メディア掲載 エネルギー・環境 2022.04.26
各国は脱炭素政策を競ってきたが、エネルギー安全保障のリスクが顕在化した。
週刊エコノミスト(2022年3月29日号)に掲載
ロシアのウクライナ侵攻により、欧州が脱炭素・反原発にばかり傾注し、エネルギーにおける安全保障をなおざりにしてきたリスクが顕在化している。欧州のロシアのガスへの依存度は危険なまでに高まっており、2012年と20年を比較すると、ロシアへの天然ガス依存度は、ドイツが37%から49%に上昇した。
これだけ依存度が高まれば、ロシアへの経済制裁は及び腰になる。それを見透かして、ロシアのプーチン大統領は戦端を開いたと思われる。この「戦時」は今後、数年は続くであろう。先進諸国のエネルギー政策は、地球温暖化対策よりも、まずは、独裁主義に対する民主主義の勝利に寄与することが最優先となる。
その結果、数年はかかるが、世界有数の産油国・産ガス国であるロシアが世界市場から徐々に締め出されることになる。すると世界全体で石油・ガスは品薄になり、価格が高騰するだろう。すでに、原油の指標価格であるニューヨークWTI原油先物価格は3月上旬時点で1バレル=120㌦を超えており、08年の過去最高値(147㌦)の更新をうかがっている。
米国では共和党のみならず、与党・民主党のマンチン議員らまでもが、バイデン政権のこれまでの環境政策こそが米国内の資源開発を妨げ、ロシアに力を与えたと糾弾し、規制緩和と石油・ガスの増産を訴えている。米国では今後、超党派で化石燃料の増産を可能にする立法がなされ、今年11月に中間選挙を控えるバイデン大統領も無視できなくなるだろう。
ドイツは石炭火力発電所を30年までに段階的に廃止し、原子力を今年末までに閉鎖する計画としていたが、ショルツ首相は2月27日、「安全保障のためにも決定的に重要」と述べ、計画の先延ばしを示唆した。さらに、石炭火力廃止までの移行期のエネルギー源として、ロシアからの天然ガス輸入に期待していたが、これも大幅な見直しを迫られる。
米国や欧州、日本は50年までのカーボンニュートラル(二酸化炭素排出実質ゼロ)を目標に掲げ、これまで環境負荷の低いグリーンエネルギーの導入拡大へ一直線に進んでいた。シェールオイル・ガスを産出する米国が今後、さらに化石燃料の産出・供給を増やし、エネルギー価格の高騰を抑える余地はあるが、具体的な政策としていつ、どこまで変更できるか予断を許さない。
日本の天然ガス消費は世界の2.7%でドイツの2.3%より多い。日本の天然ガス消費の62%を占める発電用LNG(液化天然ガス)の多くを世界に回せば、日本国内のみならず世界のガス価格を下げることに貢献する。そして実はこれこそが、エネルギー輸出に財源を依存するロシアにとって最大の経済制裁になる。自由世界の窮状を救いつつ、プーチンに打撃を与えることになる。
ただ、それでも国内の工場や家庭では、石油・ガスの価格高騰に直面する。したがって、再生可能エネルギー賦課金やエネルギー諸税の引き下げが必定となり、再エネの導入支援など光熱費増になる政策には急ブレーキがかかるだろう。こうした政策は、30年に二酸化炭素の排出量を46%削減するという現在の政府の脱炭素目標と整合しない。
エネルギー価格がさらに高騰すればインフレにつながり、どの政権も安泰ではいられない。安全保障だけでなく、安定供給を重視したエネルギー政策への移行に強いプレッシャーがかかっている。脱炭素は当面、モラトリアム(一時停止)となることだろう。