メディア掲載  エネルギー・環境  2022.02.03

「グレート・リセット」シナリオ②=「中国依存」か「炭素復権」か

Daily WiLL Online HPに掲載(2022年1月26日)

エネルギー・環境

世界で公式の将来像とされつつある「グレート・リセット」(いまの社会全体を構成するさまざまなシステムを、いったんすべてリセットすること)。環境問題においては、「グリーン成長」が叫ばれるようになった。「グリーン成長」なるシナリオについて説明した前回に続き、今回は、別のありそうな将来像として、グレート・リセットの意図せざる帰結としての「中国依存」のシナリオ、そしてグレート・リセットが抵抗を受け潰え去る「炭素復権」のシナリオについて説明する。

前回、「グレート・リセット」によって世界経済が大きく変容され、2050年にはCO2排出量がゼロになる(=脱炭素)、という将来シナリオを紹介した。

これは日本政府などの掲げる公式のシナリオだが、実現性は殆どない。では、代わりに起こることは何か。以下、「脱線」および「反攻」の、2つの変化形のシナリオを検討しよう。

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3つのグローバルシナリオ。実現するのはどれだろうか?
via 著者提供

「脱線」シナリオ=グレート・デレイル・シナリオ

【概要】

このシナリオでは、グレート・リセットを目指した政策が、ことごとく裏目にでて、G7が衰退し、中国が世界の支配的地位を占めるようになる。

【展開】

このシナリオの「展開」は、前回述べた「再起動」シナリオと同じである。すなわち、米国・英国・日本などが脱炭素政策を継続強化する一方、足元のエネルギー危機は一過性のものとして解決する。GFANZ(グラスゴーネットゼロ金融連盟=Glasgow Financial Alliance for Net Zero)が推進するグリーン投資に膨大な資金が流れ込む。

だがその帰結が、全く異なるものとなる。

【背景】

「脱炭素」と言うのは簡単だが、これはじつは経済的な自滅を意味する。こんなことは、少しでもエネルギーの技術や科学について勉強したならだれでも知っている。だが恐るべきことに、このことを、先進国政府も、大手金融機関も、よく理解しないまま、脱炭素目標を掲げ政策の実施を始めている、というのが現状だ。

石油・ガス・石炭などを使わないということでは、ボイラーや炉を使う既存の工場は操業できない。この状況で、政府に脱炭素の圧力を加えられると、ただでさえ進行していた製造業の空洞化と中国移転はますます歯止めが掛からなくなる。

他方でいま、かつては石油メジャーと呼ばれたBPなどの先進国の国際エネルギー企業(International Oil Companies, IOCs)は、政府、大手金融機関、環境NGO、モノ言う株主などの圧力によって、石油・ガス事業を手放しつつある。

加えて、脱炭素は脱物質ではなくその真逆である。脱炭素のためには大量の鉱物資源が必要になるが、その採掘・精錬といった生産工程は昔ながらのダーティなものだ。このため、現状でも電気自動車に不可欠なレアアースや太陽光発電用結晶シリコンなどの重要鉱物の生産は環境規制の厳しい先進国ではほとんど行われておらず、中国が支配している。脱炭素政策はこの中国依存をますます深める。

中国はレアアース資源を戦略物資として認識している。そしてレアアースを国内に優先的に供給することで、日本などの外国企業を半ば強制的に誘致している。日本の磁石産業はそれによって中国に誘致され、中国に技術を奪われることとなった。中国は単なる資源の供給国に留まるつもりは無く、高度な製品加工までのあらゆる技術を支配することを、「中国製造2025」計画で高らかに宣言している。

【帰結】

以上のような現実(リアリティ)に対して、考え無し(ナイーブ)な脱炭素政策が実施されると、次々と先進国経済が破壊され、中国の独り勝ち状態が現出する。

  1. 脱炭素のためとして、G7諸国ではCO2排出量が厳しく制限されるようになり、これに排水・土壌汚染などの環境規制強化も追い打ちをかけ、化石燃料の生産・供給、およびエネルギー集約産業の工場が次々に閉鎖される。

  2. 石油・ガス市場の支配力は、G7諸国の国際石油企業(IOCs)から、OPECプラス(OPECにロシアなどの産油国を加えた拡大OPEC)が擁する国営石油企業(NOCs)へとバランスを大きく変える。この結果、世界の石油・ガス市場は、1970年代にそうであったように、あるいはそれ以上に、国際政治に翻弄されるようになる。

  3. 脱炭素のための結晶シリコンやレアアースの生産・精錬、およびそれを用いた材料・部品・最終製品生産などを含め、あらゆる製造業の中国へのシフトがいっそう進む。

  4. 毎年行われるCOPは、産業の空洞化をグリーンな活動な成果だとPRするG7諸国による「グリーンウオッシュ」の祭典と化す。

  5. 地政学バランスは、G7から中国およびOPECプラス(ロシアとOPEC)に大きくその重心が移る。このことは世界地図を大きく塗り替えてゆく。議会制民主主義は衰退し、独裁主義が優勢になる。資源と製造業を握り、強大な経済力を持つに至った中国は自信を深め、台湾は12制度を経たのちに併合される。

「反攻」シナリオ=グレート・リアクション・シナリオ

【概要】

このシナリオでは、「脱線」シナリオの兆候が見え始めて、エネルギー価格高騰、産業空洞化に伴う失業によって国民の反発が起こり、グレート・リセット・シナリオが失敗し、グリーン・バブルが崩壊する。結果として、脱炭素政策は忘れ去られるようになり、化石燃料が復権する。先進国は経済的な自滅を逃れる。

