メディア掲載 エネルギー・環境 2022.01.11
「無謀な目標」を守れない自由主義諸国を非難して外交的優位に立つ中国
月刊「WiLL」2022年2月号に掲載
環境運動家とダボス資本家によって、世界規模で急激な「脱炭素」が謀(たばか)られている。11月に開催された国連気候会議「COP26」では、日本をはじめとする民主主義諸国の国益を大きく損なう合意が採択された。
2021年4月、バイデン政権主催の気候サミットでG7諸国は軒並み「2030年までにCO2等の温室効果ガスを半減、2050年までにゼロ(脱炭素)」を宣言した。日本でも菅政権が、2020年末に2050年までのゼロを宣言したのに続いて、2030年に温室効果ガスを46%削減すると宣言した。
対して中国は、2030年までCO2等を増やし続ける計画を変えなかった。ゼロにする時期も2060年と、2050年に前倒しすることはしなかった。
今回のCOP26でもこの構図は崩れなかった。これまで各国が宣言していただけだったものが格上げされて、パリ協定という国際条約として確定してしまった。今後、先進国は一方的に脱炭素を進めて自滅の道を歩むだろう。
無謀な目標を守れない各国を非難して、外交的優位に立つ中国の姿が目に浮かぶ。先進国は太陽光発電や電気自動車を大幅導入するだろうが、中国からの輸入頼みとなり、大いに中国を利するだろう。
COP26の最後に採択されたグラスゴー気候合意をめぐり、大手メディアは成果として「1.5度目標」に合意したかのように書いている。しかし、気温上昇の1.5度抑制への「努力追求」という文言はもともとパリ協定にあったものだ。
肝心な点は、中国が一歩も譲っていないことである。2050年の目標についての合意文言は「今世紀の半ばまで、またはその頃に(by or around)」脱炭素を達成するとなっている。「その頃に」という文言があることで、中国は2060年という目標年を変えなくていい。
同合意ではCOPが、石炭火力発電の「削減(phase-down)に向かっての努力を加速する」ことを諸国に呼びかけることなっている。「phase-down」は、COP26会期中に発表された米中グラスゴー共同宣言で先に用いられたものだ。
この文言を英国政府は「石炭の終焉」としきりに喧伝したが、実態は異なる。中国の2030年までの計画に何ら変更を迫るわけではないからだ。
中国は現行の第14次5カ年計画の下、2025年までの5年で1割のCO2排出を増やすことになっている。中国は日本の10倍のCO2を排出しているから、この増分だけで日本の年間排出量に匹敵する。
その後の第15次5カ年計画においては、ガス火力や再生可能エネルギーなどが導入されるため、もともと発電用の石炭消費量は低下するとみられている。「削減」という合意も、中国の考えを追認しているものに過ぎない。
対して米国は「電力の2035年ゼロ排出」というとんでもない約束をしたが、実現できるわけがない。中国は今後、この文言を持ち出しては米国を非難し、外交的優位に立つだろう。
米中グラスゴー共同宣言では「〇〇に協力する」とばかり書き連ねてあるが、中国は石炭の「削減」以外、何一つ約束していない。両政権とも気候変動について、「協力が重要」というメッセージを出したかっただけである。
バイデン政権の対中融和姿勢がよく見える。気候変動を理由に、経済関係をつくりたい。中国としても、近年になって冷え込んでいる外交関係を改善して対中包囲網を壊したい。両者の利害が一致したのだ。米民主党政権の国際交渉における売国ぶりは相変わらずだ。
何ひとつ新たな約束を結ばない中国を批判する声は、海外でも国内でも耳にしない。環境運動家は中国にとって「使える愚か者(useful idiots)」である。競争相手の国力を削ぐために、中国は運動家を利用している。
温暖化対策の強化を提言した「スターン・レポート」の著者として有名なロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのニコラス・スターン教授は、1998年から中国で教鞭を執ってきた。彼は2009年、中国の雑誌で共産党幹部と「親密な関係」にあると語った。最近では、習近平国家主席の「気候変動対策を推進するという個人的なコミットメント」を称賛した。「世界は気候変動対策の擁護者を求めており、中国がそうだ」などとも述べた。
