監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿は、Patricia Adams, The Red and The Green: China’s Useful Idiots, The Global Warming Policy Foundation Briefing 51
https://www.thegwpf.org/content/uploads/2020/12/Green-reds.pdf
を、The Global Warming Policy Foundationの許可を得て翻訳したものである。
中国の共産党政権が世界の中で優れた勢力であると錯覚していた人々にとって、この数年間は警鐘が鳴らされた時である。習近平国家主席の下、中国はトルコ系のウイグル族を100万人以上「再教育」キャンプに収容し、コロナウイルスの大流行を世界に放ち、香港の自治を終了させて英国との条約を破り、ほぼすべての近隣諸国との領土問題を悪化させ、台湾への侵略を公言している。
このような目を見張るような行動により、欧米の世論は大きく変化した。10月に発表されたピュー研究所の調査によると、以前は大多数の人が中国を好意的に、つまり温和な巨人と見ていたが、現在では依然としてそのように感じているのは、オーストラリア人の15%、スウェーデン人の14%、イギリス人の22%、カナダ人の23%、ドイツ人の25%、アメリカ人の22%に過ぎないらしい1。今ではほとんどの人々が、中国共産党は、ビジネスや外交関係で自分の思い通りにするために、嘘、不正、盗み、脅し、誘拐を行い、ルールに基づく組織にとって敵対する政権であると認識している。戦略国際問題研究所のボニー・グレーザーが以下のように説明するように、欧米諸国は中国の好意を前提にすることはできない。
「もちろん、カナダは、中国の利益を損ない、中国人の感情を害するとして標的にされてきた国の一つである。カナダ人の逮捕やカナダのキャノーラ油などの農産物の輸入禁止は、中国の利益を害する国を罰することを目的とした中国の経済的強制の最新の例に過ぎない。対象国のリストは長く、中国の反体制派、劉暁波氏に対しノーベル平和賞を授与したノルウェー、領海で海上保安庁の船に衝突した中国船の船長を逮捕した日本、スカボロ礁で活動する中国漁民に立ち向かったフィリピン、そしてTHAAD(戦域高高度防衛ミサイル)を配備している韓国など2、その対象国は枚挙にいとまがない。
大きな例外は、中国共産党の危険性にまだ気づいていない欧米の環境運動家とその資金提供者である。これらの団体は、世界における中国の役目について慎重になるどころか、「非常に困難な」3 や「極めて重大な」4といった最上級の言葉を使って、中国の環境への取り組みを賞賛している。グリーンピースは、「持続可能性を優先したことは、世界における中国の遺産をより確固としたものにするだろう」5と発表している。またWWFは、「習主席が発表した新たな目標は、世界の温暖化対策を一層強化することについての、中国の揺るぎない支持と断固とした措置を反映している」6と述べている。天然資源保護協議会のバーバラ・フィナモアは、『中国は地球を救うか』と題した中国の環境対策を賞賛する本を執筆しているほどである7。
政権側もこれに応えている。中国共産党のメディア機関である『チャイナ・デイリー』や『新華社』が、中国での環境保護運動の高まりと、環境保護運動のパートナーシップを祝う記事を1ページにわたって掲載している 8。
欧米の環境運動家は、実は中国において特権的な立場を享受している。2017年の外国NGOを規制する法律を受けて9、アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体から中国緊急行動ワーキンググループ(权卫紧急務)などの法律扶助団体まで、ほとんどの外国の支援組織は極端に活動を制限されるか、事実上禁止された。NGO法以前、中国では約7000の外国組織が活動していた10 。現在、その数は553で、その50%は業界団体とビジネスロビー、残りの大部分は保健、教育、救済、科学技術に分かれており、その活動は本質的に提言活動ではない非政治的なものである11。現在残っている553団体のうち、欧米人が環境保護団体と考えるものは4%にも満たず、すべて北京の言いなりである。
