メディア掲載 エネルギー・環境 2022.08.01
NPO法人 国際環境経済研究所(IEEI)HPに掲載(2022年3月14日)
2021年8月に公表された気候変動に関する政府間パネルの第6次評価報告書 自然科学的根拠(IPCC AR6 WG1)注1)によると、1980~2020年の地球の平均気温は過去170年間で最も高いという。ところが、世界の気温のデータセットは複数存在し、データセットによっては20世紀前半にも現在に匹敵する温暖期があったとされている。中国を対象にした最近の研究注2)によって、20世紀前半の気温が高かったかどうかは観測地点の選定とデータ補正(均質化処理)の有無によって決まることがわかってきた。
中国を対象にした観測研究では、20世紀前半(1920~1940年)と後半(1990年~現在)に温暖期、その間(1950~1970年)には寒冷な期間が存在したことが知られている。ただし、2つの温暖期の気温の大小関係については議論が分かれている。
議論が分かれる理由の一つは、各地点で観測された気温データから都市化による昇温注3)の影響を除去することの難しさにある。すぐに思いつく最良の方法は、都市を除いた田舎の観測地点のみを抽出して中国全体の平均的な気温を算出することである。例えば、米国海洋大気庁による地球全体の気温データセットGHCN(Global Historical Climatology Network)のversion 3には、各観測地点に都市や田舎の判定基準が割り当てられているので、田舎を抽出することは可能である。ところが、長期に渡る気温データのほとんどは都市で取得されているので、これらを除くと解析に使える地点数が少なくなり統計誤差が大きくなってしまう注2)。
そこで、Soon et al.(2018)注2)は、完全なる田舎の地点だけでなく都市化の影響が弱い地点を活用した解析を行った。まず、GHCNのversion 3と4の気温データを人口密度と夜間光強度(夜間点灯する街路灯や建物の光など)の2つの指標に基づいて順位付けした(図1)。そして、得られた結果を5段階(subset)に分けて、時期に応じて可能な限り都市化率が低い地点のデータを採用した。この方法によって、都市化の影響を最小限に留めた「おおむね田舎(relatively rural)の地点」の気温データセットを構築した。
図1 昇順に並べた中国全土のGHCN version 4観測地点における人口密度と夜間光強度注2)。
都市化の度合いは、中国の気温上昇の大きさにどの程度影響するだろうか?1840年から現在までのSubset 1(完全に都市の地点)と5(完全に田舎の地点)の年平均気温偏差の時系列を比較すると、両者の変動傾向は大きく異なっている(図2a, b)。例えば、1940~1950年におけるSubset 5の気温がSubset 1に比べて高く、比較的寒冷な1950〜1990年の気温は逆に低くなっている。この差が都市化の影響であると考えられる。しかしながら、Subset 5には20世紀半ば以前にはデータの空白期間(ギャップ)がいくつか存在し(図2b)、過去100年間の地球温暖化量を連続的に評価することはできない。空白期間を相対的に都市化率の高い地点のデータで代替したものが「おおむね田舎の地点」の気温データセットである(図2c)。この結果から、1940年代の温暖化は顕著であり、現在を上回るほどであったことがわかる。ただし、Subset 5の観測地点の多くは内陸(特に、山岳地帯)に位置しており、海岸に偏っている都市の地点とは気候が若干異なる点には注意が必要である注2)。
図2(a) GHCN version 4(均質化前)を用いた1841〜2016年における図1のSubset 1(完全に都市の地点)、(b)Subset 5(完全に田舎の地点)、そして(c)「おおむね田舎(relatively rural)の地点」の年平均地上気温偏差の長期変動注2)。気温偏差の基準年は1901〜2000年。灰色線:観測データの標準偏差。(a),(b)の右図:該当するSubsetで採用した観測地点の地理的分布、(a),(b)の下図:該当するSubsetの地点数と全観測地点数の長期変化。
もう一つの難しさは、均質化処理と呼ばれる気温データの補正への考え方が研究者によって異なる点である。IPCC AR6 WG1には「均質化(Homogenization)」という節(10.2.2.2節)注1)が設けられ、その目的を各地点の気温データに見られる気候とは無関係の不自然なジャンプや変動を空間的・時間的に「均質」にすることとしている。不自然な時間変動を引き起こす要因の例としては、観測地点周辺の都市化、都市の郊外への移転、観測方法の変化などである注3)。そして、均質化処理を採用すれば長期間かつ広域の気温トレンドの推計誤差を減らせることは「ほぼ間違いない(virtually certain)」としている注1)。
一方で、均質化処理の問題点として、都市化の影響が小さい田舎の気温を上昇させてしまうことが指摘されている注4),注5)。田舎の観測地点の周辺に都市の地点群が存在していると、これらが統計的に均質化されてしまうために都市化昇温が田舎の地点に混入してしまうのである(図3)。このような現象を「都市混合(urban blending)」と呼ぶ注6)。均質化のパターンは図3以外にもいくつか考えられるが、その原理は複数地点のデータを可能な限り近づけることであって、都市化昇温の影響は消えるわけではない注6)。
図3 均質化処理による「都市混合」の概念図。クエスチョンマークは田舎の観測地点であるが、周辺にある都市の観測地点と均質化すると都市化昇温が混入して見かけ上気温が上昇してしまう(図4)。
D‘Aleo(2016)A critical look at surface temperature records, Fig. 32参考
