メディア掲載  エネルギー・環境  2022.03.29

ウクライナ情勢緊迫化で脱炭素は「モラトリアム」に 西側とロシアの緊張関係は当分続く

民主主義防衛が優先され、エネルギー政策は「戦時モード」へ

週刊 金融財政事情(2022年3月15日号)に掲載

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ロシアによるウクライナ侵攻で、エネルギー政策の前提は根本から変わった。今後、10年ほど「戦時モード」は続こう。先進諸国は独裁主義に対する民主主義の勝利に寄与することが最優先となり、エネルギーの安定・安価な供給に奔走せざるを得ない。脱炭素は事実上モラトリアム(一時停止)となり、原子力と石炭火力が最大限利用される一方で、光熱費高騰の元凶の一つである再生可能エネルギーや電気自動車(EV)などの脱炭素政策には急ブレーキがかかるだろう。


224日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始した。今後、戦争はどう展開するか。米シンクタンクの「アトランティック・カウンシル」は、次の四つのシナリオを提示している

  1. ロシアの撤退…ウクライナがロシア軍を撃退する。この結果、ロシアの政情は不安定化し、ウクライナ対ロシアの地域的な緊張も継続する。
  2. 泥沼の戦争継続…ウクライナの抵抗が続き、ロシアも数年にわたり撤退しない。
  3. ロシアの勝利…ロシア圏と北大西洋条約機構(NATO)の間に「鉄のカーテン」が敷かれ、冷戦がはじまる。ロシアおよび親ロシア政権が樹立されたウクライナは、共に警察国家になる。
  4. NATOとロシアの戦争…ウクライナ周辺で偶発的に始まる。または、ロシアが意図的に侵攻する。

いずれのシナリオをたどるにせよ、すぐに元通りの世界になることはなさそうだ。ウクライナ問題の背景には、NATOの東方拡大に対しロシアが強い危機感を抱いていることがある。向こう10年ほどは、ウクライナを焦点としたロシア対NATOの軍事的な緊張関係と、西側諸国とロシアの経済関係の断絶傾向が続くと覚悟した方がよい。

欧州の脱炭素政策が侵攻を許す構図に

ロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻に対して、米国とEUは経済制裁を発動した。ロシアの主要銀行は国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除され、ロシア中央銀行は外貨準備を凍結された。しかし実のところ、欧米の対応は腰が引けている。ロシアの経済・財政の柱は石油とガスの輸出だから、本当はこれを止めれば大打撃となる。だが、今のところ石油・ガスは制裁対象ではない。

なぜか。ガス供給が止まると、欧州も破滅するからだ。欧州はガス輸入量の約40%をロシアに依存している。これがないと暖房用燃料が欠乏する(図表1)。真冬の欧州では死者すら出かねない。燃料不足で工場も止まる。EUは今やロシアのガスなしではまともに生活できないのだ。

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〔図表1〕ドイツ、フランス、イタリアのガス供給におけるロシア依存度(2012年と20年)。
(出所)BP統計(2021年度)から筆者作成。

EUがここまでロシアのガスに依存するようになった理由は何か。その背景にはEUの急進的な脱炭素政策がある。域内で二酸化炭素を多く排出する石炭火力発電は縮小され、ガス火力への依存度が高くなった。また、風力発電設備を大量に導入したが、発電量が不足するときにはガス火力でバックアップしなければならない。2021年、欧州では風の弱い日が続いたため、ガスの需要は増え価格が高騰した。

ただ、EUや英国にもガスは豊富に埋蔵されている。ガスの需要が増えるにしても、本来、EUはこれほどロシアに依存しなくて済んだはずだ。だが、環境運動家や金融機関などの圧力を受け、先進国の石油・ガス企業の資源開発は停滞し、石油・ガス事業は売却された。

のみならず、米国のガス市場に革命をもたらしたシェールガス採掘技術を、EU諸国は事実上禁止してしまった。採掘に伴う地下水汚染などの環境問題が理由である。

それを尻目に、シェールガス開発によって米国は世界一の産ガス国となり、ガス価格の水準は極めて低くなった。実は欧州のシェールガスの埋蔵量は米国と同程度ある。これを米国並みに開発していれば、今日のようなロシア依存はなかった。