現在も国内で活動を認められている他の外国組織と同様、環境運動家は指定された国家機関または政府部門から正式に後援を受ける必要がある。しかし、その後援はその名前とは裏腹に、受け身ではなく、環境運動家の活動を監視・監督し、時には結託して共同プロジェクトを行うまでの役割を担っているのだ。監督には「規制的対話」や施設の検査も含まれる。外国のNGOは、プロジェクトと資金の使用に関する年次計画をスポンサーに提出し、承認を得ることが義務付けられている。
また、外国の組織は、公安省による厳重な監督に同意しなければならない12。NGO法13 の規定に従わない場合、資産の差し押さえ、スタッフの拘束、今後5年間の国内での活動の禁止などがあり、いずれも訴訟の手段はない14。犯罪には、「中国の統一、安全、民族の調和を危うくする」、「中国の国益、社会公共利益、市民、法人、その他の組織の合法的権利・利益を害する」、「国家の分裂、国家統一の毀損、国家権力の転覆」の恐れがある活動が含まれる15。この法律に違反した外国人は、中国からの出国を禁止されるか、国外退去となる16。
この法律の行使の一例をみよう。中国外務省の報道官が、カナダの元外交官でシンクタンク「国際危機グループ」のマイケル・コヴリグは雇用主が中国で法的に登録されていないためにNGO法に違反した疑いがあるとした17。だが後に、この告発は取り下げられた。にもかかわらず、「法律は中国共産党が望むものなら何でもあり」という同国の常套手段に従って、コヴリグは結局、「国家機密のスパイ」18 と「外部団体への情報提供」19 の罪で起訴されたのである。2018年に逮捕された彼は20、今日も領事との定期的な面会もなく、カナダのグローブ・アンド・メール紙が「拷問」と呼ぶような状況で独房に収容されている21。
環境保護団体やその資金提供者が中国共産党を支持するのは理解できる。化石燃料を世の中からなくしたいという彼らの願いは、世界のエネルギー純増分の75%以上を占める中国に完全に依存しており22、中国が協力しなければ、他の国での炭素削減努力は無駄になり、環境運動家の夢は破れることになる。北京(政府)が、環境運動家の主張することと同じことをすべて述べてくれるのを見て、彼らが喜び、安堵したことは想像に難くない。
中国ほど、気候変動のために莫大な金額を提供され動機を与えられているところはほかにない。米国を拠点とする慈善団体、サンフランシスコに本部を置く中国エネルギー財団は、中国で活動する米国の登録団体に3億3000万ドル以上の資金を提供しており、化石燃料を地球上から排除するための努力に費用を惜しまないことができるのだ23。中国エネルギー財団への資金提供は、ウィリアム&フローラヒューレット財団、デビッド&ルシルパッカード財団、ジョンD&キャサリンTマッカーサー財団など、欧米の財団から行われている24。マッカーサー財団の他の中国への助成金リストには、環境防衛基金とザ・ネイチャー・コンサーバンシー25への各1000万ドルが含まれている。
環境運動家がこのような役割を担うことで得られる権力や名声とは別に、その多くが自分たちの研究を利用して革新的な目標を推進する機会を歓迎しているのは間違いないだろう。地球を救うという彼らの大義名分が緊急性を帯びていれば、南シナ海での中国の侵略や中国本土での人権侵害に目をつぶることを容易に正当化できるのだ。
中国が欧米の環境運動家を受け入れていることも理解できる。レーニンの言葉を借りれば、これらの環境運動家は中国共産党の「役に立つ愚か者」なのである。共産党政府は、彼らの中国での活動を監視し、政府の方針を遵守させるだけでなく、共産党政府の事実上の資金使用管理を通じて、環境運動家が実行する議題を指示する力を行使しているのである。
例えば、中国エネルギー財団のCEO兼社長であるJi ZOUは、中国共産党政府の高官として長いキャリアを持つ中国人だ。同団体のウェブサイトにあるように、彼は以前、中国政府の企画機関である国家発展改革委員会傘下の国家気候変動戦略・国際協力センターで副局長を務めていた。2000年から2009年、2012年から2015年にかけて、パリ協定に至る中国の気候交渉チームの有力メンバーであり、2013年から2014年にかけては、持続可能な開発資金に関する国連政府間専門家委員会の中国代表を務めている26。
彼は、欧米の環境運動家に雇われ、どのプロジェクトに資金を提供するかを決め、欧米の環境運動家から中国政府が望む仕事を効果的に勧誘し、正当性のお墨付きを与えることができる。その上、中国政府はこの活動に資金を提供する必要さえないのだ。