広く使われている均質化手法(Multiple Analysis of Series for Homogenization: MASH)を中国の北京に適用した例を見てみよう(図4)注7)。横軸の都市化率は、解析対象地点の年ごとの衛星画像による都市面積から決定したものである。均質化前のデータ(灰色プロット)では、田舎の観測地点(都市化率ゼロ)の気温上昇率は10年あたり0.02℃以下であるが、都市化率1.8の地点では0.1℃/10年と大きい。均質化後は、後者の地点では気温上昇率が0.06℃/10年に低下し、一見都市化昇温が除去されたかのように見える。ところが、都市化率ゼロの地点の気温上昇率を見ると、逆に0.04〜0.05℃/10年に上昇している(図4、赤矢印)。これが「都市混合」の影響であり、地球温暖化の評価に使える田舎のデータに対して明らかに悪影響を及ぼしている。図4の現象は都市化昇温に限らず、観測環境の悪化により実際の気温が日中過大・夜間過小になる「日だまり効果」注3),注8)などが特定の地点に含まれている場合にも同様に起こりうる。均質化処理が施されたデータセットには「都市混合」による誤差が含まれているという点には十分注意しなければならない注2)。
図4 He and Jia(2012)注7)が行った都市化の度合いに対する1978~2008年の北京周辺10地点における均質化前後の気温上昇量の関係注2)。
観測地点の選定と均質化処理の有無によって、20世紀の気温変動の解釈は大きく変わる。例えば、前述した「おおむね田舎の地点」を対象としたデータセット注2)の気温偏差は1920年頃まで低く、1920〜1940年の間に上昇、その後再び低温で推移し、1980年ごろから再び上昇するという周期的な変動を示している(図5a)。20世紀前半の温暖期は明瞭であり、この期間と20世紀後半の最大値の差は0.42℃であった。ところが、都市の地点を多分に含んでいる場合には、1920年以前と1950〜1980年の気温偏差はゼロに近づき、20世紀前半と後半の最大値の差は0.60℃に広がる(図5b)。この傾向は均質化処理を行うとますます顕著になり、図5aに見られた周期変動は消えておおむね単調増加となる(図5c)。周期変動なのか単調増加なのかの判断によって、地球温暖化の進行速度の見積もりは大きく変わってしまうことになる。
図5(a)中国における「相対的田舎データセット」、(b)全地点を採用した均質化前と(c)均質化後のGHCN version 4、および(d)CMIP5(気候モデル相互比較研究)による中国全体の年平均地上気温偏差の長期変動注2)。(a)および(b)の灰色線:観測データの標準偏差。気温偏差の基準年は1901~2000年。図中の値は、20世紀前半と20世紀後半の最大値の差を示す。
最後に、将来予測で用いられている気候シミュレーションとの比較結果を紹介する。2010年に実施されたIPCCに利用されている気候モデル相互比較研究(CMIP5)の結果は単調増加傾向を示しており、上述した均質化処理を施した観測結果に近い(図5c, d)注9)。図5bに見られた20世紀前半の高い気温偏差は、シミュレーションでは再現されていないようである。この理由として、20世紀前半の温暖傾向が気候システムそのものに内在する自然の変動に由来しており、気候モデルがその影響を過小評価しているのではないかという指摘がある注10)。
20世紀の中国における気温の長期変動に関する研究は、今も継続中である。Soon et al.(2018)注2)は、今後明らかにすべき科学的な疑問を次のように整理している:
以上の疑問に加えて、解析に使用する気温データセットのversionによっても過去の気温変動の解釈は異なってくる。例えば、同じGHCN でもversion 4ではなくversion 3では、20世紀前半の中国の方が20世紀後半(現在)に比べて温暖となる注10)。同じデータセットにもかかわらず、このような違いが何故生まれるのかは不明である。2つのversionで異なる点はversion 4で観測地点数が大きく増加した点であるが、20世紀前半の地点数はほぼ同等なので少なくともその影響ではないという注2)。
また、19世紀の中国は20世紀に比べて寒暖の変動が大きいように見える(図5a)。この期間は産業革命よりも前なので地球温暖化の影響とは無関係であろうが、観測地点数が少なくばらつきが大きい上に都市化の影響も含んでいて結論を出すことができない(図2a)。日本でいうと江戸時代に該当するこの時期は寒冷化が進んでいた「小氷期」と呼ばれるが、実際には気候のもつ周期性によって温暖期と寒冷期が数十年おきに交互に現れる注13)。そして、1850年代前半には現在に匹敵する温暖な夏があったとされている注14)。過去の温暖期が人間社会にどのような影響を及ぼしたかという「気候変動への適応」注15)という観点でも、真の過去の気温変動を明らかにすることは極めて重要である。
注1)
Gulev, S.K., Thorne, W.P., Ahn, J., Dentener, J.F., Domingues, M.C., Gerland, S., Gong, D., Kaufman, S.D., Nnamchi, C.H., Quaas, J., Rivera, A.J., Sathyendranath, S., Smith, L.S., Trewin, B., von Shuckmann, K. and Vose, S.R. (2021) Changing State of the Climate System. In: Climate Change 2021: The physical science basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Cambridge University Press, in press.
