来に対する備えもできていないことがわかる。熱波の検知とその要因を軽々しく語ることは、誤解を招く恐れがある。
  • 第二に、気候変動に対する行動を持続的にサポートするためには、国民や政策立案者が科学や科学機関に対して持つべき信頼も維持する必要がある。科学的理解をはるかに超えた主張は、その信頼を危険にさらす。科学的コンセンサスは、政治的に有用なときだけ存在するのではなく、政治的に歓迎されないときにも存在するのである。
    科学的評価を正確に作成し、報告することは、専門家や彼らが所属する機関に対する信頼を培うのに役立つに違いない。

科学界とその研究結果を報道するジャーナリストは、今起こったすべての気象現象が気候変動のせいであるとすぐに主張して気候科学を欺くのではなく、物事を理路整然と考えるほうが賢明であろう。