論文 財政・社会保障制度 2022.02.09
― 国家IT計画の失敗を題材に ―
『自治総研』通巻519号 2022年1月号に掲載
はじめに
本稿では、英国の国営医療(National Health Service、以下NHSと略す)の医療情報化の取り組み、なかでも、ブレア労働党政権下の医療改革プロジェクトの柱であった「国家IT計画(National Programme for IT in the NHS、以下NPfITと略す。)」の2002年の開始から2011年の解体までの全容に焦点をあて、医療情報化の課題について検討する。
医療は先進諸外国の財政の最重要課題である。医療費を抑制しつつ、質の高い持続可能な医療制度改革が急がれている。また、効率化のための情報連携や情報のポータビリティも重要になっており、最新で正確な医療情報ネットワークが必要であり、デジタル化に対する期待は大きい。
NPfITは、英国のNHSのどこでも、正確な患者の記録をみることができる電子カルテシステムをメインに電子処方箋や電子予約も兼ね備えた統合システムであった。当時、このような大規模な全国統一型システムの構築は画期的であり、日本でも参考になると思い、研究を開始し、柏木(2010)を執筆した(1)。しかし、本稿で述べるように、NPfITは完成はしなかったが、その過程と結末、課題を把握することは、日本にとっても、医療情報化や現在の行政のデジタル化を検討するにあたり参考になると考える。
本研究では、NPfITについて早くから疑問視した会計検査院(National Audit Office、以下NAOと略す)(2006、2008、2011、2013)と下院(House of Commons of Public Accounts)(2007、2011、2013)および内閣府主要プロジェクト局(Cabinet Office’s Major Projects Authority)(2011)やNPfIT後のワハター(Wachter)(2016)などの文献を調査し、2009年と2011年には現地インタビューを行った。
構成は以下のとおりとする。第1章では英国の医療財政を概観し、第2章では日本の医療情報化について概観する。第3章では、国家IT計画の導入までの過程を概観する。第4章で国家IT計画の遅延と予算拡大を検討し、第5章で2011年の国家IT計画の解体を総括する。第6章では、NHSのデジタル化の再開について述べる。
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