1.はじめに
ロシアのウクライナ侵攻により、もともと高騰していた欧州および世界のエネルギー市場は、ロシア産エネルギーの買い控えや制裁、大手エネルギー企業の撤退などの混乱に見舞われた。
石油に関しては、発電利用の増加や、中国における景気回復によって部分的に需要が増加しているものの、全体としては世界経済が停滞し需要が冷え込んでいることに加え、米国やカナダの増産により、7月に入ってからは市況がやや緩和してきている。制裁対象となったロシア産原油の約8割が中国とインドで新たな買い手を見つけているとの情報もあり1、当初の想定よりもロシアが生産のペースを維持していることも、価格の減少に寄与しているとみられる。ブレント原油価格は、6月には1バレルあたり120ドル台だったが、7月に入ってから減少傾向に転じ、110ドル前後で推移している。米国を代表する指標であるWTI価格も、6月は110ドルを超えていたが、7月には100ドル前後となった2。ただし、供給余力は確実に削られており、OPECプラスは相変わらず増産に消極的な姿勢を見せているため、先行きは不透明のようだ3。
天然ガス市場はさらに見通しが悪い。欧州ガスのスポット価格TTFは、ウクライナ侵攻後に100万Btu(British thermal units:英国熱量単位)あたり72ドルの最高値を更新して以来、徐々に下降していたが、6月半ばにロシアからEUへのパイプラインであるNord Streamの流量が減少したり、米国のLNG輸出拠点が一時操業を停止したりしたことを受け、100万Btuあたり30ドル後半から40ドル台に上昇した4。7月にはノルウェーの関連施設でのトラブルや、Nord Streamのさらなる供給減が発表されたことを受け、月末に63.5ドルに達している5。
そもそも、天然ガスは石油に比べて生産や輸送に関わるインフラの余裕が少ない。2010年代の価格下落やコロナ禍のロックダウンによる工期の遅れもあり、この先3年程度は新規設備の導入ペースが落ちるため、こうしたタイトな市況が改善される見通しは立っていない。IEAは7月に発表したガスマーケットレポート6で、2021–2025年の天然ガスの拡大幅の推定を140 bcm(billion cubic metres:10億立法メートル)と以前の半分程度に修正した。そのほとんどは価格高による経済活動の停滞と、石炭および石油からの移行が滞っていることによるもので、省エネや再エネによる消費削減は1/5程度に留まるとして、警鐘を鳴らしている。
こうした状況は、直接的にエネルギー需給を不安定にするだけでなく、脱炭素を目指す急進的な施策で世界を牽引してきたEUにおいて、エネルギーの安全保障の相対的な重要性を高め、エネルギー政策のパラダイムを「脱ロシア」へとシフトさせる可能性も考えられる。本プロジェクトの第一弾となる論考7では、この可能性を踏まえ、「脱ロシアがEUの気候変動エネルギー政策においてどのように位置づけられるのか」、さらには「天然ガスの利用とそれに伴うリスク」、「原子力の利用とそれに伴うリスク」、「エネルギーをめぐる国際協調体制とエネルギーガバナンス」、そして「公正で人を中心としたエネルギーの変革」、という5つの政策課題に着目し、EUの気候変動エネルギー政策の研究を行っていく考えを示した。
これらの政策課題の方向性や、EUのエネルギー利用のあり方にまつわる議論の動向を理解することは、長期的なEUの政策の全体像を理解するために重要である。不安定な情勢の下、新しい取り組みも次々と打ち出される今、EUのエネルギー政策の全体像を分析し、日本や世界へのインプリケーションを考える材料としたい。
欧州エネルギー政策研究プロジェクトの第二弾となる本稿では、まず「EUの気候変動・エネルギー政策における脱ロシアの位置づけ」を明らかにするために、ロシア産エネルギー依存の脱却を掲げた「REPowerEU」政策を分析する(2章)。つづいて、2章の結論を踏まえ、本研究で着目している残り4つの政策課題に関する議論の動向を紹介する(3章)。
末尾に、参考情報としてREPowerEUに関連する主要な政策文書や制度の一覧を付した。