メディア掲載  エネルギー・環境  2022.06.15

気候変動より脱炭素こそリスク

産経新聞 2022年6月10日付「正論」に掲載

エネルギー・環境

今年も大雨の季節になった。災害の度に気候危機だ、脱炭素が急務だ、とする意見がメディアに溢(あふ)れるが、本当だろうか。

統計の使い方に誤りあり

「気候変動で災害が50年間で5倍になった」という報道を多く目にする。東京都の資料「カーボンハーフに向けた取組の加速」でも「気候危機の一層の深刻化」の証拠の筆頭で取り上げている。情報源は世界気象機関(WMO)の報告書だ。だがよく読むと5倍になったのは災害の「報告件数」である。ここにトリックがある。

災害というのは、家屋や道路などが被害を受けたときに記録される。過去50年間、世界がより豊かになり人口も増えるにつれ、より多くの財産が危険にさらされるようになった。そのせいで災害も増えてきたのだ。また行政機関が整備され世界各地から報告がよく上がるようになった。だから報告件数が増大したのは当たり前だ。

似たようなトリックが日本の環境白書にあり、自然災害による「損害金額」のグラフを見せ、気候変動のせいで増大したと示唆される。だがこれも増大した理由は人間の経済活動であって、気象自体が激甚化したわけではない。

国連の諮問機関であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書にも「災害による食料の損失量」の図があり、気候変動のせいで損失が増大したとしている。だが食料生産量が増えたのだから、損失量が増えたのも当たり前だ。

あるべき統計がない奇妙

「気候変動のせいで」災害が激甚化したと言いたいのであれば、経済活動の増大に影響される指標ではなく、物理的な気象観測データを調べるべきだ。すると何一つ「激甚化」など起きていない。温暖化による影響かどうかを云々(うんぬん)する以前の問題だ。台風は風速33メートル以上になると「強い」以上に分類されるが、この数は増えていない。他のどの指標を見ても統計は台風の「激甚化」など示さない。

大雨にはさまざまな指標があるが、雨量は増えていないか、増えたとしても僅かだ。大気が保持可能な水蒸気の量は1度気温が上昇すると約7%増えるので、過去約1度の地球温暖化によって雨量が7%程度増加した可能性はある。だが統計的に検定してみると利根川、多摩川を含め、日本の大半の流域では洪水に対する計画期間(利根川ならば3日)の年最大雨量に増加傾向はなかったことが国土交通省の資料で示されている。

生態系への環境影響についても、観測の統計は「気候危機」など示していない。地球温暖化で絶滅するといわれた北極のシロクマの頭数は、1960年ごろは1万頭程度だったが、今では3万頭を超えて観測史上最大になっている。温暖化で壊滅的被害を受けるといわれたオーストラリアのグレートバリアリーフのサンゴ礁面積も観測史上最大になっている。

日本の環境白書も、この2月に発表された3千ページを超えるIPCC2部会の環境影響報告も、このような観測の統計を図示しない。もとより地球環境の理解には、観測データ、就中(なかんずく)その統計こそが不可欠なのにこれは奇妙だ。

圧倒的に多いのはコンピューターによるシミュレーションの結果だ。だが地球環境は極めて複雑だ。大幅に現実を単純化した上に不確かな前提に基づくシミュレーションに専ら頼るのは不適切だ。

まともに観測の統計を調べると、「気候変動による」災害の激甚化とか生態系の破壊など皆無なことが分かる。かかるデータを見せずにレトリックでひたすら危機感を煽(あお)り、2050CO2ゼロという極端な目標に人々を駆り立てるのは科学的でない。

温暖化より中国こそ脅威

CO2濃度は江戸時代末の1850年頃に比べて約1.5倍の420ppm近くになった。この間、地球の気温は約1度上がった。仮にこれまでの温暖化の原因が全てCO2とすると、あと1度上がるのはCO2濃度がさらに1.5倍の630ppmになった時である。だがこれは国際エネルギー機関の予測に基づけば、2019年以降に温暖化対策を強化しないとしても2090年ごろになる。これまで1度の上昇があったのに災害の激甚化など観測されなかったのだから70年かけてあと1度の上昇で急に大惨事になるとは考えにくい。

そもそも人類が毎年排出するCO2の半分は海洋や陸地に吸収され、排出を半分にすれば大気中の濃度上昇は止まり、温暖化も殆(ほとん)ど止まる。気候変動枠組み条約はこの「濃度安定化」を目標にしていたが、国際政治の中でゴールポストが動かされ、CO2ゼロという実現不可能な目標が掲げられた。

温暖化のリスクを温暖化「対策」のリスクと比較すると、2050CO2ゼロという極端な目標は全く正当化できない。ドイツのエネルギーベンデ(転換)政策は大失敗し、ロシアへのガス依存に陥り、遂(つい)にはウクライナでの戦争という破局を招いた。日本もこのまま脱炭素に邁進(まいしん)すれば、製造業は崩壊し、国力が失われ脆弱(ぜいじゃく)になり、中国に乗じる隙を与えるだろう。