5月下旬から6月上旬にかけて、2年2か月ぶりに米国に出張した。新型コロナウイルス感染症の拡大以前は毎年数回定期的に会っていた中国専門家などの友人たちと再会を喜び合い、最近の米中関係を中心に意見交換した。
出張の都度訪れていたレストランが2年余りの間にいくつも閉店してしまい、寂しい想いをしたが、それ以上に心が痛んだのは、米中関係が一段と悪化していたことだった。
以前は比較的中立的だった経済分野の友人らも中国に対する批判的な姿勢に傾いていた。
発足から1年4か月以上経過したジョー・バイデン政権は、依然として対中政策のビジョンがないと多くの中国専門家が指摘する。
中国側の問題点は指摘しても、それに対して米国としてどのような方針で対処しようと考えているのか、中長期的な対中戦略が示されていない。
米中対立深刻化の根本的な原因は、両国とも国内政治における世論の支持確保を重視して、互いに相手国に対する強硬姿勢を強めていることにある。
両国の内向きの姿勢を修正しない限り米中関係が改善する見込みはない。そのきっかけが見つからないまま、両国の対立がますます深まっている。
中国は自国の政治体制が欧米先進国の民主主義政治と異なることなどから、以前から米国をはじめとする西側諸国の内政外交・経済社会に対する理解が不十分である。
一方、米国では1979年の米中国交樹立以降、多くの国際政治学者らが中国を研究し、中国国内にも率直に意見を交換し合う信頼できる友人を持ち、中国の内政外交・経済社会情勢について深く理解していた。
しかし、その状況がここ数年大きく変化した。
バラク・オバマ政権後半以降、それ以前の対中融和姿勢から強硬姿勢へと方向転換が始まり、ドナルド・トランプ政権時代に対中強硬策が本格化。
バイデン政権もトランプ政権の対中強硬路線を継承している。
特に、2022年に入ってから、中国政府の合理性を欠いたゼロコロナ政策への固執とウクライナ侵攻を巡る中ロ関係の緊密化が米国内の反中感情を一段と高めた。
今秋には中間選挙を控え、すでに選挙戦が始まっている。
ロシア・ウクライナ戦争後、米国民の80%以上が反中感情を抱くようになった国民感情を意識し、対中強硬姿勢の強調は党派を超えた共通の前提となっている。
他方、中国も今秋に第20回党大会(中国共産党全国代表大会)が予定され、習近平主席の3期目への任期延長が決定される見通しである。
この就任を政治的により円滑なものとするため、中国も国内のナショナリズムを強く意識した対米強硬姿勢を継続し、米国に対抗して「戦狼外交」を展開している。
このように両国の外交姿勢が内向きの思考によって縛られている現状を考慮すれば、当面、両国間での対話による歩み寄りの可能性はほぼないと見られている。
米中対立が深刻化する中、米国内では国交樹立以来対中外交の前提とされてきた「戦略的あいまいさ(Strategic Ambiguity)」を放棄し、「戦略的明瞭性(Strategic Clarity)」へと転換すべき時期を迎えているとの意見が増えてきている。
「戦略的あいまいさ」とは、中国が台湾を武力統一しようとする場合、米軍が台湾を防衛するかどうかをあいまいにする姿勢を指す。その意図は、次のとおりである。
米軍が台湾を防衛すると明言すれば、台湾が米軍の支援を頼りにして独立に向かう可能性が高まる。これは中国を挑発して米中武力衝突を招きやすくする。
一方、米軍が台湾を防衛しないと明言すれば、中国が台湾武力統一に向かうハードルが下がる。
以上のように、米軍がいずれかの姿勢を明言すれば、いずれの場合も米中武力衝突の抑止にはマイナスとなる。
こうした事態を回避するため、米国はこれまで台湾防衛の方針をあいまいにする姿勢を貫いてきた。
これは中国、台湾の双方を抑止する効果を持つため、「二重の抑止」と呼ばれている。
ところが、最近その姿勢に対する異論が唱えられ始めている。現時点ではまだ少数派であるが、従来のあいまい戦略を放棄して台湾防衛を明言すべきであるとの主張である。
