メディア掲載  エネルギー・環境  2022.02.09

EU脱炭素政策でロシアの脅威拡大

現実解として期待集める原子力推進

エネルギーフォーラム 2022年2月号 『多事争論』に掲載

エネルギー・環境

何が持続可能な技術かを政治・行政エリートがブリュッセルで交渉し決めるというのは、いかにもEU(欧州連合)らしい馬鹿げた方法だ。なぜなら発電技術はどれも一長一短だからだ。原子力はもちろん安全に気を使わねばならないが、安価でCO2も出ない。再生可能エネルギー技術にだってもれなく欠点はあり、完璧な技術など無い。景観問題や生態系破壊を起こす風力発電は持続可能なのか?ジェノサイド認定を受けている新疆ウイグル自治区で生産・精錬された太陽光発電が「持続可能」なのか? EVにもハイテク省エネにもレアアースが必須だが、EUはその9割以上を中国、これまた人権問題を抱える内モンゴル自治区に依存しているが、「持続可能」なのか?

ともあれ、原子力と天然ガスが必要だという当たり前のことがそれなりに位置付けられたのは、EUの人々にとって幸いだった。今EUは拙速な脱炭素政策の失敗でエネルギー危機にある。安定で安価な現実的なエネルギー開発を進めなければ、EU経済は崩壊の憂き目に遭う。

日本などにとっても、おかしなEUの政策を押し付けられる心配が減るのは良いことだ。政権方針が脱原発のドイツとオーストリアでは、今回の発表に対して猛然と反対の声が上がっているようだが、規則上は過半数のEU加盟国が反対しないと方針が覆ることは無いらしい。すると、フランスや東欧諸国をはじめEUでも実は原発推進派の国の方が多いので、そのままの決着となる。

東欧諸国で高まるEU脱炭素への懸念 原子力の合理的規制体系こそ重要

しばしば日本では誤解(ないしは意図的に曲解)して報道されるが、世界においてもEUにおいても、脱原発は潮流などではない。むしろ原子力利用こそ世界の潮流だ。IAEA(国際原子力機関)のまとめでは、原発を利用しない方針の国はドイツ、韓国、オーストリア、イタリアなど9カ国。一方、今後も利用する方針の国は39カ国に上る。この中には米国、フランス、中国、ロシア、インド、カナダ、英国、そしてチェコやポーランドなど複数の東欧諸国などがある。特に東欧諸国では原子力利用の機運が高まり、新規の建設計画が次々に発表されている。背景にはEUの脱炭素政策の深刻な失敗がある。執筆現在、EUのエネルギー危機は収まる気配がなく、全域でガス・電力価格が高騰している。

ポーランド議会は昨年12月、EUのエネルギーシステムが「新しい気候政策手段の採用と実施に伴い、ポーランドにとって大きな脅威となった」とする決議を採択した。隣国のチェコでも、閣僚たちがエネルギー価格の急上昇を警告し、この冬、電気をつけ家を暖かく保つための化石燃料の使用に対して、EUがより寛大な態度を取るよう要請した。

現在の危機の要因は複数指摘されている。パンデミックの規制が緩和されて経済活動が予想以上に再開されたこと、エネルギー市場の自由化に伴い天然ガスの在庫が減少していたことなどである。だが何よりも天然ガスへの依存度が高まったのは、EUの脱炭素政策の結果だ。石炭火力発電を減らし、出力が不安定な再エネを大量導入したことで、両者の代わりに天然ガス火力に依存せざるを得なくなった。これは大きな地政学的影響を伴う。EUの天然ガス供給量の約半分はロシアからのものだからだ。

かくして欧州の電力供給の主導権はクレムリンに奪われつつある。かつてソ連に支配された苦い経験を持つ東欧諸国は、EUで策定された脱炭素政策のせいでロシアの地政学的脅威が高まることを警戒している。その現実的な打開策として期待を集めているのが、原子力発電の推進だ。

さて、EUタクソノミーは「原子力は持続可能な技術か」という実に大雑把な議論に過ぎないが、本当に重要なのは、いかにしてS+3E(安全性+環境性、経済性、供給安定性)の観点から合理的な原子力事業の規制体系を作り上げるか、という制度作りの国際的な競争である。

今、小型モジュール炉(SMR)などの安全・安価な原子炉の開発については、日本だけでなく米国、カナダ、フランス、ロシア、中国など多くの国がしのぎを削っている。不合理な規制のある国では電源開発はもちろん、技術開発も進まない。米国やフランスでは、過剰な規制によって原発の建設コストが高騰する一方、新型のSMRの許認可にも長い年月と費用がかかるようになってしまった。このようなことが続くと、ロシアや中国に負けてしまう。制度間の裁定が起きることを意識し、日本においても、可能な限り規制体系を合理的なものにする知恵が問われている。