メディア掲載  エネルギー・環境  2022.05.10

「脱炭素」の犠牲になったウクライナ 欧州はガス輸入量の約40%をロシアに依存…プーチン大統領こそ〝最大の受益者〟 日本もエネルギー政策の再考を

夕刊フジ(2022年3月2日)に掲載

エネルギー・環境

ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、日欧米は経済制裁を決めたが効果は定かではなく、ウクライナの悲劇を遠くから見ているだけだ。この背景に「エネルギー問題」がある。キヤノングローバル戦略研究所の杉山大志研究主幹が緊急寄稿した。


米国とEU(欧州連合)は、ロシアに経済制裁を発動したが、腰が引けている。ロシアの経済・財政の柱は「石油と天然ガスの輸出」だから、これを止めれば大打撃となる。だが、これは制裁対象ではない。なぜか?

ガス供給が止まると、欧州も破滅するからだ。欧州はガス輸入量の約40%をロシアに依存している。これがないと暖房ができず、死者すら出かねない。燃料不足で工場も止まる。EUは、ロシアのガスなしではまともに生活できないのだ。

EUがロシア依存になった理由は何か。EUは「気候危機」説に取りつかれ、「脱炭素」に熱心だった。石炭火力発電は縮小され、ガス火力への依存度が高くなった。

風力発電を大量導入したが、風が吹かないときにはガス火力でバックアップしなければならない。2021年は風の弱い日が続き、ガス需要は増えて価格が高騰した。

実は、欧州の地下にも天然ガスは豊富に埋蔵されているが、先進国の石油・ガス企業は、政府や環境運動家から「脱炭素」するように圧力を受けた。資源開発は停滞し、石油・ガス事業は売却された。

ドイツなどの「反原発運動」もガス依存の高まりに追い打ちをかけた。

この結果、石油とガスの市場支配力は先進国の手から離れ、OPEC(石油輸出国機構)とロシアが握り、価格は高止まりするようになった。

結局、欧州はガス不足のままこの冬を迎えた。これ以上の価格高騰はインフレを悪化させ、政権が崩壊する。だから、ロシアのエネルギー輸出への制裁はできない。

こうして、ウクライナ危機の構図を見ると、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領こそが、EUの脱炭素(と反原発)からの最大の受益者となっている。

翻って日本はどうか。

日本も「脱炭素」「再エネ最優先」の政策で、エネルギーの安価・安定な供給が損なわれ、ひいては国の独立や安全すら危機に陥りつつある。

愚かな「脱炭素」は止めて、石炭火力を活用しよう。原子力発電所の再稼働も急ぐべきだ。これは世界のエネルギー価格を下げる。実はこれこそが、「ロシアに対する最大の経済制裁」になる。

もう1つ、「中国依存」を見直すべきだ。

特に心配されるのが、電気自動車(EV)である。EVはモーターとバッテリー製造のための鉱物資源を大量に必要とする。モーター製造に必要なレアアースのネオジムと、バッテリー製造の原料であるコバルトは、中国企業が圧倒的な生産量シェアを持っている。

中国が、台湾に圧力をかけたとき、日本や米国はどう対抗するか。「中国からの資源供給が止まると、日本の産業が壊滅する」という構図では、経済制裁はできない。

つまり、天然ガスについてロシア、ドイツ、ウクライナの間で成立している力学が、レアアースについて中国、日本、台湾の間でも成立するわけだ。同じことは、台湾を沖縄県・尖閣諸島に置き換えても当てはまる。

「脱炭素」一本やりの現行の先進国のエネルギー政策は、独裁政権に力を与え、民主主義を滅ぼそうとしている。日本も緊急にエネルギー政策を再考すべきだ。