コラム  国際交流  2022.03.30

『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第156号 (2022年4月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない—筆者が接した情報や文献を①マクロ経済、②資源・エネルギー、環境、③外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

ロシア 国際政治

先月ほど、海外、特に欧州からの情報が届くたびに暗い気持ちになる日々はなかった。

ロシア、ウクライナ双方に素晴らしい友人達を持つ筆者として心境は複雑だ。ただ確実に言えるのは、戦争では“非戦闘員”が巻き添えになる悲劇が生じる事だ。多数のウクライナの人々が国外へ、或いは安全な国内地域へ避難している映像が次々と配信されている—それらを見て「もし自分の家族や友人・知人が同じ境遇に陥ったら」と考えると、胸が締めつけられる思いになってしまう。

2月24日の露軍侵攻後に、筆者は初めてプーチン大統領の昨年7月発表の論文を読んだ(「ロシア人・ウクライナ人の歴史的一体性(«Об историческом единстве русских и украинцев»)」)。大統領はロシア・ウクライナ間の“精神的一体性(духовное единство)”を強調するが、彼の言葉はウクライナ人の心に届いていないようだ(勿論、筆者の無残な露語で、人の心の機微に触れるか否か、正確には理解不可能だ)。翻ってゼレンスキー大統領はたとえ言語が違ったとしても、海外に対し琴線に触れる言葉で国難を伝えている—或る英国の友人は、先月8日に大統領が英国議会で、チャーチルが1940年6月4日に下院で行った演説になぞらえ、またHamletの中の名台詞に言及した事にいたく感動している。政治家の“最大の武器”はまさしく“言葉”だと感じた次第だ。また大統領は露軍侵攻を事前に防げなかったEU、特にドイツに対し大変厳しい言葉を放った。通訳を通じて、大統領は「我々は常にノルド・ストリーム2が武器であると言ってきた(Wir haben immer gesagt, Nord Stream 2 ist eine Waffe.)」が、「貴方達は(その件は)常に経済、経済、経済と言ってきた(Ihr habt immer gesagt, das ist Wirtschaft, Wirtschaft, Wirtschaft.)」と厳しい言葉を独議会に投げかけた—或るドイツの友人はシュレーダー元首相の親露政策(Schröderization)の意図—“貿易を通じて(関係)変化を図る(Wandel durch Handel)”—が完全に的外れであったと、“冷戦後の平和”に慣れた多くのドイツ人が初めて悟った、と語っている。

大好きな独comedy映画(Good Bye Lenin!)に出演したロシア人女優(チュルパン・ハマートヴァさん)が亡命した。或るロシアの友人が「ボクの国は多くの優秀な人が立ち去る国なんだよ」と、数年前、筆者に語った事を思い出し、“愛国”の真の意味を再考している。

嘗て政府から1度市民権を剥奪されて国外追放になったノーベル賞作家、ソルジェニーツィン氏が1990年に著した憂国の書は感動的だ(『甦れ、わがロシアよ(«Как нам обустроить Россию?»)』)。ブレジネフ体制を批判して、“ソビエト愛国主義(советский патриотизм)”や“偉大なソビエト大国(великой советской державой)”というslogansの空虚さを語り、ロシア人があたかも「狂暴で貪欲で無節操な侵略者であるという印象を全世界に与えた(представила всей планете как лютого, жадного, безмерного захватчика)」と記した(今も同じ状況では??)。

またソルジェニーツィン氏は同書の中でウクライナ問題にも触れた—「ウクライナの人々が離脱を望むならば、それを力で防ぐ事は誰にも出来ない(Если б украинский народ действительно пожелал отделиться — никто не посмеет удерживать его силой.)」、と。同時にウクライナ・ロシア関係は「(政治思想家の)ドラホマノフが指摘する如く『切り離す事も出来ないが、混ぜ合わせる事も出来ない』のだ(Как формулировал М. П. Драгоманов: «Неразделимо, но и не смесимо»)」とも記した(例えば、ウクライナ出身で偉大なロシアの作家ゴーゴリを想起すると良いのか?)。

1997年にIBM製AI (Deep Blue)と対戦した天才的チェス・プレーヤーのガルリ・カスパロフ氏は、今はモスクワで反プーチン的民主政治活動を行っている。彼が2007年に著した本も感動的だ(«Шахматы как модель жизни»/How Life Imitates Chess)。残念ながら著書を露語で読んでおらず英語版で恐縮だが、彼は“Putin is only the current symbol of what we are fighting against”と語り、また「7歳の息子(当時)が将来チェチェン紛争のような愚かな戦争に行かないように、また独裁制の恐怖を味わないようにしたい」とも記している(彼の今後が心配だ!)。

露軍の軍事侵攻により、制度的にも技術的にも欧州、そして世界の安全保障体制が急変し始めた。

外交関係の米国人専門家ロバート・ケーガン氏は嘗て「米国人は軍神の名を戴く火星から、欧州人は愛と美の女神の名を冠した金星から (Americans Are from Mars, Europeans from Venus)」と語ったが、もはや欧州の人々も金星を故郷とする事は出来なくなった。

プラハに在るシンクタンク(Aspen Institute Central Europe)のダニエル・バッゲ氏は、露軍の偽情報作戦(マスキロフカ(маскировка))に関する本を著した(Unmasking Maskirovka: Russia’s Cyber Influence Operations)。これまで筆者は同書を中国の偽情報軍事作戦(军事欺骗)を学ぶための単なる参考書として読んでいた。だが、露軍侵攻と日本の対露制裁が始まった現在、маскировкаに関し漫然と読む訳にはゆかない、と考えている。何故ならネット上の攪乱作戦は、食糧・燃料・中間部品等のglobal supply chainsに依存する日本にとり極めて危険な状況を引き起こしかねないからだ。筆者は以前小誌(No. 98, 2017年6月)でIoT (Internet of Things)が突如としてInternet of Risky Things (IoRT)に変わりかねない事に触れた。この意味で先月に国際エネルギー機関(IEA)が発表した省エネに関する勧告や米国防総省(DoD)が2月末に発表したsupply chainsに関する報告書を、今次戦争中に読む必要に迫られている(p. 4の図表を参照)。

ロシアが始めた蛮行は如何なる形で終結するのだろうか。今は暗い闇の中に居るような気持ちである。

ロシアを単純に非難していても益はない。そして今、シカゴ大学のミアシャイマー教授による“Why Is Ukraine the West’s Fault?”、そして中国の汪文斌外交部報道官や«人民日报»の論評(‹钟声›)が先月言及したケナンの小論(“A Fateful Error”)にも注視している。

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『東京=ケンブリッジ・ガゼット: グローバル戦略編』 第156号 (2022年4月)