さらに、ドイツなどの反原発運動もガス依存の高まりに追い打ちをかけた。ドイツは2112月に3基の原子力発電所を停止した。22年中には、さらに3基の原子力発電所が停止される予定になっている。この結果、石油とガスの市場支配力は石油輸出国機構(OPEC)とロシアが握り、価格は高止まりするようになった。

結局、欧州はガス不足のまま冬場を迎えた。これ以上の原油価格高騰はインフレを悪化させ、各国の政権に大ダメージとなる。だからロシアのエネルギー輸出への制裁はなかなかできないのだ。ガスの輸出において、世界に占めるロシアのシェアは40%もあり、その大半が欧州へ供給されている(図表2)。この代替を探すのには何年もかかる。

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〔図表2〕ガスの輸出における各国のシェア2012
(出所)BP統計(2021年度)から筆者作成。

こうしてウクライナ危機の構図を見ると、ロシアこそがEUの脱炭素(と反原発)運動の最大の受益者となっていることが分かる。

ウクライナでの戦争は、自国の化石燃料産業をつぶしてきた欧州が招いたともいえる。ロシアのガスへの依存度があまりにも高くなったため、プーチン大統領は、EUは本気で経済制裁はできないと読んで戦端を開いたのだ。

米国議会は超党派で「脱・脱炭素」を訴える

米国でも脱炭素政策を押し戻す動きが見られる。米バイデン政権の自滅的なエネルギー政策がロシアのウクライナ侵攻を招いたとして、野党共和党の大物議員が激しくバイデン政権の失態を非難している。米国は世界一の産油・産ガス国であり、石炭埋蔵量も世界一だ。採掘技術も世界最高水準にある。米国が本気で資源を採掘し世界に供給すれば、エネルギー価格は大いに下がり、ロシアへの打撃となる。

ソ連崩壊後のロシアではあまり産業が育たず、もっぱらエネルギーの輸出に頼って外貨を獲得してきた。ロシアも米国同様、巨大な産油・産ガス国であり、経済も財政も石油・ガスの輸出に頼っている。世界的に石油・ガスの価格が下がれば、ロシアにとって大きな経済的痛手になるはずだが、バイデン政権になってから急速に進んだ脱炭素政策がそれを妨げる構図となっている。

ここで、3人の米大物議員の「脱炭素批判」を紹介しよう。

共和党に所属し、元大統領候補のテッド・クルーズ上院議員は、バイデンの大失敗は二つあったとする。一つは、脱炭素批判の文脈からは外れるが、アフガニスタンからのぶざまな米軍撤退であり、これが「米国弱し」との印象を世界に与えたこと。もう一つが、ロシアとドイツを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」に対し、トランプ政権が課していた経済制裁を解除してしまったことだ。これによってノルドストリーム2は完成し、稼働が承認されればすぐにでも使用できる状態になっている。これはロシアによる欧州への支配力を大いに高めることになった。

ロシアによるウクライナ侵攻後、欧州は遅まきながら再び制裁をかけたが、この制裁が長続きするとプーチンは思っていないだろうとクルーズは言う。「プーチンは『どうせ欧州はガスを必要とするから、ほとぼりが冷めれば制裁を解除する』と読んでいるのではないか」ということだ。クルーズはそうさせないために、制裁を解除できないように立法化すべきだとしている。

もう一人の有力者、同じく共和党・元大統領候補のマルコ・ルビオ上院議員も、同じくアフガニスタンとノルドストリーム2がバイデンの二大失敗だとした。その上で、ロシアへのガス依存を高めてしまい、ロシアに力を持たせてしまったのは、脱炭素政策だったと糾弾している。ルビオは、「最大の対ロシア制裁は、いますぐ愚かなグリーンディールを止めると宣言することだ」と述べている。

