コラム  国際交流  2022.07.27

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第160号 (2022年8月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

国際環境の悪化に加え、感染症の“第7波”で日本経済社会の雲行きが更に怪しくなってきた。

膠着状態のウクライナ情勢や混迷が続く米欧政治に加え、国内における感染症“第7波”で、内外共に経済社会環境に厳しさが増している。しかも7月初旬に大規模の通信障害が発生し、我が国の情報通信技術(ICT)関連インフラの脆弱性が露見した。筆者は高度情報化関連技術の社会的普及に関心がある。このために、ICT関連機器、そしてTelemedicineやe-Learning等で突発事故に遭遇した際のシステム(fail safe systems (FSSs)やcontingency plans、更にはrisk communication等)が不完全な状態だと確信した。

常々、筆者はHarvard Kennedy School (HKS)の友人達と危機管理上の課題を議論している(例えば2005年のHurricane Katrinaや2001年「9・11」等に対する連邦緊急事態管理庁(FEMA)等、連邦・州政府の危機管理体制の問題)。こうした関係から米国の友人から「日本は本当に安全?」というメールが届いた。今、日本は様々な分野で“慢心・無警戒”状態に陥っているのではないだろうか。

我々はまずコロナ禍を克服しなくてはならない。このためには国際協力が不可欠だ。海外では、海事用語の“all-hands-on-deck”を掛詞(かけことば)にして“総員甲板へ”とばかりにコロナ禍の早期克服に研究者が取り組んでいる。これに関し6月末に公表された報告書(“Integrity and Security in the Global Research Ecosystem”)に拠ると、米国を中心に英中伊印といった国々の研究者達が国際研究に注力している事が分かる(p. 4の図1、2参照)。また、コロナ対策に限らず広く多様な研究分野でのglobalizationは深化しており、我々は動きに乗り遅れてはならないのだ(p. 5の図3参照)。

終りの見えないロシア・ウクライナ戦争。猛暑の欧州に対し、“冬将軍”が着実に近づいているが…。

欧州は現在猛暑に悩まされているが、筆者は所謂“冬将軍(Russian Winter/General Frost; Генерал Мороз)”の到来が心配だ。冬季の状況に関して、国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長が6月8日、デンマークのスナボーで発した不吉な言葉が筆者の心に突き刺さったままだ。エネルギー価格高騰に加え、景気後退や米欧政治の混乱・不調和が世界を覆い尽くした結果、NapoléonやHitlerを苦しめた“冬将軍”を味方に、プーチン大統領が大胆不敵な微笑みを浮かべるのでは、と心配している。

現下の戦争における想像を絶する人的・物的被害を顧みる時、筆者が不思議でならないのは、地域研究(regional studies)の情報を、意思決定過程の中へ的確に組み込めなかった点だ。優れたロシア専門家、小泉悠氏は著書の中でウクライナに触れた箇所の冒頭、プーチン大統領がブッシュ大統領に発した言葉を引用した—「ジョージ、ウクライナは国家ですらないんだ! (Джордж, что Украина — это даже не государство!)」(『「帝国」ロシアの地政学:「勢力圏」で読むユーラシア戦略』)。筆者はこれを読んだ後、各国のロシア専門家や国際安全保障の政策担当者は、何故事前に対露警戒心を高めなかったのか、との疑念を抱いている—①優れた地域研究者の声が弱々しかったのか、②偏った知識を持つ地域研究者が総合的な意志決定に参加していたのか、或いは③意思決定者が他の重要事項に気を取られ、優れた地域研究者の意見を重視しなかったのか。筆者のこれらの疑問に関して、内外の友人達と語り合っている。

我々にとって特に重要なのは中露関係の動きだ。残念な事に諸事情が絡み往来どころか交信もままならない。特に情報収集は厳しい制約下にあり、情勢判断は心もとない。今はタフツ大学のクリス・ミラー教授やオックスフォード大学のナラ・ミッター教授等の意見を参考に、過去の中ソ対立(中苏交恶; Сове́тско-кита́йский раско́л)の再出現の可能性を探っている。情報収集と情勢判断に元々能力的限界を持つ筆者ではあるが、今のところ公開情報による分析(OSINT)では(少なくとも)大きな動きは発見出来ない。

筆者が注視している情報は、中国共産党作成の動画だ(«历史虚无主义与苏联解体——对苏联亡党亡国30年的思考»; 英訳: “Historical Nihilism and the Soviet Collapse”)。これはソ連崩壊に向けた米欧の戦略に関する記録と今後中露が協力して欧米に対抗する必要性を示唆するpropagandaで、大変良く出来ている(映像が余りにも見事なので、筆者が中国人だったら完全に信じているかもしれない)。

動画の中でケッサクだったのは、ソ連崩壊直後のエリツィン大統領に失望したソルジェニーツィン氏がプーチン大統領を賞讃する場面だ。スターリン時代を思慕する今の大統領を知ったら、亡きソルジェニーツィン氏はどう思うだろうか。この偉大な作家はノーベル文学賞受賞後に米国で講演した。その時、彼は第二次世界大戦時の米国側の対ソ援助を批判した。ロシアの諺“Do not call a wolf to help you against the dogs (Волка на собак в помощь не зови)”を示し、彼は「Hitlerという狂犬のためにStalinという獰猛な狼に助けを求める」という過ちを犯した米国を批判し、ロシア・ウクライナについて米国が余りにも無知だと語ったという(Rooseveltは、駐ソ米国大使Bullittの警告を重視すべきだった!!)。

いずれにせよ、中露両国から漏れて来る情報は限られ、しかもそれが当局のプリズムを通して流れ出て来るため、情報収集・情勢判断をそれだけに頼る事は出来ない。そして今、米国の優れた中国専門家でUC San Diegoのスーザン・シャーク教授の著書(Changing Media, Changing China)を思い出している—嘗てのSino-US Rapprochement (中美关系解冻)の時には、中国共産党の機関紙等よりも、New York Times紙の方が正確かつ早期に中国首脳の考えが理解出来たという。だが、今となってはそれも不可能だ。

世界が激しく対立する中で、“分岐化したグローバル化(bifurcated globalization)”が着実に進んでいる。こうした中、筆者は海外のAspen Security ForumやEuropean Robotics Forumに関して友人達と議論している(一日も早く世界全体で議論出来る事を祈りつつ…)。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第160号 (2022年8月)