ロシアによるウクライナ侵攻後、中国が示すロシア寄りの姿勢について、日米欧の中国専門家などと連日意見交換が続いている。
以下ではその意見交換のポイントとそれを踏まえた、経済的な視点を中心とする筆者の見方について述べたい。
米国ドナルド・トランプ政権時代に国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏が台湾を訪問し、3月3日に蔡英文総統と会見した。
その翌日、台北市内のホテルで講演し、「台湾が中華人民共和国の一部分であるとする中国の立場を認識する」としてきた米国政府の姿勢を転換し、台湾を正式に国家承認するべきであると主張した。
これまで米国は、1972年の上海コミュニケにおいて、「(中国が)台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府はこの立場に異論を唱えない」と述べた立場を一貫して保持し続けてきた。
これは1979年に米中国交回復を実現した大前提であり、リチャード・ニクソン政権からバラク・オバマ政権に至るまで歴代米国政権はその国家間の合意を尊重してきた。
今回のポンペオ発言はこれを明確に否定するものであり、米国の従来の立場を根本的に転換することを主張した。
中国政府は即座にこの発言を強く批判した。
しかし、米国内では反中感情が広く国民全体の7割以上に共有されているため、対中強硬姿勢は国民からの支持を受けやすい。
現時点では中国のロシア支援の動きは確認されておらず、中国は西側諸国の対ロシア金融制裁に加わっている。
ロシアのウクライナ侵攻を巡り、中国が米国に対する厳しい批判を継続し、軍事面あるいは経済面でロシアを支援するようなことがあれば中国に対する米国内の反発は一段と強まり、中国に対する制裁が発動される可能性も出てくる。
そうなれば、多くの共和党議員はポンペオ氏のこの主張に同調すると見られている。
中国が米国に対する批判を継続すれば、今秋の中間選挙に向けて、選挙キャンペーンの中で共和党系候補がこの主張を繰り返し、広い支持を得る可能性は十分考えられる。
その場合、民主党系の候補者にとってもこれを否定するのは難しいと考えられる。
中国が引き続きロシアとの関係を重視し、米国に対する批判を継続すれば、中国はロシアとともに世界の中で孤立する可能性が高まる。
今回のロシアのウクライナ侵攻をめぐり、EU諸国は特定の人物や国家の目立ったリーダーシップがないにもかかわらず、大国から小国に至るまで一致団結した。
欧米間の団結も強まった。
EU域内も欧米間も昨年(2021)までは様々な軋轢に直面していたにもかかわらず、ウラジーミル・プーチン大統領がもたらした欧州域内での武力衝突に対する危機意識のおかげで戦後最強の欧米諸国間の団結が生まれた。
中国がロシア寄りの姿勢を継続すれば、団結を強めている西側諸国から中国はますます敵視され、ロシアとともに孤立の立場に追い込まれることになる。
今後の米国内の政治状況を展望すれば、次のような一つの悲観シナリオが考えられる。
今秋の中間選挙において、民主党は下院での劣勢が伝えられている。
もし下院または上院、あるいはその両方で与党民主党が議席の過半数を確保することができなければ、ジョー・バイデン政権の政策運営はますます難しくなり、政策の成果を生み出しにくくなる。それは支持率のさらなる低下を招く。
その結果として、2024年秋の大統領選挙において共和党が勝利し、ドナルド・トランプ氏かマイク・ポンペオ氏が次期大統領に選出されれば、米国政府が台湾独立を支持し、それを受けて台湾が独立へと動く可能性が生じる。
中国が台湾武力統一に向かう条件は2つあると考えられている。
米国などによる台湾への武力介入、または台湾自身の独立への動きである。
台湾が独立へと動けば、中国が武力統一に動くことを決断する可能性が高まる。
米国が台湾防衛のため武力介入すれば米中間の武力衝突となる。
台湾周辺の主要な米軍基地は沖縄や本州にあり、それが中国から狙われれば日本は戦場となる。
これが悲観シナリオである。
そのシナリオを想定すれば、現在、経済安保などを議論している余裕はなく、すぐにもサイバー攻撃能力、宇宙領域での防衛力、インテリジェンス能力の大幅増強など日本の防衛力の抜本的な見直しが必要となる。
それはロシアによるウクライナ侵攻後にドイツなど欧州諸国が突然防衛予算の大幅増強、ウクライナへの武器輸出、フィンランドやスウェーデンのNATO(北大西洋条約機構)加盟などの動きが表面化したのと同じ方向である。
以上のような悲観シナリオについて考える必要があると認識すると、すぐに日本企業は中国ビジネスの縮小あるいは中国市場からの撤退を考えなければならないのかという課題が思い浮かぶ。
その答えはノーである。当面は中国から撤退する必要はない。ただし、有事に対する備えの発想は常に持っておくことが必要である。