中国共産党の数々の悪質な活動を批判する人々が中国共産党を目の敵にする一方で、環境運動家たちが中国の環境指導について熱く語ることは、中国を好意的に描き、北京の批判者たちを守勢に立たせるように作用している。実際、環境運動家たちは共産主義者の最も目立つチアリーダーとなっており、政権の懸念すべき追及から人々の注意をそらすのに役立っている。その最たるものが、2050 年までに米国に代わって世界経済と国家安全保障を支配する超大国となることを目指す中国による、南シナ海などでの化石燃料資源の収奪である27。
中国が世界の経済大国としてふさわしくなる10年後の2060年までにカーボンニュートラルになることを約束するという環境運動家の主張は、まったくの空想に過ぎない。
中国は現在、一次エネルギー消費の86%を化石燃料に依存している(石炭58%、石油およびその他の液体燃料20%、天然ガス8%)28。中国政府は、化石燃料に対する欲求を抑えるどころか、さらに多くの化石燃料を貪欲に求めている。
石炭の場合、中国は国内の石炭生産を制限していた規制を積極的に緩和し、生産能力を急速に引き上げようとしている。「2020年上半期に中国は23ギガワット相当の新規石炭発電プロジェクトを承認し、これは前の2年間を合わせたよりも多い」と、サンフランシスコに本拠を置く環境NGO、グローバル・エネルギー・モニターを引用してAFPが報じている29。中国共産党は、2019年上半期に年間1億4100万トンの新規石炭採掘能力を承認した。2018 年全体では 2500 万トンを承認した30。
さらに、中国は石炭化学製品の主要生産国および輸出国になることを目指し、次世代石炭施設に多額の投資を行っている。例えば、35の石炭化学製品プロジェクトがあり、その費用は900億ドルと予想されている31。石炭化学製品の生産は、従来の石油化学製品の生産よりも炭素集約的であり、長い操業期間にわたって二酸化炭素の排出を増加させる意志があることを示している。中国の石炭液化プログラムは、長期的な目標も示している。2016年末、神華グループは世界最大の石炭液化プラントを稼働させ、2023年までにその能力を3倍にする意向である。同様に、中国はその石炭から生産されるメタノールの利用を奨励している32。
2018 年、中国工業情報化省が立ち上げた新エネルギー基金の 80%以上が、フラッキングと炭層メタンの助成に使われた33。石炭を追い求める同国では、内陸部の石炭生産拠点とエネルギー需要の高い沿岸部を結ぶことを目的に、浩吉铁路のような長距離鉄道の拡大も行われており、この事業が2019 年 10 月に運行を開始した34。
習近平主席は脱化石燃料を主張するかもしれないが、中国は猛烈な勢いで石炭を追い求めており、計画中の石炭火力発電所は数百基以上にも上る。実際、OilPrice.com によれば、「中国は 2020 年の上半期だけですでに 11.4GW の石炭発電容量を追加しており、これは同じ 6 ヶ月間に全世界で追加された石炭容量の半分以上を占めている」35。気候変動に配慮したレトリックにもかかわらず、Quartzは次のように報じている。
「コロナ後の促進策による化石燃料への支出は、クリーンエネルギーへの支出の 3 倍であり、石炭発電所に 250 億ドル近く、採掘と加工にさらに多くの資金を投入している36」。
石油においては、中国が製油所の建設計画に意欲的に取り組んでいる。2019年稼働の遼寧省の恒力製油所や浙江省の栄昇施設における新規の生産能力は、いずれも日量40万バレル(b/d)になる。浙江の栄盛工場第2期にあたるシノペックとクウェート石油の20万b/dの総合製油所や、32万b/dの盛弘石油化学製油所は2020年代半ばまでに稼働予定であり、他にもいくつかの大型製油所が計画段階にある37。
これだけでは不十分なため、中国は外資や民間投資の制限を緩和することで、従来の上流部門に対してより多くの投資と技術的専門知識の取り込みを計画している。「以前は、外国企業がプロジェクトの株式の過半数を所有することはできず、中国の油田・天然ガス田の開発には、国営石油会社のいずれかとの合弁事業の一員となることが求められていた」と米国エネルギー情報局(EIA)は述べている38。その規制緩和以前においてすら、中国の原油精製設備容量は約 1,700 万 B/D に達しており、2019 年の設備容量においては米国に次ぐ第2位である39。
