メディア掲載  グローバルエコノミー  2022.05.11

改革へ社会的一体性 再生を

日本経済新聞【経済教室】(2022年4月28日)に掲載

経済政策

<ポイント>

○日本型資本主義の総体見据えた改革必要

○不平等感が高まり社会の二極化の兆候も

○成長の果実を共有できる制度設計が重要


岸田文雄首相が提唱する「新しい資本主義」を巡っては、漠然としすぎていて中身がないとか、大衆迎合的だといった批判の声が聞かれる。筆者は今こそ日本型資本主義を再構築すべき時だと考えている。本稿ではその理由を説明したい。

戦後日本の高度成長の原因については何通りかの説明が定着している。筆者のみるところ、日本型資本主義の強みを支えてきた二本柱は、制度的整合性と社会的一体性である。

筆者はブリウー・モンフォール・上智大准教授との2017年の共同研究「アベノミクスは成功するのか、最終的に失敗に終わるのか」でアベノミクスを評価し、その不備を克服する方向性を示した。その方向性は実は驚くほど「新しい資本主義」に近い。

日本が成長を回復できなかったのは、アベノミクスの「第3の矢(成長戦略)」が放たれなかったからだとよくいわれる。だが安倍晋三元首相はかなりの構造改革を実行に移した。筆者らのみるところ、最大の問題点は、今後20年の日本の成長モデルを提示できなかったことにある。

とはいえ、これは複雑な問題であるし、政府だけで解決できるものでもない。社会の構成員に費用(または義務)と便益を割り当てる社会的妥協をどのように進めるかということと密接に結び付いているからだ。また資本主義の制度のあり方にも深く関わってくる。

金融政策の様々な手段は公的債務残高や構造改革と整合的に決定されているが、それだけでは不十分だ。イノベーション(技術革新)の拡散を促し、成長の果実の共有を可能にするような適切な制度設計をする必要がある。長期的な成長にとって制度が重要なことは、ダロン・アセモグル米マサチューセッツ工科大(MIT)教授などの主要な経済史研究でも示されている。

時代や地域により成長に差が出ることの説明として「制度的比較優位」という概念を示した研究もある。つまり制度的整合性の高い経済システムは、他のシステムに対し比較優位を持つ。制度の整合性とは、専門的には制度の間に相互補完性が備わっていることを意味する。

例えば日本の場合、ともに長期志向の労働制度と金融制度が補完的に活用されている。具体的には、日本では投資家が比較的辛抱強いため、企業は長期雇用を約束でき、それにより労働者から忠誠を得られる。

しかし制度的整合性は、日本型資本主義の改革が必要になっても実行しにくい原因にもなる。強い整合性を備えた経済システムは、ある分野(例えば金融市場)を改革すれば、それと補完的関係にある他の分野(例えば労働市場)も改革しなければならない。こうした状況で自由化はあるプレーヤー(例えば大企業)には有利に作用したが、システムを不安定化させ、制度の不整合を引き起こして別の問題を浮かび上がらせた。

中でも今日最も深刻な問題は、技術面でも組織面でもイノベーションの拡散が進まないことだ。日本では最も生産的な企業とそれ以外との生産性格差が拡大していることがその何よりの証拠だ。日本型資本主義の制度的整合性の総体について再検討すべきである。

日本経済の過去の強みを支えてきた第2の柱は、日本国内では見落とされがちだが、社会的一体性(social cohesion)である。

1980年代以降、日本では米国や一部の欧州諸国ほどには不平等が拡大しなかった。またこの期間中に米国の「ウォール街を占拠せよ」やフランスの「黄色いベスト」運動に匹敵するような社会運動も起きていない。さらに政治的ポピュリズム(大衆迎合主義)にしても、日本は皆無とはいえないものの、米国でのトランプ大統領選出や英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)に類似する現象は一度もなかった。

だが日本でも社会の二極化の兆候が出てきており、これを食い止めることを最優先課題とすべきだ。米英仏の例を見てもわかるように、社会的一体性が失われることの経済的・社会的コストは非常に大きい。日本では、この兆候は相対的・絶対的貧困率という客観的指標の水準に如実に表れており、貧困率は過去30年間にわたり上昇基調にある。また不平等感が認識される度合いからも、二極化の兆候がうかがわれる。

神林龍・一橋大教授との21年の共同研究「再分配政策が国により異なる理由、再分配選好の多元的分析」では、この問題の分析を重要なテーマの一つとした。日米仏における所得再分配選好の比較を通じて社会的一体性を間接的に示した。

個人の再分配選好に関しては、フランスでは大多数が支持し米国では大多数が反対だが、日本より一体性は強い。研究では多元的な分析を試み、具体的には所得格差縮小に向けた政府介入や富裕層への増税を支持するかどうかを調べた。

日米仏3カ国いずれも、所得格差縮小に向けた政府介入は支持しても富裕層への増税は支持しない人が一定数存在する。また3カ国いずれでも、富裕層は政府介入にも増税にも反対する傾向が強い。一方、貧困層に目を転じると、富裕層への増税について、米仏では富裕層の回答よりも必ずしも支持が多いわけではないが、日本では増税を支持する傾向が強い(図参照)。

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改革の受け入れやすさの点から社会的一体性が重要なことは、経済協力開発機構(OECD)の21年の報告「不平等は問題か」にも示されている。OECDは最近、「よい」経済政策が市民に受け入れられない理由に関する研究に力を入れている。その結果、すべての市民が公共政策から利益を得られることを示して社会的一体性を高めることが重要だとわかってきた。

結論として「新しい資本主義」という言葉をもっと真剣に受け止めるよう提言したい。この言葉は決してただの政治的キャッチフレーズではない。では21世紀の日本型資本主義モデルはどうあるべきか。

独社会学者のマックス・ウェーバーによれば、資本主義は歴史に深く根付いたある種の精神あるいは文化でもあると認識すべきだという。「新しい」日本型資本主義は、未来を展望し、かつ時代の要請(グローバル化、技術革新、環境問題)に応えるものであるべきだが、一方で過去からも学ぶべきだと筆者は考える。

歴史に立ち返れば、日本型資本主義の父の一人である渋沢栄一の功績から、多くのヒントが得られるだろう。彼は経済成長には制度改革が必要だと理解していた。多くの企業の経営に携わる実業家でありながら、フィランソロピー(社会貢献活動)にも熱心だったし、社会的一体性と呼べるような理念も掲げていた。

今日では経済成長の意義が見失われている。「何のため、誰のための成長なのか」という問いに納得できる答えを見つけなければならない。だからこそ、渋沢栄一から学ぶことが望ましい。起業家精神は社会的包摂と矛盾するものではない。むしろ逆なのである。