中国ビジネスのみならず、日本国内での経済活動が最大のリスクに晒されることを想定した有事対応が必要である。
現在、中国市場において日本企業と同じリスクを心配する立場に置かれている米欧企業は引き続き対中投資の積極拡大を継続している。
それは現在の状況において、米国との武力衝突に動く可能性が低いと考えられているからである。
武力衝突が生じないにもかかわらず、中国ビジネスを縮小すれば、グローバル市場の主戦場である中国市場でライバル企業との競争から脱落し、企業は競争力が低下する。
筆者の理解する限り、ほとんどのグローバル企業は当面その選択肢を採る必要はないと考えている。
したがって、グローバル市場で高い競争力をもつ日本企業としても、引き続き中国市場での積極投資姿勢を保持し、欧米企業との競争に勝ち残ることが重要である。
その一方で、欧米企業や本国政府の動向を注視し、中国ビジネスを縮小、あるいは、中国市場から撤退する兆候が見られる場合には迅速に対応することも必要である。
中国国内でも中国はロシアとの関係を断ち切って日米欧の西側陣営と協調すべきであり、それが国益にかなっているという主張が公的な研究機関の学者から公に発表されている。
欧米の中国専門家の間でもその文章は高い注目を集めている。
こうした事実から、中国国内でもウクライナ侵攻問題を巡り中国が採るべき対応に関して真剣な議論が続いていると推測される。
そのような議論が行われるのは好ましいことである。
しかし、筆者が心配するのはその議論の結末とそれを踏まえて中国政府が示す姿勢の転換のタイミングである。
ロシア軍のウクライナ侵攻がどのような結果になろうとも、西側諸国による対ロ制裁に関する一致団結は続くはずである。
現在の西側諸国の動きを見ると、政府の経済制裁よりむしろレピュテーションリスクを恐れる日米欧企業のロシア市場からの撤退の動きの方が広範かつ迅速に徹底されている。
中国がこのままロシア支持、米国批判の立場を継続すれば、民間企業は中国ビジネスの継続拡大が自社のレピュテーションリスクであると考え始める可能性がある。
もちろんロシア市場と中国市場を比較すれば、市場規模や企業の利益額において中国の方が圧倒的に重要であることは明らかである。
このため、ロシアビジネスの停止やロシア市場からの撤退を決めた企業も、中国市場で同じ決断をすることは非常に難しい。
最悪の場合、自社の株価の暴落や倒産までも覚悟しなければならない。
それでもこのまま中国が親ロ反米姿勢を継続すれば、西側諸国のグローバル企業の間でレピュテーションリスクへの意識は強まらざるを得ず、撤退や停止までには至らないまでも、投資計画の下方修正といった中国ビジネス見直しの可能性は高まることが予想される。
主要な外資企業の間でその動きが広がれば中国国内企業の投資意欲にも悪影響を及ぼす。
今秋に党大会を控え、経済の安定確保を重視する習近平政権にとって優良外資企業の対中投資姿勢の消極化は回避しなければならない重要課題である。
中国国内で真剣な議論が交わされていたとしても、中国がこうしたリスクの火種を早期に鎮静化させないとリスクが現実のものとなる。
いったんグローバル企業の中にその流れが生じてしまうと、その流れを転換するのは容易ではない。中国経済へのダメージは必至である。
上記のように、中国がロシアと西側諸国の間でどのようなバランスを取るべきか苦慮しているとの見方は日本国内ではかなり広く共有されているように見える。
しかし、現在も中国政府による厳しい批判を受けている米国では、中国はロシア支持の姿勢を貫いていると見られており、ロシアと西側諸国の間でバランスをとるために苦慮していると理解しているのはごく一部の中国専門家だけに限られているように見える。
こうした米国内の一般的な見方は中国に積極的に進出している米国企業の見方とは大きく異なる。
筆者が欧米の友人との意見交換を通じて得ている印象では、大学、シンクタンク、政府関係機関などに所属する大半の有識者や専門家の間で、中国政府は権威主義を守るために国内外企業の自由な経済活動まで抑えようとしているとの見方が広く信じられている。
これは誤解であるが、米国では分断されたメディア報道やネット情報によりそうした誤解が事実であると信じられているのが実態である。
同様の誤解が中国に関する様々な領域において共有されているのが米国の実情である。それがたとえ誤解でも、米国の対中政策方針はそれに基づいて決定される。
中国は米国内の政府関係者、議会、大学・シンクタンクなどの有識者・専門家、メディア関係者、一般庶民などの中国に対する見方を正確に把握する努力が必要である。
それらについて楽観的な見方をしていると対応が遅れ、不十分なものとなり、取り返しのつかない結果を招くことになるリスクがあることを肝に銘じるべきである。