メディア掲載  エネルギー・環境  2022.03.31

民主主義防衛のエネルギー政策

産経新聞 2022年3月22日付「正論」に掲載

エネルギー・環境 米国 欧州

ロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻に対して欧州は経済制裁を発動した。だが腰が引けている。ロシアの経済・財政の柱は石油とガスの輸出だから、本当はこれを止めれば大打撃となる。だが今のところこれは制裁対象ではない。なぜか?

ガス供給が止まると、欧州も破滅するからだ。欧州はガス輸入量の約40%をロシアに依存している。これがないと暖房ができない。燃料不足で工場も止まる。欧州は今やロシアのガスなしではまともに生活できないのだ。欧州連合(EU)は脱炭素に熱心で、石炭を否定し、石油・ガスの開発を止めた。さらに脱原発まで進めた。この結果、エネルギー供給は「風とロシア」任せになった。昨年は風が弱く、ロシアのガスへの依存は危険なまでに高まった。

欧州与(くみ)しやすしと見たロシアはウクライナに侵攻した。この戦争は、自国のエネルギー供給を潰した欧州が招いたものだ。

米国は超党派で脱「脱炭素」

米共和党の元大統領候補テッド・クルーズ上院議員は、脱炭素に熱心なバイデン政権の自滅的なエネルギー政策こそが、アフガニスタンからの無様(ぶざま)な撤退と並んで、ロシアのウクライナ侵攻を招いた要因だ、と非難している。マルコ・ルビオ上院議員は「最大の対ロシア制裁は、いますぐ愚かなグリーンディールをやめると宣言することだ」と激しい調子で述べた。

米国は世界一の産油国・産ガス国だ。本気で資源を世界に供給していれば、エネルギー価格は大いに下がったはずだ。だがバイデン政権は脱炭素に熱心で、自国の石油・ガス企業に規制や圧力をかけ、事業や権益を放棄させてきた。結果、石油・ガスの世界市場の支配力は、石油輸出国機構(OPEC)とロシアが握り価格は高止まりした。インフレの悪化を懸念する欧米はますます経済制裁に及び腰になった。

ロシアは今でも、石油・ガス等の輸出で毎日10億ドルもの収入を欧州等から得ている。

米与党の民主党からも脱炭素への造反者が出ている。上院エネルギー資源委員会委員長を務めるジョー・マンチン議員は「国内の石油・ガスを大増産して自由世界に提供すべきだ」としている。バイデン政権は、議会の超党派での立法によって圧力を受け、路線変更を余儀なくされてゆくだろう。

欧州の政策大転換

欧州諸国でも、ロシアへのガス依存を減らし、米国等からの液化天然ガス(LNG)輸入、そして石炭の利用を増やそうという動きが相次いでいる。これまでの脱炭素一本やりの政策からは根本的な変化である。脱炭素の急先鋒(せんぽう)だったドイツ政府も例外ではない。ショルツ首相は、脱石炭・脱原発を再考して利用することやLNG基地の建設検討を表明した。

英国でも、環境問題を理由として事実上禁止されていたシェールガス採掘を開始すべきだ、という意見が、与党保守党の議員から噴出している。英国には十分なガス埋蔵量がある。米国なみに開発すれば、本来はロシアから輸入などせず、ガスは自給できていたはずなのだ。脱炭素を見直し、LNG、石炭、シェールガスなどの化石燃料資源を活用する必要性は切迫している。

だがこれまでの政策を自己否定することになるので、とくに英国やドイツなど脱炭素に熱心だった政権ほど、どの程度の早さで路線変更できるかは予断できない。

脱炭素モラトリアムを

今後、ロシアは世界市場から締め出されることになる。世界全体で石油・ガスは品薄になり、価格が高騰する。日本は、今のエネルギー基本計画にある「脱炭素」「再エネ最優先」といった政策を続けてはいけない。欧米と共に、自滅的な脱炭素政策をやめて、化石燃料産業を復活させねばならない。石炭火力をフル活用し、原子力の再稼働を進める必要がある。余ったガスは世界に転売する。

これは日本国内はもとより世界のエネルギー価格高騰を防ぐ。実はこれこそが、エネルギー輸出に財源を依存するロシアにとって最大の経済制裁になる。自由世界の窮状を救いつつ、プーチン大統領に打撃を与えることになる。

他方、国内の工場や家庭では、石油・ガスの価格高騰に直面している。エネルギー諸税や再エネ賦課金の引き下げが必要だ。これは再エネ支援などの高コストな政策を停止すればできる。

以上のような政策転換は2030年にCO2排出を46%削減という現行の政府目標と整合しない。だから脱炭素についてもモラトリアム(一時停止)が必要だ。2020年からの10年間、日本がCO2排出を全く減らさないとしてもそれによる地球の気温上昇はせいぜい0.005度に過ぎない。民主主義の防衛の方が重要だ。

脱炭素一本槍(やり)の先進国のエネルギー政策は、独裁政権に力を与え、戦争という最悪の結果を招いた。民主主義防衛のために、諸国はエネルギー政策の大転換を余儀なくされている。日本も例外ではありえない。