なぜ、環境運動家は中国への批判を控えるのか。
中国の法律では、外国の組織は公安部の「厳重な監視」を受けなければならない。「国益を害する団体」は、スタッフが投獄される危険性がある。中国に支部を置く国際環境NGOは、常時このような圧力にさらされている。
中国を批判すると寄付をもらえないといった事情もあるが、環境保護団体が中国に好意的なのは間違いない。中国との「交流」が地球のためになると主張し、COPに先立って米国政府に「敵対的な行動を控えるよう」連名で書簡を出すなどの行動をとってきた。
COPにおける「環境運動」の主役は、反資本主義的な環境運動家から、環境マネーゲームで覚醒した資本家に移りつつある。後者は「グレート・リセット」を標榜(ひよう ぼう)してダボスに集う者たちである。
2020年までCOP会場で演説していたグレタ・トゥーンベリが、2021年はCOPに呼ばれなかった。グレタは場外で演説を行ったが、「根本的な社会変革が必要」「植民地主義」「搾取」など古めかしい共産主義革命のレトリックだらけだった。
環境運動家は反核、反原発、反公害、反資本主義といったルーツがあり、共産主義者と密接な関係にあった。グレタは共産主義者に担がれた偶像に過ぎない。
共産主義化するグレタは、気候変動で儲けようとするダボス資本家と折り合いが悪い。今後、メディア露出は大幅に減るだろう。メディアが取り上げるとしても、「環境運動を訴えた」というスポンサーに都合が悪くない発言だけ切り取られて終わる。今回のCOPにおけるグレタの扱いも、当たり障りない範囲内にとどまった。
ダボス資本家の儲けは庶民の生活を犠牲にして成り立っている。
いま世界をエネルギー危機が襲っている。COP開催国・英国の状況も深刻だ。英国は脱炭素政策を強力に推進し、風力発電所を大量に建設してきた。その一方で、石炭火力発電は大幅に縮小した。この夏は風が弱く、風力発電の発電量は低迷した。このため、天然ガス火力発電はフル稼働。ガスは乏(とぼ)しくなって価格は高騰した。
発電燃料であるガス代が上がったことで採算が取れず、執筆時点で電力会社47社のうち22社が破綻した。ガスを原料とする肥料工場も採算割れで操業停止に追い込まれた。ガス価格高騰を受けて、保育園は暖房費を節約するために「子供たちに厚着をさせてください」と保護者に連絡した。しかし、これでは子供の健康が損なわれるとして苦情が相次いでいる。
英国では、暖房代わりに厚着で過ごす「エネルギー貧乏(energy poverty)」が以前から社会問題になってきた。今年の冬も、数百万世帯が暖房なしで過ごすことになりそうだ。
COP会期中は風が吹かず、風力発電は5%しか稼働しなかった。ガス火力発電所をフル稼働させ、フランスなど周辺国からも電気を買い集めたが、それでも足りない。結局、さんざん悪者扱いしてきた石炭火力発電に穴埋めしてもらうことになった。
英国は2024年10月までに石炭火力を廃止するとしている。本当にこのまま突き進むのだろうか。電気代高騰や停電頻発を招くのではないかと、与党・保守党内でも異論が噴出している。
世界各地で無謀な脱炭素政策による官製エネルギー危機が起きる一方で、原子力の再評価がなされている。
欧州大陸に目を転じると、東欧諸国が脱炭素政策の見直しを公然と求め始めた。経済負担が明らかになったからだ。ウクライナ情勢が緊迫するなか、天然ガスのロシア依存に対する警戒感も高まっている。
そんななか、破綻しつつあるEUのエネルギー政策の解決策として、原子力の復権を求める動きが強くなってきた。EUは「持続可能な経済活動」を分類して金融の指針とする「タクソノミー」を策定中だ。その際に原子力をどう扱うかで、諸国の意見が割れている。
フランスやフィンランド、ポーランドなど東欧諸国は、原子力を「持続可能な経済活動」に含めるべきだとしている。うち10カ国はCOP前に、「脱炭素化には原子力が不可欠」とする声明を発表した。反対派はドイツなどの5カ国である。
フランスのマクロン大統領は10月中旬、原子力産業への10億ユーロの投資とSMR(小型モジュール原子炉)開発を進めると発表した。さらに11月、国内での大型原子炉建設を再開すると発表した。これは数十年ぶりのことだ。
日本も、無謀な脱炭素政策を改めると同時に、原子力の再興が必要だ。最も重要なのは、政治家の覚悟である。