ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟は絶対に認めないとして、ロシアのプーチン大統領は国境沿いに軍を展開するなど、情勢は依然緊迫している。米国と欧州連合(EU)は経済制裁で対抗する構えだ。ロシア経済の柱は石油とガスの輸出だ。だから輸出が滞ると大打撃となる。
だがガス供給が止まると、実は、欧州も破滅する。ロシアは主としてパイプラインで、欧州のガス輸入量の約40%を供給している。もしもこれが、経済制裁の結果停止すればどうなるか。
欧州全域で暖房用燃料が不足する。真冬の欧州では、これは多くの死者すら意味するかもしれない。電力不足も深刻になり、製造業は操業停止になる。コロナで傷んだ経済へとどめの一撃となる。
EUは今やロシアのガスなしではまともに生活できない。このため、有事においてEUがどこまで本気で経済制裁できるか、ロシアは値踏みをしている。中でもドイツの弱腰ぶりは際立っている。
ここまでEUがロシア依存になった理由は何か。
EUは「気候危機」説に憑(と)りつかれ、脱炭素に熱心だった。石炭火力発電は縮小され、ガス火力への依存度が高くなった。風力発電を大量導入したが、風が吹かないときにはガス火力でバックアップしなければならない。2021年の初めから夏にかけて、風の弱い日が続き、ガスの需要は増え価格が高騰した。
欧州にもガスは豊富に埋蔵されているから、本来は、ガスの需要が増えるにしても、輸入に依存しなくて済んだはずだ。だが先進国の石油・ガス企業は、環境運動家や公的金融機関などから、脱炭素するように圧力を受けた。その結果、資源開発は停滞し、また石油・ガス事業の売却も進めた。
のみならず、米国のガス市場に革命をもたらしたシェールガス採掘技術を、欧州諸国は公害問題を理由に事実上禁止してしまった。
対照的に米国はシェールガスの開発で世界一の産ガス国となり、ガス価格は極めて低くなった。欧州のシェールガス埋蔵量は実は米国と同程度と豊富だ。これを米国なみに開発していれば、今日のロシア依存はありえなかった。
さらに、ドイツなどの反原発運動もガス依存の高まりに追い打ちをかけた。ドイツは、エネルギー危機が顕(あら)わになった21年12月に3基の原子力発電所を停止した。今22年中にさらに3基の原子力発電所が停止し、脱原発が完成する予定になっている。
結果、欧州ではガスの備蓄が乏しい状態でこの冬を迎えた。
ウクライナ危機の構図を見ると、プーチン氏こそが、EUの脱炭素(と反原発)からの最大の受益者となっている。
翻って日本はどうか。極端な脱炭素、再エネ最優先、そして原子力の停滞によってエネルギー安全保障、ひいては国の独立や安全すら危機に陥りつつあるのは、欧州と同様だ。どうすべきか。論点はいくつもあるが3つに絞ろう。
まず第1に、原子力の再稼働を加速することだ。国際的なLNG(液化天然ガス)価格の高騰がもたらす経済的影響を軽減できる。のみならず、国際的な不足を緩和して、より多くのLNG船をEUに向かわせることで、EUのエネルギー危機の救済にもなる。
第2に、石炭火力の位置づけを見直すことだ。いま日本のエネルギー基本計画では石炭火力はお粗末な役割しか割り当てられていない。2030年までの発電量見通しを引き上げ、長期的に安定で、安価な石炭調達を実現すべきだ。
第3に、脱炭素による中国依存を回避すべきだ。脱炭素政策は、脱物質ではなく、その正反対である。とくに心配されるのが、電気自動車(EV)である。EVは石油は使わなくなるかもしれないが、その分、バッテリーとモーター製造で鉱物資源は大量に必要になる。
モーター製造のために大量に必要なレアアースであるネオジム、バッテリー製造の原料であるコバルトは、中国企業が圧倒的な生産量シェアを持っている。
中国が周辺諸国・地域、例えば台湾を威圧するときに、日本や米国はどのように対抗するのだろうか。武力はもちろん一つの手段だが、そう簡単に使えない。すると経済制裁はどうかということになるが、そのとき「中国からの資源供給が止まれば、日本の産業が壊滅する」という構図になっていれば、制裁も容易にはできない。
つまり、ガスについてロシア、ドイツ、ウクライナの間で成立している力学が、そっくりそのまま、レアアースについて中国、日本、台湾の間でも成立するというわけだ。同じ事は台湾を尖閣に置き換えても当てはまる。
脱炭素一本やりの現行の日本のエネルギー政策は、独裁政権に力を与え、民主主義を滅ぼそうとしている。再エネ最優先の方針は一時停止し、緊急にエネルギー政策を再考すべきだ。