これは、米国が台湾防衛姿勢を明示しなければ、中国が台湾武力統一に動くことを抑止できない可能性が高まっているとの見方に基づいている。
今のところバイデン政権がこの方針を採用する可能性は低いと予想されてはいる。しかし、それを支持する声は着実に増加傾向にあると見られている。
米国議会では、戦略的明瞭さへの移行を主張する議員から、台湾への米海軍の戦艦派遣や米台合同軍事演習を実施すべきだとの議論も行われているという。
そうした主張をする人々の一部は、次のようなシナリオを描いている。
米国が台湾独立を支持することにより、中国を挑発して台湾武力侵攻に踏み切らせ、ウクライナ侵攻後のロシア同様、中国を世界の中で孤立させる。
そうなれば、多くの外資企業が中国市場からの撤退または中国市場への投資縮小に踏み切るため、中国経済が決定的なダメージを受け、中国経済の成長率が大幅に低下する。
それにより米国の経済的優位が保たれ、一国覇権体制が安泰となる。
今のところ米国内でも、昨夏アフガニスタンから撤退したばかりで、「もう戦争はしたくない」という意見が多いため、こうした中国挑発論に対して反対する声の方が多い。
しかし、マイク・ポンペオ前国務長官による台湾独立支持発言など、中国に対する挑発は事実上続いている。
中国側もそれに対抗して台湾防空識別圏に中国軍機が侵入を繰り返すなど、台湾を巡る両国間の緊張関係は予断を許さない状況にある。
米国のNBC放送では5月13日、米国軍事専門家による中国の台湾武力侵攻と米軍反撃のシミュレーションをオンラインで配信。
中国が武力侵攻を決意し、初日の中国軍の先制攻撃で日本の米軍基地がミサイル攻撃を受けるところからシミュレーションは始まっていた。
米国の軍事専門家によれば、ミサイル攻撃の対象となる米軍基地は、横田、横須賀、嘉手納、普天間など。それによる日本人民間人の死傷者数は数十人から数百人と予想されるという。
台湾有事の場合、日本本土が戦争に巻き込まれて自衛隊が参戦する可能性が高いことは日米両国の安全保障専門家の共通認識となっている。
これが米国の中国挑発政策に日本が追随することが招くリスクの中身である。米国は日米共同作戦の展開を期待するが、日本国民にはその認識も覚悟もまだない。
筆者の知る限りでは、米国内の中国専門家の多数派はこうした中国に対する挑発姿勢を継続することに対して批判的である。
米国として米中武力衝突を抑止することを主眼とするべきであり、米中対立改善のためになすべきことが残っているという主張である。
しかし、バイデン政権は、台湾独立を支持しないとの発言を繰り返すだけで、上記のような台湾問題のリスクを十分に抑制しようとしていないとして、同政権の対中政策に対する中国専門家の評価は厳しい。
その主な理由の一つが中国の脅威を誇張し、それに基づいて対中強硬政策論を展開している点である。具体的には、
(1)中国は米国の覇権を奪い取ろうとしている
(2)2027年までに台湾を武力統一する
(3)習近平主席は皇帝のような終身制の地位を確保した
(4)中国政府は民間企業を抑圧する方向へ舵を切った、などの主張である。
いずれも100%間違っているとは言えないが、蓋然性が高いとは言えず、国家の政策立案の前提とするには、それを示す根拠が不明確である。
例えば、中国が2027年までに台湾武力統一に動くとする見方について言えば、これは米国国防総省の報告の中に示されているという。
しかし、それを書いた本人に対してある中国専門家が根拠を問うたところ、「この年が人民解放軍設立100周年に当たるからである。ただし、自分は断言したわけではなく、一つの可能性として考えられると述べたに過ぎない」と回答したとされる。
この政府文書を読んだ米国インド太平洋軍前司令官のフィリップ・デービッドソン氏は、2027年までに中国が台湾武力侵攻の可能性があると公言した。
それを受けて米国議会ではこれが対中政策に関する議論の前提となっており、反中感情を増幅させている。