【背景】

いま先進国は無謀な脱炭素目標を競っている。だが早くも、その帰結として、世界中でエネルギー価格が高騰し、インフレも高じている。この行き着く先は、どうなるだろうか。

「脱炭素は実施可能であり、グレートリセットが必要だ」と煽っているダボスに集う資本家は、欧米の投資銀行や金融機関の人々など、じつはサブプライムローンでリーマンショックを起こしたのとほぼ同じ顔ぶれである。

サブプライムローンとグリーンバブルはよく似ている。どちらも怪しげな科学に基づいてバブルが起きるが、やがて実体経済との乖離が露見して崩壊した。サブプライムローンのときは、実際には返済能力の無い不良債権が、摩訶不思議な金融工学によって優良債権になると喧伝されたが、やはり積みあがった不良債権は、紙くずとなった。いま温暖化に関しても、「災害の激甚化」はあらゆる統計で否定されているにも関わらず、コンピューターによる不確かな将来予測で気候危機を煽っている。そして、夢のような技術進歩が起きて脱炭素が実現するとされている。

その一方で世界のエネルギー価格高騰が止まらない。とくに欧州では深刻で、風力頼みになっていたが偶々風が弱くなった結果、ガス需給が逼迫し、電力価格も高騰している。ドイツなどを筆頭に原子力も石炭も否定してきた結果、いまはロシアのガス頼みになっているが、そのロシアとはウクライナ問題を巡って緊張関係にある。容易に方向転換できるとも思えず、欧州のエネルギー危機は長く続きそうだ。

他方、米国ではバイデン政権が誕生して、2030年にCO2半減、2050年にCO2ゼロという目標がかかげられた。だが米国はCO2を減らせない。

なぜなら、議会の半分は共和党で、共和党は「温暖化物語」を信じていないからだ。かれらは、「気候危機物語」に騙されていない科学者の強力なネットワークを有している。そして、その議会での証言などを通じて、統計データをよく見ており、「災害が激甚化」などしていないことを知っている。また気候モデルによる予測が、過去もろくに再現できない、不確かなものであることもよく知っている。決してトランプだけが跳ね返りなのではなく、共和党は正確な情報を知っているからこそ、気候危機など信じていないし、莫大な経済負担を伴う脱炭素が必要だなどとも思っていない。

のみならず、米国では民主党議員であっても、造反して、共和党と共に脱炭素の法案を潰しにかかる。米国は世界一の産油国、産ガス国で、世界一の石炭埋蔵量を誇る。化石燃料産業で生活が成り立っている州が多くある。とくにウェストバージニア選出のマンチン上院議員は、昨年来、バイデン政権の目玉法案である「ビルド・バック・ベター法案」における再エネや電気自動車優遇策に反対を続けていて、議会をこの法案が通過する見通しはたっていない。

【展開】

このシナリオでは、グレート・リセット・シナリオは、まもなく音を立てて崩れ始める。世界的に脱炭素政策は退潮し、日本もこれに同調する。以下のような展開がありうる。

  1. 米国議会において審議されているビルド・バック・ベター法案は、民主党マンチン議員らの造反によって、グリーンな政策がことごとく骨抜きになる。バイデン政権のもとではCO2削減は進まないことが明らかになる。

  2. コロナ後の景気刺激策、放漫な財政、エネルギー・資源価格高騰などにより、世界的にインフレが進む。とくに米国各地では暴動に発展する。食料品店などが略奪に合う。

  3. 米国政府はインフレ対策として急遽金融引き締めに入り、株価は大幅に下がる。株安は世界に波及。放漫財政が引き締められて、政策的な支援を得る見込みながなくなった電気自動車や再生可能エネルギー産業は、とりわけ大きく値を下げ、グリーンバブル崩壊となる。

  4. 一連の混乱によって早くもレームダックとなったバイデン政権は、>2022 年11月の中間選挙でも大敗。米国の2030年CO2半減、2050年CO2ゼロ」という目標は全く達成される見込みが立たなくなる。

  5. 2022年末のCOP27エジプトで、2023年末COP28はUAEで開催される。だがグリーンバブルの崩壊を受けて、ダボス資本家は参加を取りやめる。COPはもっぱら途上国が先進国に援助の増額を巡る交渉の場となって、南北問題を扱う国連機関であるUNCTADと変わり映えがしなくなる。気乗りのしないG7諸国は首脳を派遣しなくなり、メディアの関心もなくなる。

【帰結】

このような展開を辿ったあと、脱炭素政策は忘れ去れ、炭素の復活が起こる。

  1. 次期大統領を狙うトランプは連日、バイデン批判を繰り広げる。「インフレを招き国を破壊したのはバイデンのグリーン政策だ。2024年にはパリ協定から脱退し、脱炭素政策は全てキャンセルする」。

  2. 日本でも、次期政権を担う可能性が濃厚となった共和党とのエネルギー・環境政策の協調が水面下で図られる。米国と同様に新疆ウイグル自治区からの輸入が禁止され、高コストや土砂災害などで人気が凋落した太陽光発電の導入にも急ブレーキがかかる。エネルギー基本計画は見直されて、「再エネ最優先」政策は消滅する。

  3. 米国共和党が推薦する科学者が日本の国会にも招聘されて連続講演を行い、2050CO2ゼロという目標に科学的根拠が無いことを訴え、国民の支持を得るようになる。脱炭素目標から米国・豪州などが相次いで離脱する中、同目標は日本政府の計画からも消滅する。

おわりに

3つのグローバル・シナリオのうち、何れの蓋然性が高いだろうか。

もちろん、他のグローバル・シナリオも様々にありうるだろう。どのような将来像がありうるだろうか。

政府の計画、企業の事業計画は、ありうる複数の将来シナリオにロバストに適応できるものになっているだろうか。

最後に付言。この3つのシナリオは、単なる所与の条件では無い。日本のプレーヤーが主体的に行動することで、将来も変えられるに違いない。