拡大し続ける中国の石油消費を満たすために、生産能力の増強が必要である。EIAによれば、昨年、「中国の石油およびその他の液体燃料消費量は推定1450万b/dで、2018年から50万b/d(約4%)増加した」40。この石油消費の伸びは、世界の石油消費の増加分のうち3分の2を占めると推定される41。中国は世界最大の原油購入国となり、輸入量は2019年に過去最高を記録した42。将来にわたって継続的な供給を確保するため、中国は原油の輸入先を多様化し、最大の供給国であるサウジアラビアとは長期契約を締結し、第2の供給国であるロシアからは、パイプラインや輸送インフラの新規建設を通じて原油の輸入を増加させている43。
石炭や石油と同様に、中国は天然ガスも積極的に受け入れている。過去10年間、同国の天然ガス需要は年率約13%増加し、米国、ロシアに次ぐ世界第3位の消費国となり、世界で最も急成長している天然ガス市場の一つとなっている44。
その需要に応えるため、国内の天然ガス生産量は着実に増加しており、第13次5カ年計画でも継続的な成長が強調されている。国内における非在来型鉱床の上流部門の開発を促進するため、中国はシェールガス生産に対する資源税を引き下げ、すべての非在来型ガス生産に対する補助金を拡大し、タイトガス(貯留層にある低透過性の天然ガス)も補助金の対象とすることにした45。プロジェクトは、中国の海洋エネルギー生産大手である中国海洋石油総公司(CNOOC)が国内 2 番目の深海天然ガス田である霊水 17-2 の試運転を計画している南シナ海から、中国北東部の渤海湾で新たに探査された大規模な紡錘 19-4 天然ガス・ コンデンセート田まで、と多岐にわたっている46。
天然ガスは、中央アジアやビルマからのパイプラインによる陸上輸入も行われており、2019年12月に開通したPower of Siberiaパイプラインを通じてロシアからの輸入も増えている。2014年に締結された30年間の天然ガス契約を通じて、中国はガスプロムの東シベリア油田から年平均1.3Tcfを輸入することになっている48。
中国国内のパイプラインインフラも、政府の目標に沿って変貌しつつある。昨年、パイプチャイナが発足し、国営パイプラインへのオープンアクセスが可能になった49。さらに、EIAによれば、「2019年中国は、より投資水準を上げ、より迅速なインフラ開発を促進するため、外国企業による都市天然ガス配管への投資を許可し始めた」50。中国の共産党政権は、25兆ドル規模の経済を、現在と同様に将来も化石燃料で動かすと位置づけているのに、一方で2060年のカーボンニュートラルを達成すると掲げているのは馬鹿げた考えである。
中国を研究している人なら誰でも知っているように、共産主義の中国が欧米諸国の市場や価値観を手に入れたら、民主主義を受け入れ、変わっていくだろうと信じた欧米は愚かだったのである。Glacier Newsは、カナダ下院のカナダ・中国関係特別委員会の副委員長であるガーネット・ジェニュイ氏のインタビューを掲載し、中国には改革が不可能であるとの見解を次のように伝えている。
「大量虐殺を行う政府や全体主義の政府は信頼できないものだ。現代の状況下においては、その逆を主張するのはますます難しくなっている。しかし、それを主張する政治家がまだたくさん存在するのだ」51。
ブリティッシュ・コロンビア大学公共政策学部のポール・エバンス教授によれば、欧米の中国に対する誤った評価のせいで、中国はいっそう悪質にふるまうようになったという。彼曰く「習近平の下で、中国は毛沢東以来のどの時期よりも、国内とその周辺地域で抑圧的になっている」52と。
ボニー・グレーザーが次のように述べているように、中国が欧米の価値観を共有すると考えることの愚かさは、その行動のほとんどすべての側面に見て取ることができる。
「中国は法の支配を尊重しない。そして自由民主主義の価値観を共有せず、人権を保護しない。中国は、中国には有利で欧米諸国の国益を損ねるような方法で、国際システムを変えようとしているのだ。中国の国内統治の手段、100万人を超えるウイグル人の拘束、表現活動への検閲、社会信用システムは、世界の模範となるべきものではない」53。
多くの人にとって、中国は世界の模範ではない。しかし、欧米の環境運動家にとっては、悲しいことに、中国は模範であることがあまりにも多いのである。
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