ポイント
○コロナ病床はまず国公立病院で確保せよ
○米英では各地のIHNに意思決定一元化
○医療情報の共有プラットフォーム構築を
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、特効薬の登場まで収束しないが、ワクチン接種により重症化率は大きく低下する。これは感染者の波が繰り返される中で自宅療養者のケアの重要度が高まることを意味する。
日本と海外では、自宅療養者に対する医療提供体制に決定的な違いがある。日本では今夏の第5波で症状が悪化した自宅療養者が入院できない事案が多発し、自宅で孤独死した患者もみられた。これに対し、英国、カナダ、オーストラリア、米国など他の先進国では、自宅療養開始時点で入院先病院が決まっている。
英国と米国はコロナ対策の制限を解除して、社会経済活動の新常態移行に動き出した。感染者が増えても医療崩壊の心配がないからだ。日本は2021年8月の人口当たり感染者数が英米の3分の1にもかかわらず、医療崩壊が起きた。諸外国に学び、構造的な欠陥の解消を急ぐ必要がある。
英国、カナダ、豪州など医療提供と医療財源確保がともに公中心の国では、平時から国民全体の医療ニーズの変化や医療技術の進歩に合わせて、広域医療圏単位で医療資源の全体最適配分を随時見直している。
英国ではイングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズの4地域に国民医療制度(NHS)と呼ばれる組織が設置され、医療制度のガバナンス(統治)を担う。NHSイングランド(担当人口5600万人)は、世界最大の広域医療圏統合ネットワーク(IHN=Integrated Healthcare Network)だ。
そのトップだったサイモン・スティーブンス氏は20年3月、通常医療を縮小して一般病床10万1千床のうち3万床以上をコロナ病床に転換すると宣言し、7つの野戦病院設置も決めた。医療資源配分の意思決定が一元化されているIHNに調整会議など存在しない。難局だからこそ、全体最適の判断が即時に下される。
カナダでは医療提供体制のガバナンス権限は州政府にある。例えばアルバータ州には州民440万人が必要とする医療サービスのほぼすべてを提供するIHN(職員数11万人)があり、コロナ病床に必要な医療スタッフ不足は起きていない。豪州も人口100万人前後の医療圏単位で州立病院を経営統合し、類似の公立IHNを全土に配置済みだ。
日本の場合、国が直轄する病院群のうち140の国立病院、32の労災病院、57の地域医療機能推進機構病院、47の国立大学付属病院の病床合計数は21年7月時点で11万3千床で、自治体が設置者の912の公立病院の21万7千床が加わる。
スティーブンス氏が日本の医療担当トップなら、国直轄病院群の中からコロナ専門病院を選定してコロナ病床に転換し、通常の患者をそれ以外の国公立病院さらには民間病院に移管することを指示しただろう。日本では民間病院にコロナ病床の確保を要請したが、経済的インセンティブ(誘因)がないと動かない民間病院を危機管理の最後のとりでと考えるのは的外れだ。
筆者は国立病院、労災病院、地域医療機能推進機構病院3グループの全病院のホームページを閲覧した。その中には呼吸器専門医がいても発熱外来を受け付けていないと思われる病院が相当数あった。また10月11日開催の財政制度等審議会の資料によれば、国立病院のうちコロナ患者を受け入れていない病院が46ある。
20年度のコロナ関係の補助金は、国立病院向けが980億円、地域医療機能推進機構病院向けが311億円だ。労災病院への補助金は財務諸表から300億円と推察される。そして経常利益の前年度比増加額は国立病院が553億円、地域医療機能推進機構病院が172億円、労災病院が114億円だ。この利益増加は補助金の約半分が使われていないことを意味する。
英国、カナダ、豪州ではこうしたことは起きない。公立IHNではコロナ医療のコストが正確に把握されて追加財源が過不足なく付与されるからだ。厚生労働省が本当に緊急事態と認識するなら、3グループで協力して英国のように3割をコロナ病床に転換すると宣言すべきだろう。
米国にはパンデミックや大災害時に政府要請や補助金がなくても、地域住民救済に動くIHNがほぼすべての地域に存在する。公立IHNよりも非営利民間IHNの数が圧倒的に多い。その中で成長著しいのが非営利医療保険会社を傘下に持つ事業体であり、その代表例が米カリフォルニア州に本部があるカイザーだ。
カイザーの20年の各種データを挙げると、収入が887億ドル(約10兆円)で、39の病院と727のその他事業拠点を持ち、30万人の職員と1250万人の保険加入者を抱える。医療提供と財源の全体最適を図る経営スキルに優れ、デジタルヘルス変革のフロントランナーとして各国政府が医療制度運営の模範とする。
カイザーはコロナ病床を確保するため、軽症患者を遠隔モニター活用の在宅医療に切り替えた。自宅療養者の状況を常時把握し、医療措置が必要と判断したら医療スタッフを即時に派遣し、入院の是非を判断する。自宅療養開始時点で急変時の入院先としてカイザーの病院が確保されており、患者側の安心度が高い。
各IHNは医療情報共有プラットフォームを構築済みなので、米国民の多くが近い将来、このデジタルヘルスの恩恵を受けると予想される。英国、カナダ、豪州も公立IHNを核にプラットフォームを構築しているので、全国民に類似のケアサービスを提供できる。
21年9月に発足したデジタル庁は、オンライン診療を含むデジタルヘルスの普及を目標の一つに掲げる。だが日本は医療情報のガバナンスや国民への医療情報提供の仕組み作りで、他の先進諸国に大きく後れを取る。デジタル庁に医療IT専門家を集めただけでは何も変わらない。デジタルヘルスの成否は医療ITでなく、医療情報活用を患者と医療者の双方が評価する社会的仕組みの有無により決まる。その社会的仕組みの最重要インフラが医療情報共有プラットフォームだ。
日本にはプラットフォーム機能を果たす大学付属病院が一つもない。これを構築する最善の方法は、バラバラに経営してきた国公立病院を広域医療圏単位で経営統合して大学付属病院も参加する公立IHNを全国に設けることだ。それには医療法改正で17年に誕生した地域医療連携推進法人制度が使える。
岸田文雄首相は、第6波ピーク時のコロナ病床稼働率を8割超にする体制作りを指示した。だが目標とすべきは、不確かな予測に基づく感染ピークに必要となるコロナ病床を補助金で事前に確保することではない。コロナ患者数の水準に関係なく常に20%程度の余裕空床を持ちながらコロナ病床を80%稼働させる柔軟性と、医療スタッフの確保ができる医療提供体制だ。
それは全国に公立IHNを構築すれば可能であり、新たな危機オミクロン型変異株対策としても急務だ。