米国内でも中国専門家はこうした中国脅威論の誇張を批判している。
しかし、政府や議会ではそうした冷静な意見には耳を傾けず、誇張された中国脅威論に基づく対中政策を議論することが一般化しつつある。
それは、米国内でも特殊な政治都市であるワシントンDC内でのエコチェンバー効果(注)の影響で対中強硬論に歯止めがかからなくなっていることが大きく影響しているとの見方で一致している。
(注)似たような意見を持つ人々が集まる場において、互いの意見が肯定されることで、それが正しい内容であると思いこみ、特定の意見が増幅される現象。この結果として、異なる意見を排除することが正当化されやすくなる。
こうした議論が政府や議会で継続している背景には、米国政府内の対中政策を考えるブレーンの中に真の中国専門家がいないことが影響しているとの指摘がある。
トランプ政権以降、バイデン政権においても、政権の中枢で対中政策を企画立案している人物はいずれも反中の立場である。
以前に比べて米国の政策運営が一段と政治化(politicized)されているため、中国専門家はそもそも反中の立場でなければ政府に採用されない。
政府関係の仕事につきたい若い国際政治学者たちは、それを意識して反中的立場から学術的論文などを発表する傾向が強い。
そうした人物は中国側から警戒されるため、中国政府中枢との人脈形成は困難である。
どの国の政府関係者でも自国に対して敵意を抱く専門家とは率直に意見交換をしようと思わないのは当然である。
こうした事情を背景に、バイデン政権内部には中国政府が本心で何を考えているかを理解できる情報入手ルートがない。
トランプ政権時代に機能していた、劉鶴副総理とムニューチン財務長官・ライトハイザーUSTR長官との間のハイレベルのコミュニケーション・ルートさえも途切れたままである。
このため、自分たちが仮説を置いて推測するシナリオを検証する方法がないため、中国に関する思い込みの修正が効かない。
これはバイデン政権の構造欠陥と言える重大な問題点である。
その結果、誇張された中国脅威論を前提に対中政策が企画立案される状況が続いている。
加えて、中国の「戦狼外交」に代表される対米強硬路線が米国側の警戒感に拍車をかけ、米国の中国脅威論を正当化する根拠にされている。
以上のような米中対立深刻化を憂慮して、米中武力衝突抑止を主張する米国の複数の中国専門家が筆者に対して、日本の積極的な役割を期待していると語った。
米中対立を緩和するためにはゼロサムが前提の外交安保ではなく、ウィンウィン関係に基礎を置く経済からのアプローチが重要である。
例えば、足許のインフレ抑制のためには、中国製品に対する輸入関税の引き下げを実施すれば米国の消費者物価上昇率を1.3%押し下げるとの報告が米国のシンクタンクPIIE(ピーターソン国際経済研究所)から発表された。
ジャネット・イエレン財務長官はこれを支持し、多くの有識者もこのアイデアに賛同している。
しかし、バイデン政権としては、中間選挙の勝利のために不可欠な3州(オハイオ、ミシガン、ペンシルバニア)の選挙民の自由貿易に反発する感情に配慮するため、関税引き下げ政策は見送られるとの見方が一般的である。
このような内向き外交の状況が続く限り、米中間の対話ルートの復活は難しい。
そこで米国の中国専門家は、日本がより積極的なリーダーシップを発揮して日欧連携、特に日独仏の3国主導によるミドルパワーの連携に期待していると筆者に語った。
ミドルパワーの連携による米中両国に対する融和に向けての働きかけである。
ある著名な中国専門家は、日本政府からバイデン政権に対して、「Do More, Say Less」(米国としてより積極的に中国に対して働きかけ、中国を挑発する発言を抑制する)というアドバイスを送ってほしいと語った。
米中両国の間で仲介機能を担える立場にある日本政府のリーダーシップに対する期待が高まっている。