メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.07.08

戦争の経済的影響の分析は、公衆衛生への長期的影響をより良く考慮に入れなければならない

Le Mondeに掲載(2022年6月28日)


この記事はアジア経済に関する月1回のコラムシリーズの1本として、2022年6月28日付けの仏ル・モンド紙に当初掲載されたものである。原文は以下のURLからアクセスできる:(翻訳:村松恭平) https://www.lemonde.fr/international/article/2022/06/28/l-analyse-des-consequences-economiques-des-guerres-doit-mieux-prendre-en-compte-les-effets-de-long-terme-sur-la-sante-publique_6132283_3210.html

東南アジア

米空軍が枯葉剤を散布してから30年が経っても、貧しい女性たちと少数民族の間でより多くの健康障害が生じていることを二人の経済学者が示した。このことについて、EHESS教授で日仏会館・フランス国立日本研究所およびキヤノングローバル戦略研究所の研究員であるセバスチャン・ルシュヴァリエがコラムの中で報告している。


戦争は経済にいかなる影響を及ぼすのだろうか?

人的損失と物的破壊の観点で悲惨な短期的影響とは別に、経済成長に与える長期的影響がプラスともマイナスとも言えないか、プラスでさえあるということが様々な研究によって示されてきた。その反面、元兵士や民間人とその家族および子孫たちの身体的・精神的健康への長期的影響を分析する研究は非常に少ない。

日本とベトナムの二人の経済学者が行った今回の研究の意義はそこにある。研究テーマは、ベトナム戦争時に米空軍が散布した枯葉剤による被害を受けた人たちの、健康障害の進行傾向に関する長期的影響だ(Long-Term Effects of Vietnam War: Agent Orange and the Health of Vietnamese People After 30 Years, Trong-Anh Trinh and Nobuaki Yamashita, Asian Economic Journal, n°36/2, June 2022)。

この二人が入手した米国防総省のデータによれば、1961年から71年にかけて合計7,500万リットル以上の除草剤が南ベトナムの国土の約4分の1に散布された。なかでも(ダイオキシンを含む)枯葉剤がこの戦争時に米軍によって最も多く使用された。その特異性の一つは、化学汚染の影響が長期に亘って続くというものだ。枯葉剤が生態系に一度吸収されると、その影響はなかなかなくならない。この物質は主に有機物の摂取によって人間の中に取り込まれる。

ベトナム戦争後に生まれた人びとも含め、この国で観察されたダイオキシン被害による健康への多くの深刻な影響の中には、癌や糖尿病だけでなく生まれつきの障害もある。たとえば、二分脊椎(脊柱の異常)、認知障害、そして四肢の欠損あるいは変形である。

脆弱なグループ

二人の経済学者はこの研究を行うために、枯葉剤散布に関する地理的に非常に詳しい米国のデータと、2009年に実施された国勢調査に関するベトナムのデータを比較対照した。ベトナムのデータには、個々人に生じた健康障害の傾向についての情報が含まれている。二人は戦争終結(1975年)後に生まれた農村部の人びとを主な対象とし、被害が大きかった地域とより小さかった地域を比較した。そうすることで枯葉剤に関係した長引く影響と、戦争によるより直接的なほかの影響を識別することができた。この研究を進める際のもう一つの困難は、人びとの移住だ。したがって彼らは近ごろ転居していない人と、あまり移動することのない少数民族に焦点を当てた。

彼らの研究結果は非常に明快だ。戦争が終結してから30年以上が経っても、被害を受けた地域に住む人びとの間では枯葉剤による悪影響が確認された。身体の自由が利かなかったり、聴覚や記憶に障害を持つ傾向がはっきりと、より多く見られたのだ。こうした影響は、医療機関のみならず教育資源へのアクセスが少なかったとみられる女性たち、中でも最も貧しい社会階層の女性たちに集中している。特に、それらの地域の外に移住する機会がほとんどない少数民族の人びとが影響を受けていた。

この研究から引き出せる教訓は二つある。一つは、戦争の経済的影響の分析は、物的破壊と人的損失に加えて、公衆衛生への長期的影響——そこには戦争後に生まれた人びとも含まれる——もより良く考慮に入れなければならないということだ。もう一つは、戦後の再建政策は、社会的・民族的・ジェンダーの基準に応じて脆弱なグループをより良く特定し、長期的戦略においてそうした人びとを対象として資源を振り向けなければならない。ベトナムに当てはまることは、中近東、それに欧州にも当てはまる。