中国は環境対策を利用して国家統制を強めている――こんな衝撃的な論文が発表されたので抄訳を紹介する。(原文『北京の緑の拳―環境政策が国家統制の道具になるまで』〈ブレークスルー研究所〉。著者はヒューマン・ライツ・ウオッチのWang Yaqiu/ https://thebreakthrough.org/journal/no-16-spring-2022/beijings-green-fist)。中国政府は強権的な環境対策によって貧しい人々の生活を窮乏化させ、土地を強制的に収用し、さらにはAIによる監視で生活を統制し、人々の抗議活動や民族運動を弾圧している。抗議をした人々は、拘束の憂き目に遭う。
・山西省臨汾県では、大気汚染を減らすための全国的な活動の一環として、2017年に地方政府は石炭燃焼汚染防止条例を制定し、特定の地域を石炭禁止地域に指定し、2018年の条例施行後に違法に石炭を燃焼した者には2万~20万元(3200~3万2000米ドル)の罰金を科した。
・2019年12月、北京ニュースの記者はこの地域の村に赴き、規制が住民に及ぼす影響を調査した。すると、地元政府は多くの家庭に天然ガスで動く暖房器具を無料で設置し、石炭からの移行を緩和しようとしたが、村人たちはそれを動かすためのガスが買えないことが分かった。例えば、60代の男性は、冬に暖房で十分に暖まるためには、月2000元(320ドル)がかかり、年収2000~3000元(470ドル)を大きく上回る。そのため、夜寝るときは、食事で暖まったままのストーブのそばで寝たという。
・村人が石炭を燃やしているのを見つけると、検査官はバーナーを没収し、時には犯人を拘束することもあった。また、空き家に忍び込んで器具を持ち去ることもあった。
・大気汚染は改善されたものの、暖房費を払えない家庭がこの規制の犠牲となったことは、ほとんど報道されなかった。つまりこれは、人々の権利を体系的に無視し侵害する、トップダウンの取り組みであり、国家統制を強化するために監視技術が利用されている。
・北京市と天津市を完全に囲む河北省では、過去10年間、当局が高濃度の汚染を理由に多くの工場や企業を閉鎖してきた。ある調査で報告された北京・天津・河北地域の事例では、産業再編による失業率が高いことが指摘されている。この調査でインタビューした地域の関係者によると、最も大きな打撃を受けたのは「低学歴、低スキル、保険未加入者」であることが多い。
・ある調査によると、河北省の邢台市では、地域のGDPの40%が高汚染産業によるもので、産業再編のために解雇された人々の37%が新しい仕事を見つけることができなかった。同じく河北省の宣化市では、2021年9月までに国営の宣化鋼鉄が操業を停止し、全市民の3分の1に相当する従業員が解雇された。
・中国は風力発電や太陽光発電のプロジェクトを建設してきた。しかし、このインフラ建設のために、当局が土地から人々を強制的に追い出し、失われた土地や収入に対して不十分な補償を受け入れるように強要した。抗議した人々は拘束され、刑事訴追を受けることさえあった。
・河北省保定市の黄膠村では、地元の役人が農民たちに、国有企業が建設した広大なソーラーパークにわずかな賃料で土地を貸すように要求した。この取り決めへの抗議をした者は「不法に集まり、平和を乱した」として9カ月間服役した。
・中国では、独立した司法制度がないため、中国の人々は政府の監視に異議を唱えたり、救済を求めたりすることがほとんどできない。
・中国政府はその膨大な監視能力を環境規制の施行にも活用し、管理範囲をさらに拡大し、人々の生活への国家の浸透を強めている。
・武漢の当局は、高解像度の監視カメラとドローンを備えた漁業禁止自動監視システムを使って、蕪湖で違法な漁業を行う者を摘発している。
・2019年に上海で一連のリサイクル規則が導入された。厳格で複雑なリサイクル規則は多くの住民を苛立たせ、あるコメンテーターはこれを“エコ独裁”と名付けた。そこでは、住民のゴミ捨て行動を監視するために、監視プローブ、ゴミから回収したレシート、指定された容器にゴミを預けるためにスワイプしなければならないスマートカードが当局によって使用された。当局によると、このシステムはリサイクルのルールを守らない人を捕まえるためだけでなく、地域社会のその他の「異常」を発見するためにも使われているという。「ある住宅のゴミの量が特に多い場合、その住宅が違法に間仕切りされて貸し出されていないかどうかをチェックすることができる」と地域担当者は言う。北京や杭州の一部の地域では、ゴミ箱の蓋に顔認証の技術が搭載されている。
・これらの監視システムは、中国政府が長期的に展開している、「社会的信用スコア」システムの一部になっている。
・中国では、どの程度のデータが収集され、どのように共有・保存されているのか、法的に許される範囲を超えて使用されているのか、そして監視される側の救済措置がないまま、当局がハイテク監視システムを構築している。
・2021年9月、寧夏自治区の裁判所は、内モンゴルの砂漠で廃水汚染に抗議したことで知られる活動家、李源山に対し、絶滅の危機にある動物を保護するために活動した罪で、懲役4年半を言い渡した。
・2021年12月、江西省の裁判所は、工場汚染への抗議活動に参加した村民3人に、“社会秩序を乱した”として執行猶予付きの判決を言い渡した。
・チベットでは2000年代初頭から、貧困削減、環境保全、気候変動対策の名の下に、少なくとも180万人のチベット人遊牧民を定住型住居に強制移住させた。チベット人は、自分たちの生活様式を根本的に変える政策の設計に口を出すことも、それに異議を唱えることもできず、引き起こされた損害に対する補償もほとんど受けていない。
・チベット人は、定住は、中国政府がチベット人を管理しやすくするために計画されたものだという。中国政府は「民族分離主義者と戦う」という名目で、政治、宗教、文化に対する抑圧をしている。
・2020年、当局は大気汚染の懸念を訴えて、チベットのラサにある象徴的な寺院の外で、焼いたビャクシンの枝を供えたり、煙の儀式をすることを禁止した。地元住民は、この動きを、宗教的行為に対する規制をさらに強化するための措置と受け止めた。
・著名なチベット人環境活動家であり慈善家でもあるカルマ・サムドルップは、捏造(ねつぞう)された罪で15年の刑を受け、2010年から刑務所に収監されている。カルマ・サムドルプの弟で同じく環境活動家のリンチェン・サムドルプは、2010年に5年の刑を言い渡されている。
環境問題というと、生活のあらゆる側面にわたる。それがことごとくAIで監視され、強権的な支配のもとにおかれ、「社会的信用ポイント」で採点され、抗議することは許されない社会――そんなディストピアが現れつつあるようだ。
このような国から原料や製品を購入するのは、これに加担することではなかろうか?