コラム 国際交流 2022.06.29
小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。
戦争勃発で“分岐化したグローバル化(bifurcated globalization)”は未だ修正されず、世界経済の見通しは暗い。
Harvard出身で欧州中央銀行(ECB)のフィリップ・レーン専務理事は、5月5日、欧州のthink tank (Bruegel)の会合で、欧州の物価動向に関し、いつも通りの冷静な態度で語っていた(小誌前号、2参照)。だが、6月23日にECBが公表した資料によると、物価の上昇は予想以上だ。またドイツのthink tank(独経済研究所(DIW))は、6月14日、思慮深い政策立案の必要性を説いて、1930年代の経済政策の失敗が「GDPを4.5%引き下げ、331万人の失業者を生み、Nazismの台頭を許した」と述べた。
そして昔と現在では諸条件が異なっていると断った上で、「とは言え、昔同様の偏狭な国粋主義が欧州とドイツ国内に観察され、不安材料が出現している(Aber auch in Europa und in Deutschland lassen sich verstärkt nationalistische Töne vernehmen, die vor diesem Hintergrund Anlass zur Sorge bereiten könnten)」と語った(DIW Wochenbericht Nr. 24)。
欧米程ではないものの、日本経済も物価上昇の影響を受け始めている。視界不良の国際政治経済の中で6月8日に公表された経済予測を見ると、不安は隠せない(p. 4に示した経済協力開発機構(OECD)の改訂された景気見通し(図1)を参照)。
緊迫した国際関係の中で“協力”よりも寧ろ”競争”の意識が産業政策の中にも深く浸透し始めた。米国国防総省(DoD)は2月に“Technology Vision for an Era of Competition”を公表したが、これに関連し米国のthink tank(新米国安全保障センター (CNAS))は報告書(“Reboot: Framework for a New American Industrial Policy”)を5月24日に発表した。そして6月22日、CNASはDoDのinnovation推進担当部局(Defense Innovation Unit (DIU))のトップを今秋退任する予定のマイケル・ブラウン氏を招き、これまでの成果と今後の課題を聞いた。
彼はDoDが重視する14の技術分野のうち大半が民間部門と協力可能なもので、米国流の軍民協力体制の必要性、また国際研究ネットワークの重要性を語った(p. 5のDIU’s Annual Reportの図2, 3参照)。
他方、5月30日に北京に在る研究所(中国人民大学重阳金融研究院(人大重阳) (RDCY))主催の会合に参加した著名な経済学者(中国国际经济交流中心 (CCIEE))の陈文玲氏)が、世界を驚かせるような言葉を発した。
会合での報告(「ロシア・ウクライナ戦争勃発後の米国の対中政策と中国の対応策(俄乌冲突以来美国对华政策进展评估与中国应对)」)に関して意見を述べた際に、台湾の最先端半導体企業(TSMC)を“中国のものにする(抢到中国手里)”と語ったらしい。彼女の発言に対し、特に台湾国内で危機感が高まっている。
こうして“分岐化したグローバル化”の下、“技術”は人類全体で“協力”する対象から、反対に国・組織・個人の間で激しく“競争”する対象になっている。これに関し筆者は国際学術会議(ISC)での科学技術研究が認められて、6月7日にノルウェーの学会から表彰されたシーラ・ジャサノフHarvard Kennedy School (HKS)教授の本(The Fifth Branch: Science Advisers as Policy Makers)を思い出している
—The bomb that dropped on Hiroshima on August 6, 1945, shattered not just bodies and buildings but also the myth that scientists can remain detached from the uses of their knowledge。即ち、科学者は“軍民両用技術(dual-use technology (DUT))”という性質を理解しなくてはならない。しかも研究者自身の研究分野の“用途”に無関心である事は許されない点を銘記すべきなのだ。複雑な国際環境の中で、日本の研究者の態度が問われている。
AIの発達により、Human-Machine Interaction (HMI)が今後一層重要な課題になってくると考えられる。
AIが様々な分野で本格的に利用され始めた。Stanfordの研究所(HAI)の3月公表の資料に拠れば米国政府の中で最もAIを利用しているのはDoDだ(p. 6の図4参照)。ところでこの資料に戻ると、不思議な事に日本の“姿”が見えない(p. 6の図5参照)。
AIが人間に取って代わるという話に関し新作映画(Top Gun: Maverick)は興味深い—トム・クルーズ演じるpilotに対して、海軍少将が“The end is inevitable Maverick, your kind is headed for extinction”と言うが、pilotがそれに対し“Maybe so, sir. But not today”と応える場面が印象的だ。
映画の日本語字幕・吹替を監修された永岩俊道元空将の助言を基に人と機械との“協働”というHMIを再考している。と同時に、筆者は日本の名戦闘機「零戦」を思い出している。1942年、米国陸軍の情報部は「零戦」情報を作成した(“Informational Intelligence Summary No. 85: Flight Characteristics of the Japanese Zero Fighter”)。この資料の結論が簡潔明瞭で興味深い—"Never attempt to dog fight the Zero.”即ち「零戦との巴(ともえ)戦は避けよ」「強敵の零戦とは単独での巴戦を避け、編隊で、また技量を補う高性能の戦闘機で対抗せよ」なのだ。
名機「零戦」は日本の名パイロットによってのみ戦果を上げる事が出来た。これに対して米軍は操縦が簡単で、防御性を高めたF6Fを作り、素人っぽい若いパイロットがレーダー誘導に従い編隊を組み、過労と栄養不足でフラフラとなった日本のパイロットに対し襲いかかったのだ。換言すれば日本の“個人”的な“離れ技・名人芸”に対し米国は“組織”的な“技術”で戦った—即ち“優秀なcomponent”対“科学的system”の戦いだ。
戦争遂行に関して日本はシステム的思考に欠けていた—滑走路の建設では、日本のツルハシ、ローラー、大八車に対し、米国はブルドーザやジープだ。また日本は基地での整備士不足や通信機器の不良に悩まされた。そして「零戦」の後継機、名機「紫電改」の製造体制も驚きだ。徴兵制下での熟練工不足を解決するために、川西飛行機の工場では“徴用工”として女子学生や阪神タイガースや阪急ブレーブスの野球選手、そして相撲の関取等が製造現場に登場した。当然の事として製造機数は増えたが、実際に“飛行して戦える”機数は限られたものだった。
AIが社会に深く浸透してゆく時、日本はcomponentとしてのAIではなく、systemの中のAIの役割を考えなくてはならない。換言すれば、個別に“部分”を考える形式(silo structure)を避けて全体を包括的に組み立てる(transdisciplinary)方式に移行すべきなのだ。