コラム  国際交流  2022.04.28

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第157号 (2022年5月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

ロシア

情報通信技術(ICT)の発達で戦争の惨状を映し出した情景が、遠く離れた平和な日本にまで届く毎日だ。

戦争勃発のために経済活動までが変調をきたしている。国際通貨基金(IMF)が4月19日に公表した世界経済見通しは、戦争の悪影響を最重要視している(“World Economic Outlook: War Sets Back the Global Economy”)。その1週間前の13日、独5大think tanksが景気予測を発表したが、コロナ禍終息前に戦争勃発によるエネルギー危機が襲来する危険性に欧州が直面している事を報告した(„Von der Pandemie zur Energiekrise – Wirtschaft und Politik im Dauerstress“)。同報告書によれば、ロシアとウクライナからEUへの輸入額は全輸入額の8%と小さい。だが、輸入燃料に伴うインフレに加え、ニッケル製品、植物油、鉄鋼半製品、銑鉄等、EUの両国に対する輸入依存度が極めて高い品目に関してボトルネック・インフレも生じる可能性を指摘している(p. 4の図1参照)。

この危機に際してジークフリート・ワスヴルム独産業連盟(BDI)会長は、ロシア産エネルギー禁輸は“火遊び(ein Spiel mit dem Feuer)”だと語った。そして今、ドイツは“ウクライナ人の運命”と“自国の経済的安定”との極めて難しいバランス調整に迫られている。

戦争は最も愚かな人間の行為だが、残念な事に人類はいまだにその事を悟っていないようだ。

筆者は友人達とロシアの戦略に関して“ハイブリッド戦争(Гибридная война)”、即ち従来の戦争よりも、敵をサイバー戦・情報戦により無力化する事を漠然と議論していた。小誌では人工知能(AI)による情報戦の問題に関して以前触れた(No. 135, 2020年7月)—Oxford大学主催のAI・ロボット研究欧州会議(ECIAIR)で心理戦でのAIの悪用(the malicious use of Artificial Intelligence (MUAI)))が議論された事に触れている。また昨年12月、露国think tank(ロシア国際問題評議会(РСМД))が報告書「国際関係の心理戦とAI利用の専門家(«Эксперты о злонамеренном использовании искусственного интеллекта и вызовах международной информационно-психологической безопасности»)」を発表している。こうした中、我々は“ゲラシモフ・ドクトリン(Доктрина Герасимова)”等を“もっともらしく”議論していたのだ。ところが実際は、“あにはからんや”、残酷な20世紀的戦闘が続いているのだ—勿論、サイバー戦は我々の目に見えない(invisible)戦争であるから、目下“激しい”戦闘が続いているという専門家の指摘がある。

翻ってウクライナ軍のドローン(UCAV)—トルコ製Байрактар ТБ-2/Bayraktar TB2—は大活躍だ。また比較的安価なドローンを用いた市民戦士の大活躍もロシアに対する“天罰(Небесна кара/Punishment from Above)”として報じられている(次の2参照)。

如何なる形態を取ろうと、戦争は人間の心を—戦闘員も非戦闘員も—徐々にむしばんでゆく。こうした中、ロシアの或る高官は、「(ウクライナの)非ナチ化は、必然的に非ウクライナ化となるであろう(Денацификация неизбежно будет являться и деукраинизацией)」と語った。筆者にとっては目を疑いたくなるような言葉だ。そして今、以前小誌で触れた2人の旧ソ連のノーベル賞作家の言葉を思い出しつつ、今次戦争後「ウクライナだけでなくロシアにも深い心の傷が残るのでは?」と、世界市民の一人として心配している。

ソルジェニーツィン氏は小説『イワン・デニーソヴィチの一日(«Оди́н день Ива́на Дени́совича»)』の中で「民族の区別は無意味だ、如何なる民族にも悪い奴はいるのだ(Нация ничего не означает, во всякой, мол, нации худые люди есть)」と語った。

アレクシエーヴィッチ氏は、«Цинковые мальчики»(邦訳『アフガン帰還兵の証言』)の中で露軍兵士の告白を記した—「正義のための戦争だと告げられたのだ。我々はアフガンの人々を救い、封建制を倒して明るい社会主義社会を構築するのだ、と(Война, нам говорили, справедливая, мы помогаем афганскому народу покончить с феодализмом и построить светлое социалистическое общество)」。

各国の最高指導者の最重要任務とは、戦争を未然に防ぎ、開戦という最悪時には、段階的緩和(de-escalation)への道を早期に開始するよう努め、そして非人道的な犯罪者を厳しく取り締まる事だ。我々一般市民は指導者達の言動を監視しなくてはならない。

今次戦争により、世界の安全保障体制が大きく変わろうとしている。

Wall Street Journal紙は「プーチン大統領からNATOへの贈物(Vladimir Putin’s Gift to NATO)」と題した社説を掲載した(次の2参照)。露大統領の意図に反して戦争はNATOの結束を強固にし、またスウェーデンとフィンランドをNATOへと傾かせた

NATOに対する独仏両国の支持率は、ポーランドやリトアニア・エストニアに比べると低い(ラトビアはバルト三国の中で露系住民比率が高く、三国のうちではNATO支持率が低い)。だが、今次戦争で、独仏等加盟各国のNATOに対する姿勢が変わると予想している。またNATO設定の目標国防費(対GDP比2%)に対し、これまで消極的であったドイツが真剣になると考えている(p. 5の図2,、3を参照)。

国連安全保障理事会は国際連盟が戦前の紛争解決に機能不全だった事から設計された組織だ。1943年11月のテヘラン会談時、米国が「(米ソ英中の)四人の警官こそが世界平和に必要」だと当時のソ連に対し提案した時から本格的な組織化が始動したのだ。

米国は枢軸国による1930年代の暴挙を国際連盟が解決出来なかった事を教訓とし、戦後の世界平和のため、米英ソの大国と人口大国(当時は国民党の中国)という4ヵ国による指導体制を提案した。しかしながら今は米国が提案した相手国が混乱を招いているのだ。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第157号 (2022年5月)