https://www.ipcc.ch/report/ar6/wg1/downloads/report/IPCC_AR6_WGI_Chapter_02.pdf
注2)
Soon, W.W.-H., Connolly, R., Connolly, M., O’Neill, P., Zheng, J., Ge, Q., Hao, Z. and Yan, H. (2018) Comparing the current and early 20th century warm periods in China, Earth Science Reviews, 185, 80-101.
注3)
堅田元喜 (2020) 日本の気温は、地球温暖化で何度上昇したのか?
https://ieei.or.jp/2020/10/expl201019/
注4)
DeGaetano, A.T. (2006) Attributes of several methods for detecting discontinuities in mean temperature series, Journal of Climate, 19, 838–853.
注5)
Pielke Sr., R.A., Nielsen-Gammon, J., Davey, C., Angel, J., Bliss, O., Doesken, N., Cai, M., Fall, S., Niyogi, D., Gallo, K., Hale, R., Hubbard, G.K., Lin, X., Li, H. and Raman, S. (2007) Documentation of uncertainties and biases associated with surface temperature measurement sites for climate change assessment, Bulletin of the American Meteorological Society, 88, 913–928.
注6)
Connolly, R. and Connolly, M. (2014) Urbanization bias III. Estimating the extent of bias in the historical climatology network datasets, Open Peer Review Journal, 34 (Clim. Sci.), ver. 0.1 (non-peer reviewed draft).
https://oprj.net/oprj-archive/climate-science/34/oprj-article-climate-science-34.pdf
注7)
He, Y.-T. and Jia, G.-S. (2012) A dynamic method for quantifying natural warming in urban areas, Atmospheric and Oceanic Science Letters, 5, 408-413.
注8)
Sugawara, H. and Kondo, J. (2019) Microscale warming due to poor ventilation at surface observation stations, Journal of Atmospheric and Oceanic Technology, 36, 1237-1254.
注9)
Li, Q., Zhang, L., Xu, W., Zhou, T., Wang, J., Zhai, P. and Jones, P. (2017) Comparisons of time series of annual mean surface air temperature for China since the 1900s: observations, model simulations, and extended reanalysis, Bulletin of the American Meteorological Society, 98, 699-711.
注10)
Soon, W., Connolly, R. and Connolly, M. (2015) Re-evaluating the role of solar variability on northern hemisphere temperature trends since the 19th century, Earth Science Reviews, 150, 409-452.
注11)
Zhou, T. and Yu, R. (2006) Twentieth-century surface air temperature over China and the globe simulated by coupled climate models, Journal of Climate, 19, 5843-5858.
注12)
Soon, W., Dutta, K., Legates, R. D., Velasco, V. and WeiJia, Z. (2011) Variation in surface air temperature of China during the 20th century, 73, 2331-2344.
注13)
堅田元喜(2021a)災害は温暖化そのものではなく寒暖の繰り返しで起こる
https://ieei.or.jp/2021/09/expl210915/
注14)
堅田元喜(2021b)江戸時代にもあった現代に匹敵する猛暑年
https://ieei.or.jp/2021/10/expl211004/
注15)
堅田元喜(2021c)江戸東京野菜の考察(2)気候への適応の形
https://cigs.canon/article/20211214_6439.html