メディア掲載  外交・安全保障  2022.06.01

日米韓安全保障協力の復元をめざす尹錫悦次期政権

月刊『東亜』 No.659 2022年5月号(一般財団法人 霞山会 刊行)に掲載

朝鮮半島

510日に発足する尹錫悦次期政権は、文在寅政権が弱体化させた米韓同盟を強化し、日韓関係を速やかに改善することを打ち出している。さらに、日米韓の3カ国協力の復元を最重要課題と位置付ける。その背景には何があるのだろうか。


本年3月に実施された韓国大統領選挙において、保守系野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)候補が史上稀に見る僅差で、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補の得票数を上回り当選した。文在寅大統領が任期終盤に40%台の支持率を維持するという好条件を生かせないまま、与党は政権維持を果たすことができなかったのである。

尹氏は選挙結果を受けてすぐに「当選人」という法的地位を得た後、法律に基づき「政権引き継ぎ委員会」を発足させ、5月の新政権樹立へ向けた準備と現政権からの業務引き継ぎを行っている。業務を主導する委員長には、選挙戦終盤の最後で候補一本化に協力した安哲秀(アン・チョルス)氏を任命し、報道官には安氏の側近を活用するなどの政治的な配慮をとりつつ、要職には自らを支えてきた重要人物を充てている。

尹氏は汝矣島(ヨイド:日本での永田町)での政治経験がなく、検事一筋というキャリアを築いてきた。そのため、党候補者選定段階から尹氏が大統領候補に相応しいのかが問われてきた。しかし、尹氏でなければ保守陣営をまとめられなかった事情がある。2017年の政権交代後、保守勢力が長期に渡って低迷した原因は、李明博元大統領に近い「親李系」と朴槿恵元大統領に近い「親朴系」との間で長年内部対立を繰り返してきたことによるものだ。挙戦中盤に陣営内の対立により自らの選対を一度解散させ、新たな体制で活動を始めると、政権交代へ向け党内基盤が予想以上に早く整ったのは、尹氏の政治キャリアが良い方向に作用したからだろう。

尹錫悦氏が掲げる外交安全保障政策の特徴は、文政権が推進してきた「対話による平和」とは対照的に、「力による平和」を前面に掲げていることである。その力の源泉は、自国の国防力を高める努力を建前としつつ、米国との同盟に基づく強力な米韓連合戦力が基盤となっていることだ。尹陣営は「文政権の5年間で米韓同盟が弱体化した」という強い問題意識を持っており、強固な米韓同盟を再構築することを最優先の課題としている。

410日に先行発表された一部の閣僚人事では、国防部長官に米国通のイ・ジョンソプ元合同参謀本部次長が内定した。同氏は陸軍中将で退役しており、大将経験者ではない人物が国防部長官に選ばれるのは18年ぶりのことである。すでに尹氏は人事の方針として能力最優先で適材適所に行う方針を明確にしていることから、米韓同盟再強化のために最も適した人物だと判断したのだろう。また13日には、外交部長官に、尹氏の出身大学であるソウル大法学部の先輩で外交安保ブレーンの朴振(パク・ジン)議員が内定した。朴議員は長年米韓関係の発展に貢献してきた人物であり、すでに米国へ二度派遣(1回目:特使・2回目:韓米政策協議団長)されている。外交と国防の二本柱に米国通の人材を充てることで、米韓同盟を再構築することに全力を注ぐ方針である。

それでは、具体的にどう再構築していくのか。まず第一に、文政権時代に大幅に規模が縮小された春と夏の米韓合同軍事演習をどう復元させるのかが焦点となるだろう。第二には、在韓米軍による首都圏地域へのTHAAD追加配備を認めるのか。そしてこれに呼応して201710月に文政権が中国に約束したいわゆる3不原則(3NO)を撤回するのかどうか。撤回するのであれば、中国に対してどのような外交的アプローチで接近するのかが注目される。第三の問題として、文政権が任期内の完了に拘った戦時作戦統制権返還プロセスの速度をどう調整するのか。国際・地域情勢および周辺国との関係を睨みながらそれぞれ進展させていくことが予想される。

ちなみに、すでに政権交代を見据え、次期政権の「力による平和」を彷彿させる動きが現れている。324日に、北朝鮮がICBMとみられる弾道ミサイルを発射すると、その2時間後に韓国軍は保有する玄武-Ⅱ地対地弾道ミサイルなどを発射して武力示威を行っただけでなく、翌25日に徐旭(ソ・ウク)国防部長官自らが空軍基地に出向いて、韓国空軍が40 機保有するF-35Aのうち、27機が一斉に滑走路上に集結して力を誇示する「エレファント・ウォーク」を実施した。こうした軍事的示威行動の応酬は、われわれの記憶にも新しい2017年末までの朝鮮半島における緊張状態が戻りつつあることを示唆すると同時に、文在寅大統領が最優先課題として推進してきた南北融和政策の終焉を意味するのだろう。

選挙戦で尹氏は一貫して米韓関係の再強化を最重要課題と位置付け、それに伴い日韓関係と日米韓3カ国の関係も強化すると訴えてきた。朴振議員が「韓米日関係が回復し協力がうまくいけば、中国がむしろ韓国の立場を尊重し、韓国の声に耳を傾けるだろう」とメディア出演の際に答えているように、新政権は米中との間でのバランスを重視した現政権とは異なり、日米韓3カ国協力という強固な基盤を前提に、中国に対して言うべきことを言う姿勢を明確にしている。さらに日韓関係については、「グランド・バーゲン論」をかかげ、日韓の間に横たわる懸案を一気に解決することを模索している。

こうした日本側が予想もしなかった急進的とも言える解決策が提示された背景には何があるのか。筆者の見立てでは、尹氏を支える外交安保ブレーンの間では、過去5年間の文政権による日本軽視とも受け取れる政策により、単に日韓関係だけでなく、韓国を取り巻く安全保障環境がこれまでになく著しく悪化したと認識していることがあると考えられる。

例えば、20181220日に起きた韓国海軍艦艇によるレーダー照射事件後、翌1971日に日本政府が発表した対韓輸出管理の厳格化によって、同月19日に韓国政府は日韓GSOMIAの終了を発表。その直後の23日に、初めて中露の空軍機が対馬海峡を通過した後、ロシアの早期警戒管制機が竹島周辺上空を飛行して、韓国空軍機がロシア機に対して警告射撃する事案が発生。最近では、昨年1118日に行われた日米韓次官級協議の共同記者会見の直前に、韓国の警察庁長官による竹島訪問が明らかとなり、日本側が会見をキャンセルした。そしてその直後の19日に、中国とロシアの空軍機が日本海を飛行している。

日韓関係の悪化と日米韓安保協力に綻びが出たことによって生じた「力の空白」に乗じた中ロの接近と協力関係の深化は、韓国の安全保障にとって死活的な問題だ。さらに、ロシアによるウクライナでの国際秩序と法を無視した力による現状変更を目の当たりにしたことで、日米韓3カ国協力の復元へ向けた動きが加速することは確実である。