共和党だけではない。与党の民主党に属しながら造反し、バイデン政権のグリーンインフラ整備を目指した「ビルド・バック・ベター」法案を葬り去ったジョー・マンチン議員は、「ロシアからのあらゆる輸入を止め、国内の石油・ガスを大増産して自由世界に提供すべきだ」としている。

もとより共和党はバイデンを批判して石油・ガス増産を訴えている。そのため、民主党の造反者と共に、米国議会から超党派で石油・ガス増産を可能にする法案が出てくると予想される。これには、これまで脱炭素にこだわり続けたバイデン政権もある程度は従わざるを得ないのではないか。

EUのエネルギー政策は大転換する?

欧州諸国では、ロシアのガス依存を減らし、液化天然ガス(LNG)や石炭の利用を増やそうという動きが相次いでいる。これまでの脱炭素一本やりの政策から、根本的な変化が生まれている。

ドイツ政府も、これまでの極端なグリーン政策を見直すことになった。オラフ・ショルツ首相の政策声明では、脱石炭・脱原発を再考してしばらく利用すること、これまでなかったLNG基地を建設することを検討しているという。

一方でショルツ首相は、「45CO2ゼロという目標は変えずに」、急進的な再エネ推進策も変えずに見直しを行うとしている。もっとも、本気で整合性を検討したとは思えない。政策声明を見ると、この政策転換は「責任ある、将来を見据えたエネルギー政策が、われわれの経済や気候だけでなく、安全保障にとっても極めて重要である」ことが理由となっている。ということは、うがった見方をすれば、これまでの政策は「無責任で将来を見据えていなかった」ということになってしまう。

英国では、環境問題を理由として事実上禁止されていたシェールガス採掘を開始すべきだという意見も強い。このように脱炭素を見直し、LNGや石炭を活用する必要性は切迫している。だが、これまでの脱炭素政策を自己否定することになるので、特に英国やドイツなど脱炭素に熱心だった国ほど、政権交代でもしない限り、路線変更の歩みは遅いかもしれない。

日本のエネルギー政策も「脱炭素モラトリアム」へ

以上を踏まえると、この「戦時」における日本のエネルギー政策はどう変わり得るか。いまやエネルギー政策の国際的な地合いは完全に変わった。ロシアと欧米の対立は長引く恐れが強い。ロシアは世界市場から締め出されることになり、世界全体で石油・ガスは品薄になり、価格が高騰する。

こうしたなか、日本が「脱炭素」「再生可能エネルギー最優先」といった政策を続ければ、欧州同様に、エネルギーの安価・安定な供給が損なわれ、ひいては国の独立や安全すら危機に陥るだろう。

「再エネを増やせば化石燃料はいらなくなる」などと主張する人々も多いが、まったく現実的ではない。再エネには化石燃料を一気に代替するような実力はない。いま再エネを増やすことは、足元のエネルギー価格高騰に拍車をかけ、インフレをますます高進させるだけである。従って、再エネを促進するための賦課金やエネルギー諸税の引き下げが起きる。再エネ導入支援やEVの促進などのコスト増になる政策には急ブレーキがかかるだろう。

日本は、欧米と共に自滅的な脱炭素政策を止めて化石燃料を復活させるだろう。政府は、石炭火力をフル活用し、原子力の再稼働を進めることになるとみる。この政策は、日本国内のみならず世界のエネルギー価格を下げることに貢献する。そして実はこれこそが、エネルギー輸出に財源を依存するロシアにとって最大の経済制裁になる。世界の窮状を救いつつ、プーチンに打撃を与えることになるからだ。

以上のような政策は、「30年にCO213年度比46%削減する」という現行の政府の脱炭素目標と整合しないため、脱炭素についてはモラトリアム(一時停止)となる。

脱炭素一本やりの現行の先進国のエネルギー政策によって、独裁政権に力が与えられ、ウクライナが滅ぼうとしている。民主主義防衛のために、諸国はいずれもエネルギー政策の大転換を図るだろう。日本も例外ではあり得ない。